天敵とは誰か

「眞琴、シュート!!」


「はい!」


 俺は先輩からのボールを受け取り、狙いを定めて投げる。

 それは綺麗な放物線を描く。

 今度こそは、どうだ。

 ボールはバックボードに当たり、リングを通り抜けた。


 2点入った!


「やったな!」


「はい!」


 あれから3週間。5月の半ば。

 俺は今、部活内でいくつかのチームに分かれて試合を行っていた。

 この部はそんなに強いわけじゃないけど、俺は気に入っている。


 ちなみにさっきパスをくれたのは小林こばやし ひかり先輩。ちょっぴり頼りないけど、バスケがめちゃくちゃ上手い部長。内進生。

 顔立ちも良い方なんだけど、何でか彼女ができない。2年の先輩と附属の中学生たち曰く女嫌い。だが、3年の先輩たちは訳知りなようで、その話を聞く度に「本当はどうだろうね」と言ってくる。

 小学校の時は空手をやっていて、結構すごい大会とか出てたらしいが、中学2年の春から急にバスケを始めた。経緯は不明。


「眞琴!佐藤をマークして!」


「は、はい!」


 ヤベ。試合中に集中力切らしてた。


 俺は集中力を注ぐ相手を、部長から佐藤先輩に切り替えた。





「お疲れさまでした!」


 部活も終わり、みんな挨拶を済まして帰っていく。

 今日の試合は勝ちだった。

 いくら1年生の配分を少し多めにしたとは言え、部長がいたから強いチームになってしまったのだ。


「あ!」


 部長の声が後ろから響いて聞こえた。


「どうかしたの?」


「どうしました?」


「もしかして俺たち、まだやることあります!?」


 その声に皆がわらわらと戻ってきた。


「いや~。連絡し忘れがあってさ……」


 部長は申し訳なさそうに頭をかいた。


「来週末、北高と練習試合をすることが決まってさ……」


 おお!早速か!


 俺を含め、一部の人たちは目を輝かせる。


「でも、北高って……」


「うん」


 でも他の人たちは浮かない顔をしていた。


「めちゃくちゃ強いよな。

 最低でも俺たちと比べられると」


 ん?


「部長~。なんで俺らが北高と練習試合するんですか。

 まず勝負にならないってのがオチじゃないですか」


 勝負にならない?


「いや~……。

 顧問の先生が約束してきちゃったみたいでね。

 でも、よく北高もこの弱小校と練習試合をする気になったよな……」


 約束して!?


「部長がそれ言っちゃ終わりじゃないですか!!」


「仕方ないでしょ、顧問の先生が──」


「暉~。お前な、何で意見はっきり言えないんだよ」


「……だって、女バスも合同だったから」


「マジかよ。またかよ」


 なんとなく、話が見えてきた。

 北高はどうやらとても強いらしい。(俺は中学でもバスケ部だったとは言え、強い学校、ましてや強い高校など知らなかった)

 で、そこと練習試合をすることになった。

 弱小校の南一高ウチが。

 でも、それと女バスに何の関係が……?


「だって、女バスは乗り気じゃん?」


「当たり前だろ!

 ウチは女バスは強いんだから!!」


 なるほど。

 北高は女バスと練習試合をしたかった。だが、ことの成り行き、はたまた顧問が男バスを強いところと試合させたくて男バスも練習試合をすることになった。


「どうすんだよ、暉」


「今さら止められねぇだろ。

 俺が顧問か女バスを言いくるめられるほど口が上手いなんて思ってないだろ、お前も」


 その言葉に佐藤先輩がため息をつく。


「暉、お前な……!

