第3話 君より美しいものはない。

 女装男子・早乙女厳蔵さおとめごんぞうくんの理想のタイプは、胸の大きい子だという。


「でかけりゃ良いってもんでもねーけどな。Fカップの童顔美女がいい」

「童顔か……」


 俺はゴリラ顔だ。童顔……ともいえるな。

 だって、赤ちゃんって猿みたいっていうじゃない。


「いうじゃない、じゃねーよ。どんだけポジティブだ、おめーわよ」


 愛は人を変えるのさ。 

 俺がすべきことはFカップに豊胸することだ。


「することだ、じゃねーっての。おいおいおい! もうっ、お前に日本語は通じないのかよ。女の子が好きなの。童顔美女がいいの! ゴリラでFカップだとして、それでなんで解決だと思ってるの? どうしてよ、ねぇ、どうしてそう思うのさ」


 必死になって俺に訴えかけてくるゴンちゃん。小さい握りこぶしなんて作ってさ。かわいすぎるぅ。もう、抱きしめちゃう♡


「ぐえっ。や、やめろ、はなせ、あほんだら。くせー、体臭がきついぃぃ」


 くんくん。ゴンちゃんはフローラルな香りがする。


「お前はどぶ臭がする。口もくせー。マジで死ぬわぁぁ。誰かぁぁ、助けてくださーい。ゴリラに襲われるぅぅ」


 俺はパッとゴンちゃんを包み込んでいた両手を離した。


「ゴンちゃん! こんな外で、君を襲ったりしないよ。そういうことは室内で」

「やめてーっ。キモい、キモい。もう、やだっ。う、うぅ……」


 うえぇぇんとゴンちゃんは号泣し始めてしまった。

 俺が断ったのが悲しかったのだろうか。し、しかし、モラルというものが、


「うわーん、変態すぎるよぉぉ。俺は小柄でかわいい女の子が好きなんだーっ。かわいくて良い匂いがして、柔らかくてほわほわしてるのが好きなんだーっ」


 それ、まさにゴンちゃんのことだ!


「まさにじゃねーわっ。たしかに可愛いもん好きが高じて、女装してるけど! かわいい服着てかわいいものに囲まれたいのっ! ゴリラはいらないのっ!」


 ゴンちゃんは、顔を真っ赤にして涙をたっぷり目に浮かべている。

 か、かわいすぎるっ。こんなにカワイイ生き物は見たことがない!


「うるせー、うるせー。お前に可愛いとか言われても嬉しくねーわ。どっか行ってくれよ、頼むからさ。もう、俺のことは忘れてくれよ」


 そ、そんな。忘れるなんて無理だ。

 俺のハートはゴンちゃんに捧げてしまった。ゴンちゃんは俺そのものだ。


「ヤダ、いらない! お前のハートなんてゴミ箱にポイだ!」

「遠慮しないで」

「するかっ! ポイだ、ポイっ」


 ぶんぶん両手を振っている。そんな姿にメロメーロ♡


「うぎぎっ。どうしてもわかってくれねーようだな」

「な、なにをだい、ゴンちゃん?」

「なにを、じゃねー。よし、わかった。こうなったら」


 そう、何か思いついたらしきゴンちゃんは、ビシっと俺に人差し指を向けた。

 か、かわいい。爪も健康的なピンク色でつやつやしている。

 俺はその指に吸い寄せられ、


「ギャーッ、チュウチュウすなぁぁぁぁ!」


 指をくわえてしまった俺。さ、さすがに自重すべきだった。

 ご、ごめんよ、ゴンちゃん……


「ゆ、ゆるさん。うぅぅ、こんな仕打ち、初めてだ」


 え、初めてを奪っちゃったの!


「やめろ、変態! もう、ヤダヤダヤダ。セクハラじゃすまされないんだからな」


 あほーっとゴンちゃんは叫ぶと、ダッシュでどこかへ向かう。

 追いかける俺。走るゴンちゃん。


「ひえぇぇぇ、捕まるっ。だ、だれかぁぁぁ、ゴリラが追ってくるぅぅぅ」


 ゴンちゃん、君は意外と足が速いんだね。スカートがめくれあがって太ももが丸見えになっている。それに、パ、パンツが……


「うわーん、ふがふが鼻息荒げながら追いかけて来るよぉぉぉ。怖いぃぃぃ」


 な、なにっ。怖い思いをしているだって!

 た、大変だ。すぐに追いついて、君を守ってあげよう。


 ダーっと猛ダッシュを決めた俺は、後ろからゴンちゃんをすくうように抱き上げた。ゴンちゃんはびっくりしたのか、「ひぃ」と短い悲鳴をあげる。


「大丈夫だよ、ゴンちゃん。俺が君を守ってあげるからね」

「……もう、俺に平和はないのか」

「大丈夫だって、ゴンちゃん。俺が悪の手から君を救ってあげるよ」


 さて、ゴンちゃんを怖がらせた悪漢はどこだ!

 あたりを見回してみるが、俺には蟻一匹見つからない。


「ゴンちゃん。敵はどこかな?」

「……俺の背後だ」


 ひしっとゴンちゃんを抱きしめる。うーん、背後? 

 背後といえば……、わかった!


「幽霊か」


 ふむ、困ったな。霊が相手とは思わなかった。

 どうしよう。塩まいとく?


「ゴンちゃん、ゴンちゃん。ねぇ、ゴンちゃん」


 俺はゴンちゃんの体をゆすった。けれど、ゴンちゃんは返事をしてくれない。

 それどころか、遠くを見つめる目をしたまま、動かないのだ。


「ゴンちゃーんっ。た、たいへんだ。悪霊に憑りつかれてしまった!」


 俺は悲しみのあまり大粒の涙をこぼした。

 力及ばないばかりに、ゴンちゃんを霊界に奪われてしまったのだ。

 ボトボトと滴り落ちる涙。その一粒がゴンちゃんの唇に、


「ぶえっ。きったねーな。おぇっ」

「よかった! 戻ってきてくれたんだね」


 俺は感激した。まるで白雪姫をキスで目覚めさせた王子のようではないか。

 ひしっと抱きしめ、ゴンちゃんの柔らかい頬にすりすりと頬ずりする。


「ほら、俺たちの愛が、悪を倒したんだよ」

「あああああああ」


 ゴンちゃんは白目をむいて、喜びに打ち震えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る