2.人の縁とは不思議なもの
……どうしてこうなったのだろう。
僕はなぜか、王女クリスティナと昼食を共にしていた。
もちろん一対一というわけではない。四人がけの円形テーブルに、クリンとステラと王女、そして僕の順番で座っているのだ。ステラの友人として、一人だと不安だという、彼女の要望を聞いてのことだった。
しかし、なぜクリスティナはステラに声をかけたのだろうか。
そのことが不思議で仕方なかった。彼女は僕と同じく辺境の村の出身だ。それだというのに、王女は彼女のフルネームを当然のように口にしていた。
そういえば、ステラも王女に『挨拶』がどうの、言っていた気が……。
「それにしても、まさか王女様の方からお声をかけていただけるなんて」
そう考えているところで、沈黙を破ったのはステラだった。
少女は嬉しそうに、クリスティナに微笑みかける。
「王女様、というのはやめてください。クリスティナで十分ですよ?」
「ふふふっ、それじゃあクリスティナさん! 私、嬉しいです!」
「えぇ、私もですよ。ステラさん」
すると王女はそう返答し、そのことでステラは大きな花を咲かせた。
その様子を見て、クリスティナも小さく笑む。
「あ、あの。ちょっとだけ、状況を説明してもらえませんか?」
それを見て、僕はさすがに声を上げた。
深くかかわらないまでも、意味不明のまま事態が進むのは気分が悪い。
さて、そんな感じにこちらが手を挙げると、だ。そこでようやく僕の存在を思い出したように、ステラは少し慌てたようにこう言った。
「あ、そうだね! えっと、どこから説明しようかな……」
「私から、説明いたしましょう。えっと――」
しかし言葉が見つからないのか、少女は口ごもる。
すると、そこに助け舟を出すようにクリスティナが入ってきた。
「リード・シルフドです」
「ありがとうございます。では、リードさん? それでいいですか?」
「はい、よろしくお願いします」
こちらが名乗ると、彼女は一つ頷いて話し始めた。
「ステラさんのお父様――ガナン・カラハッド様が、高名な金細工師であったことはご存知ですね? 私は幼き頃から、ガナン様の作品を好んでおりまして。彼が勲章を受ける際に、ステラさんとは面識があったのです。そしてこの度、彼女がヴィクトル王都学園にご入学されたとお聞きし、挨拶をと思ったのです」
そして、ステラがこう補足した。
「授与式の後、パーティーで一人ぼっちだった私に声をかけて下さったんです!」
「はぁ……。なるほど、そういうことだったんですか」
それを聞いて、僕は納得する。
長々と懇切丁寧な言葉で説明されたが、要するにクリスティナはステラの父親のファンだった、ということらしい。それで、その娘であり面識のある彼女に会いたかった――と。それはそれは、また熱心なことで。
「リードさんとステラさんは、どういう?」
さて、今度はクリスティナの番だった。
彼女は表情を変えないまま、小さく首を傾げてそう訊いてくる。
「どういう、って?」
「いえ。どのようにして、仲良くなられたのかな、と思いまして」
「あー、そういう……」
聞き返すとそんな疑問をぶつけられた。
なるほど本当に世間話のような感じ、というところか。
だがしかし、僕とステラの共通点っていったい何だろうか……。
「いや、あまり理由はないですよ。故郷が近いってのもあって、それでです」
「……ふむ。なるほど、そうなのですね」
考えた結果、もの凄く無難な返答をした僕だった。
しかしそれでも王女は納得したらしく、静かにそう口にするのだが――ん、なんだろうか。納得はしたみたいだけど、少し含みがあったような気がするぞ?
「どうしたんですか。なにか、気になることでも……?」
それが気になって、ついつい僕はそれについて訊いてしまった。
すると、「いえ」と前置きをしてクリスティナはこう言う。
「てっきり、お二人はそういう仲なのだと……勘違いでしたね」
「…………はい?」
完全に想定外の言葉に、一瞬だけ思考停止してしまった。
『そういう仲』ってなんぞ。僕は即座に返事できず、間抜けた声を漏らした。そんな感じで声を出せないでいると、先に反応したのはステラ。
彼女はにこやかに、しかしどこか迫力のある笑顔で断言した。
「ないです」――と。
反論の余地など微塵もない、見事な一言であった。
しかしそれでも怯まなかったのは、同じ女性であるクリスティナ。
「それでも気になる殿方とか、いらっしゃるのではないですか?」
王女はそう食い下がった。
するとステラは、首を左右に振ってこう言うのだ。
「いません。私が敬愛しているのは、赤き賢者レッド様、ただお一人です」――と。
それを聞いて、僕は不味いと直感した。
しかし時すでに遅し。この次のクリスティナの一言で、
「赤き賢者レッド、とは――どのような方なのですか?」
ステラは爆発した。
「レッド様とは、私の最も尊敬する方であり命の恩人です。いいえ、その程度では片付けられないですね。私の生き方を決定付けた方といいますか、あの方と出会ったことで今の私があると、そういっても過言ではありません。世の中では最高の賢者はヴィクトル・アレクサンドロス様であると云われておりますが、私の中での一番は二年前のあの日から赤き賢者レッド様なのです。しかし、その存在はあまりにも曖昧です。なので私はこうやって、彼の御方についてお話することがよくあるのですが、最近ではそれでも足りないのではないかと思うようになっておりまして。ぜひ、この場をお借りしてクリスティナさんには――」
――止まらない。まるで、止まらない。
早口で語られる、彼女の赤き賢者レッドへの思いは止まることを知らない。
これには流石のクリスティナも唖然と、口を開けたまま。そしてこの弾丸のようなレッドへの賛辞と、彼の布教は、昼食の時間が終わるまで続くのだった。
なお、余談ではあるが……。
「あれ、クリンくん? そろそろ行かないと、午後の授業が――」
去り際に、ずっと黙ったきりだったクリンに声をかけた。
しかし返事がない。僕はそれを不審に思い、うつむいたままの彼の顔を覗き込む。すると、あることに気付くのだった。
「――失神してる」
彼はクリスティナとの食事に、歓喜のあまり意識を失っていたのである。
僕はそんなピクリとも動かない少年を置いて、教室へと向かった。
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