これから辿りたい道

「眞琴っ……それ、本気なの?」


「ああ。

 もう決めたから」


「でも、ここって……」


 母さんは俺が渡したパンフレットを見て、困ったような顔をする。


「南一高校よね?」


 市立南一高校──県内でも上位の偏差値を誇る進学校。

 また、美紗が通っていた中学の附属校でもある。


「俺の成績じゃ難しいってのは分かってる。

 でも、受けたいんだ」


「眞琴……」


 俺は何としてでも美紗の大切な人たちを見つけたかった。手紙をその人たちに届けたかった。

 何より、俺が会えなかった分の美紗を知りたいという想いが強かった。

 今知ろうとしなければ、おそらく一生知れなくなってしまう美紗がいるということを強く感じていた。

 美紗の死に、涙を流せていないことの理由はそこにあると思っていた。


「分かった。

 母さん、応援するね」


「えっ、良いの?」


 反対されると思っていたので、案外あっさりと許可が出て驚く。

 俺が見つめると母さんは静かに微笑んだ。


「当たり前じゃない」


「ありがとう!」


 俺が顔を輝かせると、母さんは愛おしそうに見つめてきた。

 なぜだろう。


「どうかした?」


「ううん。何にもないわよ。

 遅いからもう寝ちゃいなさい」


 部屋にかかった時計を見ると11時を回っていた。


「おやすみなさい」


「うん。おやすみ」


 俺が寝付いたあと、母さんはまだ起きていた。残業している父さんを待っていたのだ。


 しばらくして、父さんが帰ってきた。


「ただいま」


「おかえりなさい。

 晩ご飯は……いらなかったわよね?」


 母さんは父さんから送られてきたメールを思い出しながら話しかける。


「ああ。

 食べてきたから」


「あのね、あなた」


「ん?どうした?」


「眞琴のことで、話があるの」


 母さんは南一高校のパンフレットをテーブルの上に置く。


「眞琴がここ受けたいって」


 父さんは目をまん丸にしてパンフレットと母さんを交互に見つめる。


「でも、アイツの成績って……」


「そうなんだけどね。

 どうしても受けたいって。

 私は、応援してみようと思う」


 父さんが考え込んだのを見て、母さんが口を開く。


「美紗ちゃん、覚えてる?」


「ああ。

 友だちができたって喜んでたからな、アイツ」


「そうだったわね……」


 2人とも、懐かしそうに目を細める。


「でも、美紗ちゃんは……」


 美紗に何があったかは、両親共に知っていた。


「うん。

 でね、あの子が行きたいって言ってるこの高校は美紗ちゃんが通う予定だったところなの」


「アイツ……そのことを知らないはずないよな」


 母さんがこくりと頷く。


「たぶん、知ってて決めたんだと思う。

 あの子、ここに越してきたばかりの頃はしたいこともなくてボケッとしてるだけだったでしょう。

 でも、美紗ちゃんに会ってから少し明るくなったじゃない。バスケだってその時に始めてさ」


「そうだな」


 今度は父さんが母さんの言葉に相槌を打つ。


「で、学校も変わっちゃってなかなか会えなくなってもあの子はバスケ続けて暗くなったりとかはなくて」


 母さんはふっと頬を緩める。


「……でも、美紗ちゃんが死んでめっきり暗くなって、部活もやる気がないしご飯もあんまり食べなくなった。

 なのに最近急に明るくなったのよ。

 それで渡してきたのがこのパンフレットだった」


 母さんはパンフレットを手に取る。


「あの子が元に戻れたのは、美紗ちゃんのおかげだと思ってるの。

 だから美紗ちゃんのことを追いかけるみたいに南一高校に入りたいって言ったとき、こういう道もあの子にとって良い道なんじゃないかと思った」顔を上げて、父さんを真っ直ぐに見つめる。「だから私は、応援したい」


 見つめた先にあったのは、父さんの優しい顔だった。


「俺も賛成だ。

 どうする?

 塾に行かせるか?」


 その言葉を聞いた母さんはへへっと笑うと別のパンフレットを取り出した。

 この笑い方は、俺に何かをねだったりとか俺を騙した後とかにする顔だ、と父さんは顔を引きつらせる。


「だから私、ここで働こうと思って」


 見ると、保育園のパンフレットだ。

 給食を作る仕事に応募したのか、給食に関する欄が蛍光ペンで囲んである。


「分かった。

 いつからだ?」


 父さんは大したことでなくてほっとする。

 そういや、コイツは隠し事をするときにもああいう顔するな……。

 それをすっかり忘れていた父さんは引きつった顔を緩めた。


「明日から~」


「は!?明日!?」


 父さんは母さんの言葉に座っていた椅子からずり落ちる。


「そうそう。

 あなた明日は休みだったでしょう?

 だから、明日は家事よろしくね」


「え?はっ?」


「おやすみなさい。ア・ナ・タ」


「ちょ、待てって!」


 1人さっさと寝室に逃げた母さんを見て、父さんは呆然としていた。

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