第2話 君の名は厳蔵。

 穏やかな春の日差し。桜はすぐに散ってしまい、葉桜も過ぎた頃。

 俺は彼女と共に、お昼休みを楽しく過ごして、


「いねーし。おい、ゴリっ。勝手に彼女変換してんじゃねーよ」


 そう、俺はいま、愛しの早乙女さんと一緒にいる。


「一緒にじゃねーだろ。お前が俺のストーカーしてるだけだろ」


 ストーカー。またの名を愛の探究者と、


「言わねーよ、変態。ゴリ変態ストーカーめ。俺の視界から消えろ」


 ふぅ。今日も早乙女さんは機嫌が悪い。

 でも、そんな彼女も素敵だ。ムキになって怒る姿。それも、また愛らし――


「だーっ! 俺は男だって何度言えばわかんだよ。パンツ脱いで見せてやろーか」

「えっ」大胆♡

「違うわっ。えっ♡、じゃねーだろ。お・と・こ・だっての。俺は女好きなんだ。おっぱい大き」


「やめてーーーっ」


 俺は耳を塞いで絶叫する。

 そう、驚くべきことに完璧天使美少女だと思った早乙女さんは男子なのだ。

 しかも、女子が好きな女装男子なのだ。

 さらに、さらに……


「どうして名前が厳蔵ごんぞうなんですか……」

「あ? 知るか。親に訊け、親に」


 早乙女さん。名前を厳蔵ごんぞうという。早乙女厳蔵さおとめごんぞう

 どうした、早乙女両親よ。早乙女っていう、まさにぴったりな素敵すぎる苗字なのに、厳蔵ごんぞうって名付けるなんて、なにが起こったんだ。


 はっ! あれか。かわいい子にわざとけったいな名前をつけて、鬼にさらわれないようにするとかいう迷信みたいなやつ。あるでしょ、そういうの。幼名とかで。


「知らん。とにかく、俺は厳蔵ごんぞうだ。わかったら、他所へいってくれ」


 しっしっと追いやられる俺。ははぁ、照れておるな。


「バカなの? この世から消えてしまえ、あほ」


 ふっ、ツンデレちゃんめ。


「もう、いいわ。我慢も限界だわ。誰かこのゴリラを捕獲してくれ」


 早乙女ちゃんは頭を抱えてしまった。俺の愛が深すぎて重かったようだ。

 俺はそんな彼女をやさしく、


「だーっ。触んな、変態。キモいんだよ、ゴリ」


 ゴリ。そう、俺はゴリと彼女に呼ばれている。

 だから、俺も、彼女のことを、


「彼女、彼女、うるせーんだよ。男だって言ってんだろ!」


 ……そうなのだ。早乙女さんは男子なのだ。女装男子なのだ。

 わ、わかっているよ。か、彼と呼ぶべきなんだな。うん、了解しました。

 彼は顔を赤くすると、俺に熱い視線を向け、


「向けてねーよ。睨んでっけど、熱くはねーよな。お前さ、俺に惚れたのはわかったよ。かわいいもんな、俺。わかってっから、そこんところはさ」


 腰に手を当て仁王立ちする早乙女さん。つやつやした黒髪がふわふわと春風に揺れ、真珠の粉を振ったような白い肌は華やかにきらめく。しっとりと瑞々しい果実のような唇からは、鈴のような愛らしい音がこぼれ出て人を酔わせて止まない。


 美しすぎる彼は得意げに己の美を褒めちぎり、俺は崇拝の眼差しでその声音に惚れ惚れと耳を傾けた。厳蔵ごんぞうは……ごん……ゴンちゃんは、そんな尊大な態度も麗しく、胸の鼓動は高鳴り、苦しいほどだ。


「ゴンちゃん。俺、君のこと本気だよ」

「ゴ、ゴンちゃん!」

「うん。ゴンちゃん♡」


 俺には夢があるのだ。もし、将来彼女が出来たら、○○ちゃんと呼ぶというささやかな夢が。そして、俺のことは、


「つよたんって呼んでね♡」


 ゴンちゃんは、あんぐりと口をあけた。

 そんな変顔も眩しいほどに輝いて、俺のハートをつかんで離さない。


「ま、待て。『つよたん』だと? いや、つうか呼ばねぇどころか、俺、お前と付き合うとかないからな。言ってるだろ。女が好きだって。悪いけど、ゴリラは論外だわ」


 しっしっ、とまたぞんざいにあしらわれる。そんな仕草もトキメキを生む。

 見てごらん、あの、ほっそりとした絹のような滑らかな白い手を。

 この世のものとは思えん。あれは、まさに天使、いや、天女の御手おんて


「うっとりすなっ。キモいぃ。あぁ、キモいよー。どうして、こうなった。あのさ、俺は告白されんのは慣れてんの。でも、たいがいは男だってわかると諦めんだよ。な、お前もさ、現実見てくれよ。男なの、俺。お・と・こ」


「かまわん!」

「えっ」


 俺はがしりとゴンちゃんの手をとる。

 ああ、愛らしい手だ。小さい。もう、俺、つぶしちゃいそう。

 ソフトタッチをこころがけ、


「はなせーっ。ベタベタしてるじゃねーか。うわぁ、もうぅ最悪だぁぁ」


 ゴンちゃんはジタバタと激しく身動きする。

 俺はそんな彼を落ち着かせようと、優しく抱きしめた。


「大丈夫だよ、ゴンちゃん」


 頭ポンポンしてあげる。やさしく、やさしく……


「やめてくれー。吐き気がするぅ、拷問だぁぁ。あぁぁ、俺の美髪が腐る!」


 ゴンちゃんは大いに暴れた。どうやら、恥ずかしいらしい。

 たしかにね。こんなところでイチャついていたら、誰かに見られる心配がある。ふふふ。わかったよ、照れ屋さん。ほら、解放してあげる。


「ぶはぁ。ぜぇぜぇ」


 ゴンちゃんは華奢な肩を上下させ息をする。

 そして、熱く潤んだ目で俺を見つめてくるのだ。


「し、死ぬかと思った。て、てめぇ……」


 じっと、想いのこもった視線。もしかして、やっぱりもっと抱きしめて、


「ち、近づくな!」


 バッと両手を突き出すゴンちゃん。ふるふると首を振る。


「俺は、お前のこと好きじゃない! 交際は断る!」


 高らかな宣言だ。

 そうか。……そうか。


「どうしてもダメかな? 俺じゃ、ダメかな、ゴンちゃん」

「ダメだ!」

「俺、胸囲はけっこうあるよ」


 むんっと胸を張る俺。ゴンちゃんは「けっ」と吐き捨てた。


「Dカップ以下は乳とは認めん!」


 俺は思ったものさ。

 ゴンちゃん……、君のために豊胸手術をしよう。

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