第3話 初戦
ベッドの上でまんじりともせず眠れない時間を過ごしていた。
一日中パソコンの画面に張り付いていたから、神経が高ぶってなかなか眠気がおとずれない。
最近は生きているという感じが希薄になっていたように感じられる。
店を盛り上げようと頑張ってた頃もあったが、三か月もしないうちに人通りがないんだから無駄だと悟った。
何をやっても上手く行かずに、泣き言を聞いてくれる相手もいない。
そんな生活をしていたら、人間誰しもむなしくなるものだ。
そんな無気力になっていた俺でも、今日は血を流して戦い冒険する人たちの動画を見せられて、なんだか火を付けられたような気分になっている。
自衛隊が殺されたと報道されているのに、それでも恐れずにダンジョンに入って行く命知らずに、引け目のようなものを感じているのだろう。
もしかしたら引け目なんか感じておらず、ただ自分に言い訳しているのかもしれない。
なぜなら、俺はもうダンジョンに潜りたくて仕方なくなってしまっていたのだ。
むくりと起き上がると、家中からあるだけの懐中電灯をかき集めた。
夏だというのにジャンバーと毛糸の帽子をかぶり、ズボンも冬用のソフトシェルを選んでいる。
だが、これらはあくまでも滑って転んでけがしないためのものだ。
ネットでも、防具は一切意味がないということで、全員の意見が一致していた。
異世界の見えざる力によって、この世の物質は侵食されてしまうという話である。
自衛隊員の生き残りによれば、オークの持つ杖からほとばしる炎によって戦闘車両も兵器も炭のようにされてしまったらしい。
そしてこちらの世界の道具では、銃で撃とうがほとんど弾かれてしまい役には立たない。
だからネットでは洞窟内の石が、最も有効な武器であるとされていた。
俺は準備を済ませて洞窟の前に立たった。
入り口をふさいでいた軽トラックは脇にどかしてある。
もう後戻りはできない。
俺は洞窟内に足を踏み入れると手ごろそうな石を拾い上げた。
俺はゆっくりと洞窟内の勾配を下って行く。
軽トラックすら入れそうな大きさの洞窟である。
百数十メートル下ったところで地面が平らになる。それと同時に広大な空間が目の前に広がった。
視界を塞ぐ勾配や障害となる地形だらけだ。
俺は服が汚れるのも構わずに、手ごろな岩に取り付いて2メートルほどもある崖を上った。
その先で、最初のモンスターが現れる。
最初に現れたのはカエルの格好をしたモンスターだった。
バスケットボールくらいは優にあるイボガエルだ。
カエルはグエッという鳴き声と共に、俺に向かって魔弾を放ってきた。
全力でかわそうとするが、あまりのスピードにそれもかなわない。スドンという音と共に左肩の感覚がなくなった。
さすがに、スライムからというわけにはいかないらしい。
雑魚のカエルですらこれなのだから、イノシシと戦った自衛隊員には気の毒というよりほかにない。
攻撃を受けたところでランタンが飛ばされて地面を転がり、ザックの肩ひもも切れて右肩にぶら下がっているのみとなった。
ザックを地面に投げ捨てて、俺は体制を低くした。
ランタンを落としたことにより少し暗くなってはいるが、イボガエルの位置はかろうじて見えている。
なぜか相手からもこっちは見えているようで、二発目の魔弾が飛んできた。
右手で掴んでいた石をやみくもにイボガエルに向けて突き出すと、魔弾の当たった感触がした。
石は弾き飛ばされて、右手の親指に力が入らない。
やばい。
左腕は肩が外れているのかまったく動かせないし、右手も親指が突き指したみたいになって、力が入らなくなってしまっている。
これは長引かせるわけにはいかなくなってきた。
捨て身になってでも攻撃を当てる必要がある。
俺はイボガエルに向かって魔弾を放った。
このイボガエルが放ってくる魔弾の威力なら、カエルくらい簡単につぶせてしまえそうなものだが、俺の魔弾はカエルを50センチくらい吹き飛ばしただけで終わった。
俺が全力で殴り飛ばしたくらいの威力だろうか。
しかし、威力の低さを嘆いている暇などない。
俺は走り寄って、もう一発、カエルのどてっぱらに向けて魔弾を放った。
グゲッと鳴いて、カエルも苦し紛れの魔弾を放ってきたが当たりはしなかった。
俺は石ころを拾い上げて、そいつでイボガエルの頭を殴りまくった。
ガチンという硬質な手ごたえと共にカエルが動かなくなると、体に力がみなぎってきた。
これがレベルアップという奴だろうか。
それよりも外れてしまった左肩をなんとかしたいところである。
肩が外れたまま放っておくと元に戻らなくなると聞いたことがある。
俺は右腕でどついたり、壁にぶつけてみたりしてみたが、一向に肩が入る気配はない。
焦った俺は、とうとう自分の肩に右手を当てて魔弾を放った。
ボゴンという音共に肩のはまった感触がして、気絶しそうになるほどの痛みに襲われた俺は地面を転げまわった。
いつの間にかカエルはいなくなって、その場所には小さな赤色のクリスタルが落ちている。
眺めているとつぶれそうな感触がしたので、そのまま押しつぶしてみた。
すると体の痛みがみるみる消え去っていったのである。
おそらく回復アイテムだったのだろう。
命の危険も感じたし、収穫もあった。
そろそろ帰るべきだろうか。
しかし、俺はまったくもって満足していなかった。
まだ全力を出して戦ったという満足感が得られていない。
世界各地で軍隊がダンジョンから出てきたモンスターに殺された。
そして、その現場映像を1日見せられていたのだ。
今日一日、テレビを見続けてわかったことがひとつある。
今、世界は終わりに向かっているのだということだ。
モンスターが現れ、罪もない人が死んでいる。
そして、そいつらはいつか俺の所までやってくる。
だから俺はテレビを見ながらずっと、全力で戦ってそして死にたいと考えていた。
抵抗もできずに一方的に殺されるのだけは我慢ならない
だから俺はこんなバカなことを始めたのである。
俺は決意を固めてゆっくりと立ち上がった。
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