 まあ、仕方ないか。あんまり点差付けられないように頑張るしかないな」


 佐藤先輩は諦めたようだった。

 まあ、たしかに試合するしかないもんな。


「よし、皆来週末は試合だぞ!気合い入れてこうな。

 では、解散!!」


 結局この話は部長でなければ副部長でもない佐藤先輩が締めて終わった。

 不満そうな部員もいたが、皆帰っていった。





「おう、今日だな」


「ああ、そうだな」


 今日は北高との練習試合の日だ。

 2校の男バスと女バスが来るのだから、今日はいつもより体育館が狭く感じられることだろう。


「ま、頑張ろうぜ眞琴」


「そうだな、大翔はると雅樹まさき


 俺が話しかけたのはクラスメイトで小学校からの腐れ縁の柏木かしわぎ 大翔と内進生の嶺岸みねぎし 雅樹。

 全員緊張してるのは、いつもより少し高くなった声で分かる。

 何せ、もう来ている保護者のギャラリーもあるし、そりゃ緊張する。


「今日は来るかね、女バス応援隊」


 そのギャラリーを見て雅樹が呟く。


「「女バス応援隊??」」


 その言葉に俺と大翔は頓狂な声を出す。


「ん、ああ。2人は知らないよな。

 女バスに応援しに来ている女子のことを男バスは女バス応援隊って呼んでたんだよ。それがかなり多いもんで……」


「誰が来てたの?」


「いや、クラスの女子とか。1人だけ違う学校のやついたんだけどさ」


「他校のやつ?どんな子?」


「んー……」


 雅樹は必死に記憶を探る。


「たしか黒髪でいつもポニーテール。

 背が高くって……誰のこと応援してたっけ。

 あ、そうだたしか──……」





 今日の練習試合はもちろん惨敗だった。

 女バスの方は3点差で負けたらしい。

 何なんだこの格差は。

 だが、俺は全く別のことを考えていた。試合中も、ずっと。本当はダメなのだけど、どうしても集中できなかった。

 だから俺は、彼女に会いに来ていた。


「あ、どうしたの?」


 家のドアを開けた彼女は何のことで俺が来たのか分からず、きょとんとしている。


「美紗のことで、用事があって……」


 美紗の名前を聞いた瞬間、彼女は、いや、小鳥遊 夏美は顔を強張らせた。


「……何?」


「いや……。

 美紗から夏美に、手紙があるから」


「えっ?」


 夏美は一向に話が読めないという感じだ。

 そう、手紙の相手は夏美だったのだ。

 おそらく、天敵がいないとは名前のことだったのだろう。小鳥が遊ぶと書いて鷹無し。

 天敵である鷹がいないから小鳥が遊ぶ。

 たしかに的確なヒントだった。


「これ、手紙」


 俺は戸惑う夏美にかけて良い言葉が分からず、少ししか言葉が出てこなくなった。


「1番の友だち……?」


 夏美は封筒の文字を読むと、何も言えなくなってしまった。

 かける言葉がない。

 その無力さに自嘲すらしそうになるのを堪える。


「ありがとうね。眞琴」


「えっ……」


 見ると夏美は泣いていた。


「美紗の手紙、届けてくれて……」


 つい、言葉に詰まる。

 夏美はそんな俺には気付かずに、手紙を抱きしめるように胸に押し当てる。


「本当に、ありがとう……」


 幸せそうな泣き顔を見せまいとしているのか、はたまた手紙の存在を実感していたいのか、夏美は下を向いた。


「夏美、あのな……」


「何?」


 夏美が俺の言葉に顔を上げる。

 その拍子に、夏美の瞳から涙が落ちる。


「ありがと」


「何で眞琴がお礼言うの」


「なんでだろうな」


 でも、ありがとな。夏美。

 アイツのために泣いてくれて。

 アイツの友だちになってくれて、ありがとう。ずっと、友だちでいてくれてありがとう。試合の度に応援しに来てくれて、ありがとう。美紗はそれが、とっても嬉しかったろうから。

 そう思うと同時に、泣くことができた夏美を羨ましく思った。また、泣けない自分を薄情なのかと、少し非難してしまった。

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