君の声
「静かにして下さい!今は並ぶ時間です!」
学級委員の主な仕事は、クラスの話し合いの運営。それと、クラスへの呼びかけだ。
だが、その呼びかけにちゃんと応じてくれる人は少ない。真面目な子と、
「あんたらさ、さっきからうるさいんだけど。美紗が喋ってるの分かる?
何?そんな大声で話さないと聞こえないわけ?」
夏美くらいだ。少々厳しい言葉ではあるが、とても助かっている。
私は列の後ろの方から声を上げてくれた夏美に向かって、こっそり手を合わせた。夏美はそれに気が付くと、歯を見せて笑って親指を立てる。
一方同じ学級委員の眞琴くんはと言うと
「すみませーん。静かにしてほしいんですけど……」
かなり声が小さい。私の声よりも小さい。
彼はとても明るい人というわけではないが、暗い人、恥ずかしがり屋の人、と言うわけでもない。
だからと言ってサボっているわけではない。おそらく面倒くさがってるのも違う。
この仕事が苦手なのだと思う。
こうやって周りに声をかけるのが、そして、周りから──。
その日の昼休みのことだった。
夏美は放送委員の仕事があって、暇になった私は教室で本を読んでいた。この日の本はシェイクスピアの真夏の夜の夢だ。悲劇も好きだが、喜劇だって嫌いじゃない。
訳注を読みながら、劇特有の言い回しや、英語ならではの駄洒落に笑みをこぼす。
妖精たちの会話の雰囲気を楽しみながら本を読み進めていたその時、廊下から私の名前が聞こえてきた気がした。
つい、耳を澄ましてしまった。
「美紗さ、ウザくない?
あんなにうるさくなくてもいいのにさぁ」
「分かるわ。
学級委員だからって、あんなにうるさくする必要ねぇじゃん」
「本当に。
ガミガミガミガミうるっさいんだよ」
「どうしたって俺らの勝手」
──またか。
この手の仕事をしていると、こんなことを言われることが多い。眞琴くんが嫌がっていたのも、おそらくはこれが理由だろう。
まあ、こんな仕事したくなくて当然だろう。私だって……。
そのとき、
「うるさいのはお前らの方だろ」
男子の、声が聞こえた。
眞琴くんの、声が。
「言われんのがそんなに嫌なら、黙ればいいだけだろ」
今日聞いた彼の声の中で、最も大きな声だった。
なんで、この人は──。
「お前、関係ないだろ。
何だよ、急に出てきて!」
これは悪口を言っていた男子の声だ。
その次に眞琴くんの声が続く。
「関係あるよ。俺だって学級委員だ。
その仕事に文句あるんだったら、俺にも言えるよな?」
その声は微かに震えているように思えた。
そっか。こういうことするの、苦手だから……。なのに、してくれてるんだ。苦手、なのに。
「なんだよ。学級委員はうるさいやつばっか!!
ウザいんだよ!」
興奮気味に聞こえる声は、少ない語彙力で何やら喚いていた。
ああ、どうしてこうも……。
「何すんだよ!」
揉め事!?
慌てた眞琴くんの声が聞こえた。
私は思わず椅子から立ち上がり、廊下に出た。
「何してんの?」
その男子は眞琴くんの胸ぐらを掴みながら私を見て固まった。
小柄な眞琴くんは相手のなすがままと言った様子で、体のバランスを保つのに精一杯のようだった。
話をこっそり聞いていた自分を恨む。
早くこうして出てくれば良かった。
「先生、呼ぼうか?」
笑いながら言うと、彼らはどこかに逃げていってしまった。
「美紗……。
ありがとう」
眞琴くんは、申し訳なさそうに笑って言った。
それは、優しそうで……。先ほどの自分の行動がとても、みっともなく思えた。
「俺ケンカ弱いねー。
ダッサ」
恥ずかしそうに言う眞琴くんは、とても、とても──。
「ありがとう、眞琴くん」
「え?」
眞琴くんは驚いたように聞き返した。
まるで、信じられないとでも言うように。
「助かった。
それと、ごめんね。もっと早く出てくれば良かったんだけど……」
「そんなことないよ。
悪いのは向こうだし。俺だって、学級委員なんだしさ。
負担は同じ、負担は同じ」
眞琴くんは何てことないかのように、笑った。
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