第2話 日本激震



 朝起きてテレビをつけると、まるで戦争でも起きたかのような騒ぎになっていた。

 ヘリコプターからの映像とともに流れるテロップには、死者や戦闘など物騒すぎる文字が踊っている。

 俺がのん気に寝ている間、どうやら世の中は混乱の最中にあったようである。


 世界各地で、大きな洞窟の入り口のようなものが出来たらしい。

 東京でも複数の洞窟が確認され、特に新宿駅のあたりに大きいのが現れて、一面が更地になったとの報道があった。

 それと同時に、未確認生物が発見されたという情報も曖昧ながら入ってくる。


 テレビには裏庭にできたのよりも、はるかに大きな洞窟の映像が映し出されていた。

 その周りには、立ち入り禁止の看板とともに厳重な警備の様子が見て取れる。

 ビルが何棟も倒れたらしいが、明け方だったこともあって被害の割りには死者の数が少なかったとのことである。


 そのあまりにも衝撃的な内容に、俺は店を開ける気にもならず、テレビの前に一日中張り付くことを決めた。

 俺が高校を卒業してすぐ交通事故によって他界した両親が残してくれた店である。

 その蕎麦屋と家、それに軽トラック一台が俺の全財産である。


 親が死んで専門学校をやめることになったが、店を継いだのは失敗だったと思っている。

 立地の悪さから、土日でもなければ客などほとんど来やしない。

 何を思ってそんなところに店を建てたのかわからないし、何を思ってそんな店を継いでほしいなどと俺に言っていたのかもわからない。


 まあそれはどうでもいい。


 モンスターが現れたと最初の報道があったのは、その日の午後になってからのことだった。

 北海道の山間部にできた洞窟から、イノシシの化け物が大群で現れて、近くの村が襲われ音信不通となった。

 そして調査に向かった自衛隊の小隊が壊滅させられ、32人が死亡と報じられた。


 重苦しいムードが漂う中、すぐさま大隊が指揮されたが、この大隊は夜になって二個小隊を失って撤退したと政府発表が行われる。

 その日、北海道中南部一帯は厳重隔離区域に指定された。


 同時に、世界各地にできたのは地下大空洞の入り口であるとされ、未確認生物の巣窟であるとの発表があり、一般人の立ち入りは堅く禁止されることとなった。

 そんな一大事に、俺は仕事をさぼって、テレビとパソコンにかじりついていた。


 ネットでは早くもオークの襲来だとか書かれ、関連の掲示板なども立ち上げられている。

 そこには、立ち入り禁止になっているはずの地下空洞へと降りた奴からの情報もあり、臨場感のあるレポートや動画などが上げられている。

 報道されている今回の騒動の死者数が、全世界で1万を超えたのもこの頃である。


 そんな中、ネットの掲示板では、魔物にはこちらの世界の物質をもちいた攻撃は通用しない、だとか。スライム程度なら素手でもなんとか倒せた、だとか。己の体を武器にすれば雑魚くらいはやれない事もない、だとか、嘘か本当かもわからない情報であふれていた。


 加えて、アイテムドロップやレベルのようなものの存在まで確認されているようだった。

 アイテムドロップは文字通り、敵を倒すと煙となって消えて、代わりにアイテムが地面に落ちるというものである。

 レベルの方は、敵を倒すと明らかに体に変化がおとずれ、体感として強くなるというものだった。


 どうやら地下大空洞では地上の物理法則が一切通用せず、ゲームのようなシステムが存在するらしい。

 どこまでが本当がわからないが、ある程度は真実を含んでいるのだという事がわかる程度には、地下空洞に行ったという人の話は似通っている。


 だから自衛隊が一方的にやられてしまったからといって、こちらに対抗手段がまったくないわけではないようだった。

 ただし、誰々が地下に行って帰ってこないから助けてくれといった書き込みも多い。


 北海道で4個小隊を失ったこともあり、自衛隊も警察も、今のところ地下空洞に関する調査や救出に動き出す様子はない。

 北海道のオークたちは洞窟の付近に集まり、砦のようなものを作り始めているので、今のところ周囲にこれ以上の被害が出る様子はなかった。



 夜になる頃には、掲示板で魔法の存在が確認されたことにより沸き立っていた。

 最初は俺もネット上の書き込みには懐疑的だったが、手のひらから丸い玉が放たれる様子が動画で公開されると、にたような動画が次々に上げられることとなった。

 ”魔弾”と頭の中で念ずるだけで、手のひらから放たれたという話だ。


 映像を見てもなお信じられないでいたが、家の裏にある洞窟で試せると気が付いて、俺は薄暗くなってきていた裏庭に出た。

 裏庭にはテレビで報道されているものよりはいくぶん小さいものの、同じような見た目のダンジョンの入り口があった。


 恐る恐る近寄って、片手だけを中に入れて魔弾を試してみる。

 この魔法はダンジョンの中でしか使う事が出来ないらしく、試した者はまだ少ない。

 俺は魔弾と頭の中で念じてみた。


 すると魔法はあっさりと成功して、黒い霧のようなものが球となって撃ちだされ、洞窟の暗闇に消えていった。

 俺は夢から覚めたような気持ちになって、軽トラックを動かして洞窟の前に停め、洞窟の入り口を塞ぐように板やら棒やらを挟み込んだ。


 もしオークでも出てきたら、俺の住んでる街も壊滅させられてしまう。

 役場に行こうかとも考えたが、ネットで実況している人たちが入っているダンジョンのように弱い敵しかいない場合もある。

 それに価値のあるものをドロップするモンスターがいる可能性もあるのだ。


 何より、役場なんかに申し出たら、あたり一帯を立ち入り禁止区域にされてしまって、避難生活を余儀なくされるだろう。

 それどころか洞窟を封鎖するために、俺の家も店も重機で取り潰される。


 俺は物置からブルーシートをとって来て、アーチ状の石の上を覆った。

 これでヘリを飛ばされても見つかりはしないだろう。

 今日は日本全体が混乱に包まれていたが、そのうち大規模な調査によって入り口の数くらいは把握しようとするはずである。



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