第20話 無法地帯
「それじゃ、いこうぜ」
「また一日も待たせたわね」
まずはダンジョンの近くにある更衣室を借りて装備に着替える。
いらない荷物は、ロッカーに入れておけば追加料金を取られることもない。
ロッカーを開けるのは指紋認証だから、鍵を無くして面倒なことになる心配もなかった。
俺は賢者のローブを蘭華に渡しておくことにした。
服が破れたりして騒がれても面倒だったからだ。
それに、敵は近づく前に俺が倒すから、魔法くらいしか蘭華は攻撃を受ける余地がない。
「これもダンジョンで手に入れたものなのかしら」
「まあな」
ついでにレッドクリスタルも渡して、使い方を教えておいた。
こうしてみると蘭華は出来る探索者に見える。
俺も使い込んだ鎧を着ているから、素人には見えないだろう。
俺は蘭華を連れてダンジョンに入った。
当然、スライムなどいる気配もなくて、人が列をなしているばかりだ。
レベル1の人はこれ以上奥に行かないでくださいという、協会が設置した看板より奥は人が少ない。
どんどん歩いてガーゴイルまでやってくる。
今日はここまできてもかなり人が多い。
俺が掲示板に書き込んだ情報を見てやってきた人たちである。
上位チームがガーゴイルを排除しているから、リポップの可能性はあるものの、付近一帯に敵の姿はない。
このダンジョンの中にある石塔は、ゲームのジョブシステムのような加護を授けてくれるのである。
例えば目の前にある剣士の塔は、魔法が使えなくなるかわりに体裁きと、魔装に補正を授かることができる。
体力の回復に使用する霊力も緩和され、序盤はかなりの恩恵が得られるだろう。
俺は蘭華にもドラグーンの石塔の加護を受けさせた。
成長が早くなるかわりに、体力、マナの最大値が半減する加護である。
俺は制限がかかるのが嫌で、低位の加護を受けるつもりはない。
魔術の石塔は魔力が増えマナ回復の必要霊力が減るが、回復クリスタルが使えなくなってしまう。
パーティーを組んでしっかり役割分担しなければ、デメリットの方が大きくなるようにできているのだ。
俺がネットに書き込んだのは一昨日だというのに、ずいぶんと早く広まったものである。
ある程度、加護の効果についても書き込んであるので、ドラグーンの加護を受けている奴はいなかった。
「もっと奥に行くぞ」
「待ちなさい! これ以上奥に行くのは危険よ」
声をかけてきたのは知らない女だった。
背が高く、それなりにまとまった装備を身に着けている。
「何かあるのか?」
「貴方たち見ない顔ね。この奥で人が殺されたという噂があるの。それにレックスが出るのよ。二人でなんとかなるような場所じゃないわ」
「余計なお世話だ。いくぞ、蘭華」
「そんな男についていけば、貴方は死ぬことになるわ。私の言う事を信じてここは引き返しなさい」
俺には何を言っても無駄だと思ったのか、話しかけてきた女は蘭華に向かって言った。
ものすごく深刻な雰囲気を出しているが、俺に言わせれば笑い話だ。
「ご忠告ありがとう。でも私は、この男についていくわ。少なくとも貴女より信じられるわ」
「今、俺を信じられるとか言わなかったか?」
「言ったわよ。あたりまえでしょ。じゃなきゃこんなところへ、二人きりで来たりしないわ。もし私に危険があったら許さないわよ」
ここでは信用する奴を選ぶ必要があることを、蘭華はわかっているようだった。
ここで安全の担保になりえるのは、自分の判断力だけである。
相手の言葉に従う時、それは相手の判断に自分の命を預けるということだ。
「大丈夫だよ」
「ねえ、ちょっと。大丈夫なわけがないわ。考えなおしなさい」
その女の言葉を無視して、俺は蘭華の手を引いて奥へと向かった。
奥に向かうと、なんと有坂さんが崖の上でレックスを倒しているのに出くわした。
崖の上からレーザービームのような光が、うねうねとくねりながら敵を捕らえている。
レックスのジャンプ力でも届かない場所をうまく確保しているようだ。
しかし、レックス相手でさえその戦術はすでに限界にきているように見える。
俺は有坂さんに軽く挨拶して通り過ぎた。
東京のダンジョンは横に広いから、こんなところで巡り合うのは奇跡的な確率である。
まあ、この前一緒に来た場所だから、その時に崖登りしやすい場所の目星を付けていたのだろう。
東京の周りに出来たダンジョンは、この一層目の段階ですべてがつながっている。
