暑苦しい更衣室

「疲れた……」


 そう呟くと、俺は水筒の水を飲んだ。最近蒸し暑くなってきているので、朝練は前よりも体力を使い、汗をかくものになる。部室は俺のように水を飲む人、制汗剤を使っている人、課題が終わっていないことに気付く人、様々な人で溢れかえっていた。

 最近は制汗剤のせいで部室がミント臭い。だが部屋の消臭をしているわけではないので、ミントの匂いは汗の臭いと混ざり、不快感をその場にいる人に与えている。しかも弱小部なので部室は大きいものは与えてもらえない、というか、狭い。みんなぎゅうぎゅうだ。汗臭さはむさ苦しさのせいで倍に感じられる。

 俺は喉が潤ってきたので、水筒を口から離した。そのとき、後から耳慣れた声がした。


「お疲れ、眞琴」


「今日の朝練キツくなかった?」


 言うまでもないが、雅樹と大翔である。

 俺は振り返ろうと首を後に向けると、にゅっと腕が伸びてきた。そして俺を抱きしめる。


「うわっ!?」


 なんでか急に抱きつかれた。横目に黒髪を見ると、それが大翔であることを認識する。俺の肩に頭を乗っけていて、顎が肩に食い込む。地味に痛い。

 向かい側に立つ雅樹はそれを呆れ顔で見ていた。


「ヤバい、眞琴めちゃくちゃフィットする」


「いや、どうしたんだよっ!!

 暑さでやられた!?」


「背の低さちょうどいい。

 あー、疲れた……」


「何気に俺のコンプレックス抉ったよね!?」


 俺は喚くが、当の大翔はまったく気にしていない。それどころかいかにも癒されてますと言わんばかりのテンションで言葉を返してくる。

 説得は無駄と判断し、俺は雅樹に「助けてくれ」と目線を送った。雅樹は目が合うと苦笑いを浮かべた。


「2人とも暑くないの?」


「なわけないだろっ!!」


「大翔は?」


「え?気持ちいい。めちゃくちゃフィットする。

 疲れた体を支えてもらえるの超便利」


「ふ~ん」


 とりあえずこの流れで雅樹が俺を助けることがないことを理解する。絶対に面白がってんだろ、アイツ。

 そう思われてると露にも思わず、雅樹は制服に着替えはじめた。この三人の中だと1番の常識人だが、それと同時に1番マイペースで変人であったりもする。

 ダメだ、自力で何とかするしかない。

 そう思ったとき、雅樹が口を開いた。


「てかさ、自分の彼女にしたら?」


「へ?何を?」


「ハグ」


 まさか雅樹が救いの手を伸ばしてくれるとは……!あぁ、神様仏様雅樹様。俺は思わず心の中で雅樹を拝む。


「え、ヤダ」


 だが、その提案はすぐに却下された。


「なんで!?」


 俺はつい大声を出す。周りから白い目を向けられたが、今はどうでもいい。


「だって、こんな汗臭いのに抱きつかれたら迷惑でしょ」


「あ~、なるほど。理解理解」


 俺は俺ならば迷惑に思われても構わないのかと思い、大翔を睨みつけた。

 一方雅樹は興味をなくしたのか、着替えを再開する。


「あ、そういえば」


 そう言ったかと思うと大翔は俺を離した。

 突然のことに俺のバランスは崩れる。

 そんな俺にはお構いなしで、大翔はエナメル質のバッグを自慢気に掲げていた。そして、それについている青い花の模様の赤いお守り袋のような物を指差した。


「これ、昨日彼女にもらった。

 なんかマース袋?そんな感じの名前のやつ」


「どうでもいいわ。惚気か!」


 大翔はそのツッコミに満面の笑みを持って答えた。わざわざ自慢した甲斐あったと、顔が語っている。

 本当に嬉しそうな顔をするので、苛つきは半減し、ウザさは倍増する。


「マジで可愛い。彼女最高」


「何だよ、その頭悪そうな文章は」


 今時、色恋でそんなに喜ぶ男子高校生というのも珍しい。

 そう思ったのが顔に出ていたのか、大翔は不満そうな顔をした。


「そんな呆れた顔しなくても……」


「ごめんって」


 俺は謝るが、大翔の不満そうな顔は直る気配がない。

 どうしたものかと思っていると、雅樹が制服姿でこちらを見下ろしていた。20㎝の身長差がどれほどのものであるか、分かる瞬間である。

 雅樹はじっとこちらを見ると、口を開いた。


「それよりさ、あと5分しないで出席取られるよ。いいの、遅刻になるけど?」


 その言葉に俺は時計を見、大翔は更衣室を見渡した。なるほど、出欠が取られる時間まであと5分ないし、更衣室には俺らしかいない。

 このままだと、遅刻する。

 雅樹は頑張れと声をかけると、焦る俺らを尻目に更衣室から出ていってしまった。


「待って、待って!」


「置いてかないで!裏切り者ー!」


 俺らは思わず叫んだ。

 ちなみにこの日、俺はギリギリ間に合ったが、大翔は遅刻扱いだった。

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