顔の無い人

 留守番を頼まれた。僕はこの日、肝試しの約束があったので嫌でしかたない。まだ生まれたばかりの妹はベビーベッドですやすや眠っている。

 僕が家を出るまでに母さんは帰ってくると言ったけど、一向に帰ってくる気配はない。早くしないと待ち合わせに遅刻する。イライラしながらゲームをやって時間を潰した。

 それからしばらくすると、裏口の扉が開いた。母だろう。僕はその姿も確認せずに裏口に向かって声を張り上げる。

「遅いよ! もう僕行くからな! それと一番高いけど好きじゃないって行ってた指輪借りていくから!」

 返事を待たずに家を飛び出す。この指輪は肝試しのお札代わりに使う。腹が立っていたこともあって、持ち出してしまったのだ。

 肝試しは盛り上がった。指輪を取ってくる、と言うのが女子のモチベに繋がったようで、今度はママに借りてくるだ、お姉ちゃんに貸してもらうだ言っていた。


 帰宅した僕は、母さんにこっぴどく叱られた。妹を置いて出て行くとは何事だ。確かに遅くなったのは悪かったけど、だからと言って赤ん坊を置いて行くなんて、と言うのだ。

「何言ってんだよ、母さん裏口から帰って来たじゃん。僕、それを聞いて出掛けたんだけど」

「帰って来てないよ。ていうかあんた何時に出て行ったの?」

「五時」

 それを聞くと、母さんの顔が青ざめた。その時間は、クラスメイトの母さんと話し込んでいて、ちょうど話が盛り上がっていた時だったのだと言う。

「その人には……」

「会わなかった……指輪借りてくって言ったけど……」

 妹のことは言わなかった。だからあの子は無事だったのかもしれない。でも、僕が言ってしまった他の指輪は……?

 母さんは自室のアクセサリーボックスを見て悲鳴を上げた。

 中身は空になっていた。

(肝試し、指輪、留守番)

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