5.追跡







 ――少女には、双子の姉がいた。

 同じ日に祝福を受けて、この世に生まれ落ちた命。

 対照的な髪の色は本当に双子なのかと疑われもしたが、それでも少女は紛れもない繋がりを感じていた。だが、いつからだろうか。

 その気持ちが歪んでしまったのは。


 自分たちの関係が歪んだ、その時からか。

 それとも――。



◆◇◆



 日の落ちかけた街の中。

 僕は【バニッシュメント】を使って、その中を歩いていた。

 その理由というのも今、自分が行っていることが俗にいう尾行というやつだからだ。その対象というのは、数メイル先を行く青い髪をした学園の女生徒。


 そう――アンジェリナだった。


「まぁ、まだ確証はないんだけど」


 僕はそう呟く。誰にも聞かれないよう、口元を押さえながら。

 いまアンジェリナを追っているのは、さっきの聞き込みで彼女の口から出た言葉に違和感を覚えたからだ。青髪の上級生は、驚いて思わずこう言った。


「『真』ヴィクトル教団に――ね」


 それは、本当にとっさに出たものなのだろう。

 僕の口から思ってもみない言葉が出たから、漏れてしまった。

 どういうことかというと、本当に単純な話だ。『反ヴィクトル教団』のことを『真ヴィクトル教団』と呼称するということは、すなわちそこに所属しているからに他ならない。敬虔なヴィクトル教団員であるクリンの話によると、一般的に過激派のことは『反ヴィクトル』と呼称するらしいからな。


 ということで少なくとも、アンジェリナはその意味で黒だった。

 そして同時に、この事件について『反ヴィクトル』の存在について言及したということ。それは事件にその組織が関与している可能性、それを示唆していることでもあった。まだまだ半々といったところではあるが――それでもゼロだとも言い切れない。


「まぁ、これで解決に向かえばラッキー、ってくらいか」


 元より『反ヴィクトル教団』の情報も集めようと思っていたところだ。

 ここで一つの手がかりを得られたのは、全体的に見てもプラスだといえるだろう。そんなこんなで、僕はアンジェリナを追っているわけであるが。彼女はどこか慌てた様子で、周囲の確認もろくにせず入り組んだ路地裏を進んでいく。


「ここは、なにかの倉庫……か?」


 そうして辿り着いたのは、大きな倉庫のような建物が密集する場所だった。

 かなり狭い道が続く。そして、アンジェリナがとある角を曲がった。

 その時だった。


「ねぇ! 私はそんな話、聞いてない! 説明しなさいよ!!」


 彼女の、怒気を孕んだ声が聞こえてきたのは。

 僕はそれを耳にして立ち止まる。そっと、物陰に隠れて様子をうかがった。

 どうやらアンジェリナは、誰か――ひとまずは男性か――と話しているようだ。


「お前に話すと、間違いなく反対する。いちいち騒がれると迷惑なのだよ」

「反対って、そんなの――あの女は私の獲物よ!」

「ならば、今回のことも問題ないだろう?」

「それは……っ!」


 覗き込むとこちらの存在がばれてしまう。

 それだけは避け、周囲に気を払いながら耳を澄ませた。

 すると分かったのは男性の方は【ヴォイス】で、声を変えているということ。魔力の流れに乱れがあることから、それ以外にも素性隠しの魔法の類を使っていると考えられた。それと同時に、その流れに微量なズレしかないことから、相当に魔法に精通している者であるとも思われる。


「……それで、あの女はどこなの?」

「この奥の倉庫だ。睡眠薬で寝かせているが、少し話していくか」

「そうね――十分だけ、時間を頂戴。二人きりがいいわ」

「二人で、というのは承諾しかねるな。お前は何をするか分からない」

「チッ……分かったわよ」


 そんな会話をしてから、二人の気配は奥へと消えていった。


「このまま、飛び込むか……?」


 僕は少しだけ考える。

 そのことで、一瞬だけ周囲への注意が鈍った。すると――。


「おや、リード。こんなところで何をしているんだ?」

「………………っ!?」


 ――どこかで聞き覚えのある声の人物が、背後に現われた。

 その声は学園に入ってから、ほぼ毎日聞いているそれ。僕はゆっくり振り返りながら、その人の名を口にした。


「驚かせないで、くださいよ――プレーン先生」


 立っていたのは眼鏡をかけ、やや頬がこけたエルフ。

 担任教員のアルフレッド・プレーンだった。少し困ったような顔をしながら、彼はこちらを見ている。そして、腕を組んでこう言うのだった。


「驚かされたのはこちらだ。こんな時間に寮に帰らず、なにをしている」

「先生こそ、こんな場所でいったい何をしているんです?」

「ここが私の家までの近道なんだ。それでいいか」


 やや苦し紛れに言い返すと、プレーンは何の動揺も見せず、むしろ呆れたような物言いで応える。どうやらそこに嘘はないようだった。

 そうなると、今回については本当に偶然。

 変に焦って事態の解決に乗り出さなくて正解だった。


「ほら、さっさと寮に帰るんだ。補導されないうちにな」

「分かりました。先生も気をつけて」


 僕はふっと息をついてから、来た道を戻る。

 作戦の決行は――今晩だ。



◆◇◆



 アンジェリナが倉庫の一つに足を踏み入れると、同じく組織に所属している男は姿を消した。しかし彼女は分かっている。それはあくまで『姿を消したにすぎない』のだ、ということを。


「本当に、不気味な奴……」


 ひとりごちて、姿の見えない相手への不快感を隠しもせず。

 青髪の少女は倉庫の中を進んでいく。


「ハロー、王女様。といっても、ぐっすり眠ってるわね」


 そうすると、粗雑に作られた寝床に転がされているクリスティナを発見した。

 アンジェリナはどこか沈んだ声色でそう呟き、近くの壁に背を預ける。薄暗い中でも映える赤い髪の少女を見下ろして、ふっと息を吐き出した。

 彼女の表情はどこか浮かないそれで、しかしどこか馬鹿にした色もある。


「ぬくぬくと育ってきた貴女のことだから、きっとうちの教団員も連れ去るのは簡単だったでしょうね。いや、そうでもないかしら。ねぇ、どうなの?」


 一歩、目覚めないクリスティナに近づきつつ。

 アンジェリナは、目を細めた。


「私の気持ちを知らない貴女には、これくらいの苦労を味わってもらわないとね」


 そう口にする。

 だが蔑むような言葉の反面、そこには感情が込められていない。

 眠ったままの王女の髪を撫でて、また一つ、アンジェリナは大きく息をついた。


「ねぇ、聞いてる? 聞こえているのかしら――」


 そして、こう言うのだった。



「お姉さま?」――と。



 

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