副文

嘘とプリクラ

 私は嘘をついたことが何度かある。それは夏美のこと、雀さんのこと、先輩のこと、眞琴への手紙のこと、そしてプリクラのこと。

 机から取り出したプリクラを持って、その時のことを思い返す。

 小学校6年生の夏のことだった。




「夏休みさ、3人でどこか出かけない?」


 眞琴くんが私と夏美に提案してくれた。

 私は行きたいと思った。すぐにでも了承したかった。だが、お母さんが脳裏をよぎった。

 果たして彼女は、私が出かけるのを許してくれるだろうか。受験生の私が出かけるのを。よりにもよって、

 お母さんは、夏美が嫌いだ。喧嘩っ早く、口調も男らしい夏美のことを私に付く害虫のように扱っている。そしてこのことを、夏美は知っている。お母さんが私に夏美と付き合わないようにと言ったのを、夏美は見てしまったから。私のことも罵倒しながらぶってくるお母さんを、見たことがあるから。

 だから夏美は驚いたはずだ。


「いいね。どこに行こっか」


 私が笑顔で、そう言ったのだから。




 次の日、みんなで予定を立てた。私は毎日塾に行くことになっていたが、自習の日に3人で出かけようと考えていた。


 とても、楽しかった。


 私にとって、どこかへ友だちと出かけるのは初めてだった。放課後、塾の前に少しだけ夏美や眞琴くんと会うことはあった。だが、映画やゲームセンターなどは初めてで、嘘をつくやましさも確かにあったが、遊びに行くことの嬉しさの方が勝っていた。夏美以前に、遊ぶことすら禁止されていたような気がする。

 たぶん私は提案でもされない限り、遊びに行くという選択肢を考えもしなかったろう。夏美も私のお母さんが以前あんなことを言っていたのを知っているから、こんな提案はしなかったと思う。夏美は、とても優しいから。私のことを心配してくれていたから。

 でも私は、眞琴くんが提案してくれて良かったと思っている。それはお母さんや、夏美の心配への裏切りに近いものかもしれないけど。

 ──私はきっと、悪い子なんだと思う。




「じゃあ、映画観たあとにケーキの食べ放題行って、余った時間はお店を見て回るってことで……」


 私たちの仕切り役は夏美だった。この3人だと、それが1番落ち着く。

 行き先はショッピングモールに決まった。




「これで問題なし、と」


 私はお母さんの目を誤魔化すために持ってきた塾のバックを、塾の個人ロッカーに入れる。そして待ち合わせ場所へと向かった。待ち合わせ場所は塾の近くの公園だ。

 10分ほど歩くと、公園の花時計が見えた。その前には見覚えのある男の子が立っている。眞琴くんだ。

 横断歩道を歩きながら手を振ると、眞琴くんは横に持っていたスマートフォンから目を離して手を振り返す。


「おはよう。早いね」


「おはよ。それを言うなら美紗だって」


 スマートフォンの画面と私の顔を交互に見ながら眞琴くんは喋っている。忙しなく首を動かすその様子が、少しだけ滑稽に思えて笑い出しそうになるのを必死に堪える。

 それから5分程経って、夏美が到着した。

 乗り物酔いの眞琴くんはなぜかバスだけは平気らしい。3人でバスに乗って、ショッピングモールに向かった。




「「良い話だった……」」


 映画を見終えたとき、涙ぐみながら夏美と眞琴くんは同じ言葉を言い放った。

 私は、2人は似た者同士だと思っている。観る映画もそのおかげで早く決まった。不治の病のせいで短命な男女の、恋物語だった。

 私は泣きこそしなかったが、それなりに感動していた。それが顔に出ていたかは分からないけど。

 ──私も、あの歳で病気になったら辛いだろうな。

 ふと、そんなことを他人事のように思った。

 そのあとはケーキバイキングに向かった。最初は眞琴くんは女子ばかりのファンシーな空間に気後れしていたが、結局3人の中で1番食べた。

 私と夏美はそこまで食べる方ではないので、目当てだった期間限定のゼリーやアイスを優先して食べた。青と白の砂浜を意識したゼリーの中に、魚を模したフルーツが浮かんでいる。大抵の女子は写真に撮ってネットに上げるらしいが、私たちはそんなことを気にせず食べてしまった。家に帰ってから、写真くらい撮っておけば良かったと少し後悔した。

 そのあとは雑貨店やキャラクターショップを見て回った。キャラクターショップではケーキバイキングのレシートでくじが引けた。

 私と眞琴くんはE賞のタオルで、夏美はD賞のストラップだった。私のタオルは水色で、右下の隅に白い猫のようなモンスターの刺繍がしてあった。眞琴くんのタオルは黒で、左下隅に赤い恐竜のようなモンスターの刺繍がしてあった。夏美のストラップは頭にさくらんぼを乗っけたピンクのお菓子みたいなモンスターだった。


「こんなピンクの、使わないんだけど……」


 夏美は恥ずかしそうに苦笑した。




 夕方。そろそろ帰ろう、そんな雰囲気が出ていた時だった。


「せっかくだしプリクラやってかない?」


 意外にも夏美がそう言った。

 私は、プリクラも初めてだった。夏美もノリノリだった。眞琴くんは何か葛藤していたようだが、結局一緒にプリクラをとった。

 プリクラの機械の中は、思っていたよりも狭かった。落書きベースなるものがあるせいらしいと、写真を撮り終わってから知った。

 その落書きベースで落書きなるものをする作業は夏美のワンオペとなった。私と眞琴くんは落書きの使い方が分からなかった。

 けれど、




「楽しかったな」


 いつかのプリクラを、スケッチブックに貼り付けた。

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