4.事件発生
「え、反転した教団のエンブレム?」
「そう。この間、街を歩いてる時に偶然見つけてさ」
数日後。学園の廊下を歩きながら。
僕は何気なく、クリンに先日見たエンブレムのことを訊いてみた。
すると彼は少しだけ不思議そうに首を傾げてから、なにか納得したように頷く。
「そっか、リードくんは王都の出身じゃなかったね。それだったら、反ヴィクトル教団事件について知らなくても、不思議じゃないね」
「反ヴィクトル教団――それって、普通の教団とは違うの?」
「うん、違うね。いわゆる過激派さ」
クリンは人差し指を立てて、説明を始めた。
「当の本人たちは、自分たちこそが真のヴィクトル教団だ! って叫んでるけどね。利権やら権力、そして金銭に目が眩んだ犯罪集団だよ。現に、末端の奴らに至っては王都で盗みを働いたりしてるからね。騎士団は毎晩のように、そいつらと争ってる」
「騎士団、ってことは父さんなんかも動いてるのか……」
「そういうことだね。とりあえず、マトモな連中ではないさ」
そう言って、坊主頭の少年は腕を組んで頷く。
最近知ったのだが、このクリンもヴィクトル教団に所属しているらしい。なんでも彼の一家は熱心な教徒であり、その辺の知識についてはこちらにも役立った。
そんな感じで、必要な情報を得られた僕は一つの目標を設定する。
大きな敵があれば、と思った時もあった。
まだまだ規模は小さい。でも反ヴィクトル教団はその点で、人々を陰ながら助ける理想の賢者としても無視はできなかった。
だとするならば、当面はその組織の情報を収集しつつ、悪事を挫く。
そして最終的には、撲滅だな。
「よし、それなら――」
僕は思わず、威勢よく宣言しかけた。
だが、それを都合よく遮ってくれる人があった。
「たいへんたいへん! リードくん、クリンくん!!」
その人というのは、ステラ。
彼女はいつになく緊張した面持ちで、こちらへと駆けてくる。
「どうしたの、ステラさん。そんなに慌てて、らしくないよ?」
「はぁ、はぁっ……! そんなことを言ってる場合じゃないの! たいへんなの! 国の一大事、大事件なんだよぉ!!」
「大事件……? 何かあったの?」
その言葉に眉をひそめて、僕は訊ねた。
すると返ってきたのは――。
「クリスティナさんが、誘拐されたんだよ!!」
「え……っ!」
――全然、都合のよくないものだった。
◆◇◆
「誘拐、って……それはいつ?」
「昨日のお昼休みの後から、どこに行ったか分からないんだって……」
僕の問いかけにステラはそう返す。
彼女の話によると、昨日の昼休みを最後にクリスティナは誰にも目撃されていないらしい。そして今日の昼頃に、王室に一通の書状が届けられた。
そこに書いてあったのは、王女クリスティナを誘拐した、という旨。身代金などの要求はなく、ただその事実だけが記載されていたという。
「ステラさんは、その情報をどこから?」
「上級生が噂をしてるのを聞いたの。それで、プレーン先生に訊いたら……」
「ふむ。なるほどな――それで、いまはどこに向かってるの?」
話を整理しながら、もう一つ問いかける。
「うん。最後に目撃された時に、一緒にいた人の話を聞こうと思って」
「それなら納得だ、道理だね」
僕は頷いて、そして自分のいる場所を確かめた。
そこは学園の二階廊下。ここには主に二回生の教室がある。
胸に付けているエンブレムの色はクリスティナと同じ。すなわち、彼女の同級生が集まる場所ということだった。そうなると、最後に話していたのはクラスメイト、ということになるか。ちなみに、目撃されたのは中庭が最後だが、そこには痕跡らしきものはなかった。
そのため、僕たちはここを訪れたのである。
何はともあれ、まずはその人から話を訊いてみないと始まらない。
そう考えていたところで、目的地に到着した。ステラは少し尻込みをしていたので、代わりに僕が手近にいた学生に声をかける。
「あの、すみません」
「はい? なんでしょうか」
「アンジェリナ・リークヘルトさんと、お話したいんですけど」
「アンジェリナさん? 分かりました、少々お待ちくださいね」
するとその学生は、特に勘ぐった様子もなく奥へと向かった。
そして一人の女生徒に声をかける。間もなくして、その人――アンジェリナが僕たちのもとへとやってきた。
「なに? 私も、暇ではないのだけど」
青い髪に、鋭い赤の眼差しをした彼女は開口一番にそう言った。
第一印象としては、なんと攻撃的なのか、というところ。語調もさることながら、腕を組んでこちらに向ける見下した視線は、不快感を隠そうともしていなかった。美人ではあるのだが、しかしそれも忘れるほどに悪印象が強い。
「すみません、アンジェリナさん。クリスティナさんのことについて訊きたいのですけど、お時間よろしいでしょうか?」
「はぁ? クリスティナのこと……? そういえばアイツ、今日はいないわね」
そんなアンジェリナに王女のことを切りだすと、露骨に嫌そうな顔をした。
これだけで分かる。二人の仲は、良好ではないらしい。
「いま彼女を探してるのですけど、心当たりはありませんか?」
「知らないわよ。風邪でも引いたんじゃない?」
「…………」
手であっち行け、としながらそう言うアンジェリナ。
取りつく島もないといったところか。しかし、この情報を出したらどうなるか。
「これは噂なんですけど、誘拐された、とか……」
小声で、彼女に聞こえる大きさで。
するとアンジェリナは肩を少しだけ弾ませた。
「誘拐……?」
そして、目の色を変えてそう漏らす。
だがしかし、すぐにハッとした顔をしてこう言った。
「し、知らないわよ! 仮にそうなら――」
少しだけ呼吸を乱し。
「真ヴィクトル教団にでも、連れ去られたんじゃないの?」――と。
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