第5話 ダンジョン酔い



 夏の日差しと、心地のいい涼やかな声に起こされる。

 田舎だから、木々のおかげで夏といっても夜の間はそれほど暑くならない。

 目を開けたら、至近距離にドキッとするような魅惑的な太ももがあって驚かされた。


「なんて格好をしているのよ。どうしてそんなことになっているの」


 そう高圧的な声を発したのは、美しい顔立ちをした俺の幼馴染だった。

 ソファでだらしなく寝ていた俺を見下ろしている。

 夜中に一度目を覚まし、こっちに寝なおしたのだ。


「……なにがだよ」


 そう言いつつも見下ろせば、袖が無くなってノースリーブみたいになった穴だらけでボロボロのジャンパーを着た自分の姿がある。

 なぜか砂汚れはそれほどでもない。


「返事がないから勝手に上がらせてもらったわよ。あまり気を落とさない事ね。お線香だけでもと思ったけど、また今度にするわ。貴方も、気持ちを立て直さないと駄目よ」


 そうかよ、とだけ言って、俺はしっしと追い払う仕草をする。

 何を勘違いしているのか、両親が死んだショックで俺がおかしくなったと思っているらしい。

 そんなショックはとうに癒えて、俺は自分の趣味として頭のおかしな行動をとっているだけだ。


「これ、お土産よ」


 そう言って、平べったい箱のようなものを俺の顔めがけて投げつけてくる。

 俺が落ち込んでいるわけでもないと気が付いたのか、あつかいがぞんざいになってきた。

 俺が包みを開けて、出てきたバームクーヘンを食べ始めると、佐伯 藺華(らんか)は勝手に冷蔵庫まで行って麦茶をコップに注いで持ってきた。


「はい。それじゃ、わたしは帰るわ」

「ああ」

「今大変なことになってるでしょ。だから、しばらくこっちにいることにしたわ」

「そうか」

「一生そうやって寝ぼけてるといいわ」


 それだけ言い残して、蘭華は帰って行った。

 バームクーヘンを食べ終えた俺は、風呂に入ってTシャツとジーンズに着替えた。

 そしてネットの情報が更新されていないか調べはじめる。


 新しい魔法を見つけたとして、マジックシールドに関する情報があった。

 一度でもモンスターを倒していれば洞窟の外でも使えるという事なので、俺は一回で成功する。

 六角形の黒い線が入ったガラスのような半透明のシールドが展開された。


 もう一つ、こちらは魔法なのか何なのかわからないが”天啓”というものがあるらしいので試してみる。

 神よ示せと念じると手のひらの中にプレートが出て来た。


伊藤 剣治

レベル 5

体力 62/62

マナ 58/58

魔力  23

魔装  10

霊力 571

魔弾(2) 魔盾(1)

魔光受量値:1042


 魔力は魔法攻撃力、魔装は防御力、霊力は異界での体の強さではないかと言われている。そして隅に小さく書かれた魔光受量値は、呪いのようなものだという話である。

 地下に長く潜ると魔力酔いのような状態になって、体にダメージを受け続けるらしい。

 昨日レポートを上げてくれていた人たちも、それによって今は動けなくなってしまっている。


 俺も昨日からずっと体調が悪い。

 頭痛と吐き気、体の痛みと関節の炎症によって歩くのもつらい。

 しかし受けた魔光の総量を表す数値は減っていくので、しばらくすればよくなるだろうという事だった。


 それにしても手探りで、こんなことまで調べ上げた奴らは本当に凄いな。

 俺が手に入れた物に対する情報はほとんどなかった。

 回復クリスタルについてはわずかに情報があって、スライムを倒したらとても低い確率でレアドロップするらしい。


 そしてモンスターが残す体の一部は、食べると何らかの効果を発揮するようである。

 すでにスライムの体の一部を食べた者がいるらしい。

 スライムゼリーと呼ばれ、魔力が少し上がるとされている。


 20程上がるというから、割と有用な効果のようである。

 こちらも俺が手に入れた肉片同様に、薄い膜のようなものに包まれているそうだ。

 情報を貰ってばかりでも悪いと思い、俺は自分が戦ったモンスターと、手に入れた物について書き込むことにした。


 気持ちの悪い肉片 7つ

 回復クリスタル 4個

 三角の石 2個

 ナイフ 一本


 俺の書き込みには、かなり多くのレスポンスがあった。

 ほとんどの奴は信じていないが、経験者ならわかるだろうと思って書いている。

 そして、俺の書き込みを信じてくれた人たちの中でも、ナイフについての反応が一番大きかった。


 ナイフの切れ味はこの世界にあるものと大して変わるわけではない。

 多少は切れ味も良くなっているかといった程度である。

 そんなことを答えているうちに、また一段と体調が悪くなってきた。


 まだ質問は続いているが、切りあげる旨を告げてベッドに横になった。

 体の痛みがひどくなってきて、椅子に座っているのでさえ辛くなってきたのである。

 ベッドに横になって壁にかけたジャンバーを見ていたら背筋が寒くなった。


 はじけ飛んだ部分は、黒く変色し干からびたようになっている。

 まるで、この世に存在することを否定された物質のようである。

 酷く劣化していて、触っただけでも金属のチャックの部分が崩れ落ちた。

 これでは戦車も戦闘ヘリも関係ないだろう。


 魔光を浴びたというのは、どれほどの影響を受けるものなのだろうか。

 身体を襲う痛みがひどくなってきて、それが恐怖を引き起こしているようだった。

 俺は強い眠気に襲われて、逆らいきれずに眠りに落ちた。



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