とてつもない広さなのである。
俺は段差を飛び越えられない蘭華の手を取って、さらに奥へと進んだ。
「ねえ、本当に倒せるのよね。私にはかなり無謀なことをしているようにしか思えないわ」
俺は大丈夫だと言って、歩みを速めた。
それでやっとレックスが現れてくれた。
腰に手を回してナイフを引き抜くと、飛びかかってくるレックスの動きがゆっくりになる。
蘭華の手を放して、現れた8匹のレックスを倒した。
「ほらな、倒せるだろ。常識にとらわれすぎなんだ。レベルは上がったか?」
「え、ええ……」
他の奴らがレックス狩りを始める前に、今ポップしている敵をすべて倒してしまいたい。
最初からポップしている敵は、ドロップのレア率が高いような気がするのだ。
図書館の知識にそういった記述はないが、体感的にそう感じている。
「魔光受量値にだけは気を付けておけよ。4000超えたら教えてくれ。絶対に見逃すなよ」
「ねえ、どうして残像しか見えないほどのスピードで動けるのよ」
「レベルが上がればこのくらい誰でもできるようになるよ」
「そ、そういうものなのね。でも聞いたことないわ」
それからレックスを400匹くらい狩って回って、やっと蘭華の魔光受量値は4000を超えた。
有坂さんに会った場所から、扇状に広がるレックス地帯を10㎞は走ったように思う。
途中で、最初からこんなに飛ばして大丈夫だろうかと少し不安になった。
俺だって最初の時は、そこまで数値が行かなくても死ぬほどの苦しみを味わったのだ。
俺は頭の中の知識から、一番の近道を通って地上に帰ろうとした。
そしたら道の途中で、俺を狙ったマジックアローが飛んでくる。
何事かと思ってそれを避けた。
最初、有坂さんあたりが冗談でそういうことをしてきたのかと思った。
しかしそうではない。
「あっ、すみません」
現れたのは一人の男である。
痩せぎすで、手足がひょろっと長い男だった。
いやに血の匂いのする男だ。
猫目のスキルがなければ、避けることなど絶対に出来ない攻撃だった。
視界の端でちらっと映ったのが、スキルによって視点が合って避けられたに過ぎない。
最初に蘭華が狙われていたら、と考えて、俺は一瞬で頭に血が上った。
「蘭華、後で追いつくから先に行け」
「ど、どういう事なのよ」
「いいから」
「もうっ……」
俺が行けという仕草をすると、蘭華は不承不承ながらそれに従って走り始めた。
「ちょっと魔法がさ、暴発しちゃったんだよね」
「そんなわけないだろ」
言い訳にもなってない。
こっちは、すでに逃がすつもりなど毛頭なかった。
俺は油断なくその男を見据えつつ、視線を動かさないように両手剣を取り出した。
俺がアイスランスを放つと、男はあっさりとそれをかわした。
余裕のある笑みで、真っ赤な唇の間から白い歯を見せる。
「人を殺すとさ、レベルが上がるんだよね。そりゃもう、モンスターなんか倒すのが馬鹿らしくなるくらいにさ。自信があるみたいだけど、果たして勝てるのかな。それに、先に行かせたって無駄だよ。ここからでも僕の魔法は届くから」
両手にマジックアローのエフェクトを発生させる。
光で出来た弓を引き絞るような仕草を見せる。
この男はレベル20近くあるだろうから、それだけの魔力から放たれた魔法を食らえば蘭華は間違いなく命を落とす。
「武器を捨てるんだ。そうすれば、あの上玉は逃がしてもいい」
こんな無法地帯で武器を手放せば、相手の思い通りにされるだけだ。
そんな取引で何人殺しているのか知らないが、男は俺が武器を捨てるのを待っているようだった。
しかし、俺に武器を手放す気は微塵もない。
何があろうと、俺が死ぬ時は、全力で戦った後だと決めているからだ。
だから、そんな脅し行為は、ただ隙を晒しているだけにすぎない。
俺はアイスランスを放つと同時に、左手でナイフを引き抜いて相手の後ろに回り込んだ。
相手の視線は俺を追いきれてないのが丸わかりだ。
俺は両手剣を右手で横なぎに振るう。
「なっ」
男の足首だけが、その場に取り残されて宙に浮いていた。
俺はナイフに持ち替えて、上に飛んだ男の後を追う。
クリスタルが砕ける赤い光が舞うと、装備のない白い足が暗い洞窟内に現れた。
「あの女の子がどうなってもいいのか」
「無法地帯で武器を手放すのと、俺が自分で蘭華を殺すのと何が違うんだ」
