暴走男子は女装男子に恋をする。
竹神チエ
第1話 桜が散る頃、君と出会った。
高校の入学式。俺は恋に落ちた。
雷に打たれたなんてもんじゃない。空が消え、大地が割れたレベルの衝撃。
その子は、まさに天使だった。
ひらひらと薄紅色の花びらが舞う中、桜の木の下にたたずむ姿は、どんな映画の名場面よりも名場面で、漂う春風さえもピンク色に色づいているように見えた。
「好きです」
俺は即、告白した。
思い立ったら吉日。好きだっ。間違いなく惚れた。
俺は頭をさげ、右手を相手に差し出した。
そして、沈黙がつづいた。
恐る恐る顔を上げる。きっと恥じらい緊張する顔が……そこにはなかった。
「あ?」
「え?」
「俺、男だけど」
幻聴か。俺は笑った。ははははは。
「おい、聞いてんのか。ゴリラ、おいっ」
ゴリラ……。そう、俺はゴリラだ。
いや、動物のゴリラじゃないよ。見た目って言うか、あだ名的な。
本当の名前は
「おい、ゴリラ。邪魔だ、どけよ。無駄にでっけー図体しやがって」
いま、俺の目の前で天使が暴言を吐いている。
というか、それよりもだ。
俺は告白したよな。うん、みんな聞いてたよね?
「あの……?」
「あの、じゃねーし。どけっつぅの。ゴリ、どけって。言葉通じねーのか、ゴリ。おい、このくそゴリめっ」
ゴリゴリ言うとりますが、この言葉は天使から発せられているのでしょうか。
幻聴。そうだ、幻聴に違いない。
「ちっ」
恋した天使は、みごとな舌打ちをすると、俺の横をけわしい顔をして通り過ぎようとした。慌てた俺は、いそいで道をゆずるのだが。
「ま、待ってくれ」
「うるせー、ゴリラ」
「ち、違うんだっ」
俺はゴリラじゃないんだ!
って、違うってば、もう。そうじゃなくて。
「俺は君を怒らせたいわけじゃない。好きなんだ! 付き合ってくれ!」
再び、頭を下げる。手も伸ばした。今度は両手。前ならえ的な格好だが、全力でアピールしたかったんだな。俺の恋心、受けとってください。でも、どちらの手もにぎっちゃくれなかった。
もらったのは、二度目の舌打ち&つばを吐く音。
「ぺっ」
えー、俺の天使はつば吐いちゃう系なんだ。
ちょっと……うん、ま、いいさ。怒ってるときくらい、つばを吐くさ。
「あのさ」
「はい?」
お、俺のこと見てるっ。わ、目がばっちり合ってるっ。
は、恥ずかしぃぃぃ。目ヤニとかついてなかったかな。ごしごし。
「俺、こんな格好してっけど、男だから」
「そうか! え、そうか?」
え、なに? いきなり言語がわからなくなった。
オレコンナカッコウシテルケドオトコダカラ? 呪文??
「おい、ゴリ。ちゃんときけっつうの。俺、男だから」
「……うそ、ですよね?」
目の前にいるのは天使のような少女なのだ。学生服は間違いなく女子用。
赤いリボンにチェック柄のスカート、ハイソックスは紺色で、こげ茶色のローファーをはいている。
なんなら髪型も説明すると、セミロングの美しいストレート黒髪だ。
顔は小さくて俺の手のひらサイズほどで、まつ毛は長く、宝石のようなきらめく瞳を強調しており、輝かんばかりの白い肌は――
「やめろ、変態。じろじろ人のこと見て語ってんじゃねーよ」
「あ、声出てましたか?」
「出てたよ。ガンガンだったわ。耳障りな声しやがって」
「す、すんませんです」
俺の声は低い。まだ完全には変わり切ってないが、それでも低い。
が、しかし。
目の前の天使は、声も鈴のように優しく、愛ら――
「だーかーらっ。キモいっつぅんだよ。おめぇ、あほだろ」
「す、すまませんです。うっかり」
「なにが、うっかりだ。だいたいなぁ、俺はこれでも声変わりしてんだからな」
「御冗談を」
ははははは……え、本当ですか?
「うそじゃねーし。お前が低すぎんだろーがよ」
うーん……?
「?、やめろ、キモ顔しやがって。首傾げてブリッ子か!」
「いや、めっそうも」
「うるせー、うるせー。もう、話したくねーわ」
天使は俺の横を通りすぎようと、
「だから天使じゃねーっつの。それに、男だって言ってんだろ!」
わ、わかりました。
あ、そうだ。きっと、あれだ。
見た目は子供、頭脳は大人的な……
「違うし。よく間違われるけどな。これは趣味なんだよ」
天使は自分の体をバンバン叩く。
「趣味、女装趣味だから。俺、女好きだし」
「え?」
「女好きだし。おっぱい大きい子が好き」
なんだろう。世界が砕けようとしている。
「こら、現実逃避すなっ。いいか! 俺はおっぱい大き」
「やめてーーーっ」
俺は絶叫して耳を塞いだ。
桜の花びらが、足許に絡み付きながら遠く流れていく。
俺の恋は、波乱の幕開けを迎えた。
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