第1章 彼女の頼みと俺の道
さよなら
俺、黒石眞琴は中学3年になっていた。
今は5月の終わり、新入部員たちも増えて最後の大会までの準備の準備中といったところか。
そして、今俺は部活中。
「眞琴先輩、シュートお願いします!」
俺はバスケ部に入っている。
「おう、任せとけ!」
三角形に見えるように指先を合わせた両手で、ボールを狙いを定めて投げる。
そのボールは綺麗に放物線を描いて飛んでいったは良いが、ゴールのバックボードに当たった弾みでゴールの下にいた敵チームの選手に取られてしまった。
「くそ……!」
因みに俺は万年補欠とまでは行かないものの、決してバスケが得意ではなかった。
「ただいまー」
「あら、おかえりなさい」
今日の練習試合は惨敗だった。
俺がシュートを外してから、完全に敵チームの流れになってしまった。
チームメイトに睨まれたのは言うまでもない。
ドンマイと一言だけ言って、笑ってくれるようなチームメイトがいたことがせめてもの幸運だ。
「今日の晩ご飯何?」
「カレーよ」
「よし!」
今日の練習試合の結果が悪かったのを少し引きずってはいるとは言え、好物が晩ご飯となるとやはり嬉しい。
「手、洗いなさいねー」
「分かってる」
俺は荷物を持ったまま廊下に向かう。そのとき、
ピンポーン
玄関のチャイムが鳴った。
「あ、久しぶりね。今日はどうしたの?」
母さんの少し弾んだ声がリビングから聞こえてくる。
そのしばらくあと、ピッという音が聞こえたかと思うと、母さんは廊下に出てきた。
「眞琴、
大切な用事があるって」
「え?
夏美が?」
「とりあえず出なさい。
待たせちゃうと悪いから」
「分かった」
夏美というのは俺のクラスメイトだ。出身小学校も同じ。
フルネームだと
「どうかしたの?」
玄関のドアを開けると、顔を強張らせた夏美が立っていた。
明るい夏美らしくない。
「美紗のことで、話があって……」
「美紗……」
美紗は俺たちとは別の学校に通っていた。
中学受験をして市立の中高一貫校に行ったのだ。俺は美紗の連絡先を知っていたが、最近連絡がつかなくなっていた。夏美も同じようなことを言っていたのを思い出す。
「あのね、驚かないで聞いてほしいんだけど、美紗は……だの」
「えっ」
俺は夏美が何を言ったのか聞こえなかった。
いや、聞こえたのだが言葉の意味を理解した瞬間耳鳴りがした。
事実を受け入れようとしなかった。したくなかった。
そんな俺の様子を見て、夏美はさっきよりもゆっくりと強く話した。
「美紗が死んだの」
そのあと俺の口から出たのは、
「そっか……」
この一言だけだった。
俺はもっと、悲しいとか、理解できないとか何かいろいろなものが湧き出てきて分からなくなってしまうものだと思ってた。
なのに、そっか、しか出てこなかった。
スクリーンとか、そんなものを通してどこか遠くから自分を見てるような気分になった。
「そっかって何?
何それ……」
夏美の怒る声も沈んでいて、美紗のことがどれだけ大きなショックを夏美に与えたのかが分かってしまった。
「ごめん、なんかよく分からない。
どうしたら良いのかとか、今何思ってんのかとか全部分かんない」
俺の口からは言い訳がましい口上が垂れる。
「……まあ、そうだよね。そうなるよね。
お葬式の日、あとで連絡するから。
じゃあね」
「あ、待って!」
夏美は虚ろな瞳を俺に向けた。
「なんで、美紗は……」
「病気だって」
夏美は帰っていった。
そのどこか心細そうな背中に、友人として声をかけるべきだったのだろうが俺にそんな気力は湧かなかった。
「美紗は、本当に良い子で──」
美紗のお父さんが挨拶を始める。
目の端に光るものが見えて、重苦しい空気が俺たちを包んだ。
俺と夏美は葬式に来ていた。
小学校の時のクラスメイトを全員呼んだわけではなく、一部の人だけ呼んだらしいのは参列者の顔ぶれで分かった。
俺はまだ、美紗の死に何を感じているのか自分でも分からなかった。自分が無気力なことだけをただただ感じていた。
棺の中の美紗は俺たちの知っている穏やかな顔つきの彼女だった。
記憶と少し違うのは、頬がこけているのを誤魔化すように頬に少し不自然な赤みが差していることだった。
「……久しぶりだよな、会うの」
俺は小さな声で美紗に呟く。
起きてくれないのは知っていた。分かっていた。
それでも話しかけずにはいられなかった。
会えなかった時間を埋めたかった。
「美紗……」
でも、それはもう無理だ。
「さよなら、美紗」
別れを口にしても、俺は涙を流せなかった。
永遠の、別れだと言うのに。
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