こいつの言い分は、二人とも黙って殺されろと言っているにすぎない。
最初から交渉の余地などないのだ。
それに相手が見えていないのに魔法が当てられるというのは、どう考えてもはったりだ。
男は俺に勝てないと踏んだのか、蘭華が行ったほうに走り始めた。
人質に取って使うつもりだろう。
しかし俺が追い付いて、男の背中にナイフが突き刺さる。
背骨ごと貫くはずだったナイフは、変な抵抗を受けて致命傷をそれた。
それが魔装と体力による恩恵である。
俺は姿勢を低くして男の脇にまわり、心臓を狙って再びナイフを突き入れる。
いやな感触だった。
今度は血が噴き出して、男は数歩進むと両膝をついた。
「なんだ、同類だったか……」
男には、後悔も、死に対する恐怖もないように見えた。
まるで感情が感じられず、昆虫を相手にしているかのようだ。
これならまだモンスターの方が共感できる。
男は俺の強さを、人を殺して得たものだと思ったようだった。
確かに、ためらいがなさすぎるように見えてもおかしくはないが、そうではない。
最初からこうすると、人殺しが出るという話を聞いた時から決めていたのだ。
崩れ去っていく男を見ていたら、蘭華のことが心配になった。
あいつを先に行かせたのは、殺した時の経験値を吸わせないためでもある。
もしこいつの魔力が蘭華に入れば、魔光受量値がラインを越えて体が耐えられない。
男の体が崩れ落ちると同時に、男のアイテムボックスに入っていたであろうアイテムが地面にばら撒かれた。
そこには武器が大量にある。
トロフィーとして、被害者が身に着けていたものを集めていたのだろう。
俺はアイテムの中から、希少品である暗躍のローブだけを拾って蘭華が行ったほうに走った。
さっきの塔がある広場まできて蘭華を見つけた。
その時、ちょうどガーゴイルがリポップして、蘭華に向かってファイアーボールを放つ。
やばいと思って、俺はナイフを引き抜き両手剣を放り出して走った。
なんとかファイアーボールに蹴りを入れて、その炎を自分に食らう。
そのまま体を炎で巻かれながら、高い岩の上にいるガーゴイルにアイスランスを放った。
倒したら両手剣を回収し、蘭華の元まで戻る。
ひと一人のレベルを上げるというのは、かなり大変な作業だった。
神経を使うし、疲れるし、自分まで危険にさらすことになる。
失敗したら死んでしまうのだから、今のは本気で焦った。
「大丈夫か」
「すごく危なかったわ」
ふてぶてしい態度で蘭華が言った。
腹の座った女である。
恐怖におびえたような様子はない。
なんだか俺が責められているような気がしたが、蘭華に文句を言うような素振りはない。
もともと命がけであることは理解していて、自分の中で折り合いをつけているのだろう。
昔から意志の強さと決断力だけは、誰よりもある女だった。
ダンジョンから出ると、疲れた顔をした有坂さんと出くわした。
「恋人かな」
「パーティーメンバーですよ。自分のチームに入れるつもりです」
「ほう、チームを作る気になったかね」
「ええ、有坂さんも入りますか」
「もちろんだとも」
「私は聞いてないわよ」
「言ってないからな。とりあえず、こいつのレベルを上げようと思うので、それまでは有坂さんも単独でレベル上げをしておいてください」
「うむ、それにしてもすごいね。岩の間を縫って泳ぐ魚みたいなスピードでレックスを倒していたじゃないか。あのスピードはなんの能力なんだい」
「このナイフの力ですよ」
今のところパーティーメンバーとして有力なのは有坂さんくらいだろう。
有坂さんは魔術師の加護を受けたと話していた。
なので俺はマジックワンドを有坂さんに預けておくことにした。
これでレックスを狩っていれば、格下狩りになるから霊力も回復できるはずである。
霊力は自分よりも弱いやつを倒していれば、ある程度は稼ぐことが出来る。
「そのナイフ、もし売れば億は軽く超えるだろうね」
「でしょうね。でも、これがあればもっと大物を見つけられますからね」
「売りましょう! ねえ、売りましょうよ!」
「売ったとしても、お前の分け前はないぞ」
その言葉に蘭華はシュンとなった。
俺はダンジョンを振り返って、今日は悪夢を見るだろうかと考えてからホテルに戻った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。