帰り道にて

「今日楽しかったな」


「そうだね」


 バスに乗って、最寄り駅まで帰った。夏美は東口方面、眞琴くんと私は西口方面。夏美とはさっき別れたところだった。

 他愛のない話をしながら、私と眞琴くんはオレンジに染まった道を歩く。眞琴くんの歩くペースは少し速い。


「美紗?」


 眞琴くんは急に立ち止まって、私の方を振り向いた。その顔は、少し赤かった気がした。いや、きっとそれは夕日のせいだろう。私はすぐに思い直す。思い上がりは良くない。


「どうしたの?」


 何ともないかのように聞き返す。だって、本当に何ともないのだから。彼にとっては。

 眞琴くんは少し思い詰めたような顔をして、困ったように私から視線を外した。


「よっ」


「よ?」


「呼び方。

 俺だけ呼び捨てじゃないけど、できれば呼び捨てがいい」


 この時、少しがっかりしたのは内緒だ。

 ──ただあの時、何を言おうか考え直したように見えたのは気のせいだろうか。


「……眞琴」


 いざ口に出してみると、少しだけ口元が緩む。眞琴も、自分から言い出したのに恥ずかしげだった。


「ふふっ」


 つい笑いがこぼれる。


「なんだよ」


「べっつにぃ~?」


 2人で、オレンジに染まった道を歩いた。




 思い出すだけで気恥ずかしくなるような思い出。でも私は、そう言ったものがあって幸せだと思う。

 その幸せを噛みしめて、私はスケッチブックを閉じた。

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