君のいた場所

「忘れ物ない?」


「ないよ」


「じゃあ、念のための折りたたみ傘は──」


「何回目だよ!持ってるから!」


 俺は思わず声を荒げる。

 このやりとりは今日だけで10回はやっている気がする。


「もう。反抗期?」


 いやいや、違ーよ。なんでそうなんだよ。


「気を付けてね。

 今日は登校初日でしょ?


「入学式を入れなければ、な」


 俺はなんと、南一高校に受かったのだ。

 これには親も先生も、誰よりも俺が驚いた。

 部活を引退してから寝る間も惜しむ猛勉強。3回ほど寝不足で倒れて母さんに散々説教された。

 それでも俺は懲りなかったのだが、3度目に倒れたときに夢枕とやらに美紗が立った。

 勉強しすぎで倒れたらダメでしょ、と心配されながら怒られた。

 ここまで来るとさすがに疲れすぎかと思い、これ以降体調よりも勉強を優先することはなくなった。


 そんなこんなで、俺の成績からは想像もつかない奇跡のような合格を掴んだのだった。

 そして今日は、入学式をカウントしなければ登校初日となる。


「じゃ、いってきます」


「いってらっしゃい。気を付けてね」


 俺はドアを開け、春のあたたかい風を全身で感じた。

 これからへの期待で胸が膨らむのと同じように、風が制服に入り込んで制服も膨らむ。


 そして思い出すのは、何よりも美紗のこと。

 美紗……これから俺は君がいた場所に行くよ。きっと、君が──……。


 俺は春風を思いっきり吸い込んだ。





「じゃあ、次の人」


「はい」


 俺は今、自己紹介をしている。

 先生が言った次の人とは、俺のことだ。


「はじめまして。

 黒石 眞琴です。

 入りたい部活はまだ決まっていませんが、中学ではバスケ部に入っていました。

 これから3年間、よろしくお願いします」


 至って平凡な挨拶。

 目立った特徴がないのは、ある意味で俺の特徴の1つだ。


 俺はクラスを少し見渡して、ため息をつきそうになるのを堪える。

 俺は少しミスをしていた。

 この学校に入ったのは美紗の手紙を渡すため。志望校はなかったので、ここを志望校にするのにはあまり躊躇いはなかった。

 ……でも、この学校は内進生と外進生でクラスが分かれていた。

 つまり、美紗の友だちはクラスで探すことはできない。


「じゃあ、次の人」


 先生の声で俺は自席に戻る。


 俺はどうすればいいんだ……。

 そのあと、俺は他の人の自己紹介を軽く聞き流して途方に暮れていた。





「サッカー部入りませんか!!」


「運動部じゃなくとも青春はできる!

 どうか、茶道部に!!」


「テニス興味ある人いませんか!」


 あれから2週間、朝のSHR前の廊下は部活勧誘で騒がしかった。

 他の部活に負けまいと叫んでいるせいで、先輩たちの語尾は ? がついておらず、 ! になっている。

 ……普通に考えて、茶道部とか叫んだらイメージ崩れるだろ。


「野球しません!?」


「いやいや、そこは卓球部に!」


 うるさいし教室に行こう。

 そう思った時だった。


「バスケ部どうっすか!?」


 ……バスケ部?


 頼りなさそうな風貌の先輩につい視線が行く。


「青春できますよー!」


 美紗のいた部活。

 クラスで美紗のことを聞けなくても、部活だったら……それに、バスケだったらできるし……。


 俺は思わず


「あの、仮入部っていつからですか」


 尋ねてしまっていた。

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