4.救われた者、救った者
一時はどうなることかと思ったが、ヴィクトル・レッド論争は意外にも穏やかに決着した。それも当然。年端もいかない少女と、四百年近く生きるエルフだ。
熱弁をふるうステラに対して、ユリウスは終始和やかに頷いていた。
そして最後は機を計った僕の、世の中広いですね、の一言。
これにて、見事に事態は収まったのであった。
「それにしても、その……賢者、なんだっけ?」
「賢者レッド様だよ!」
「そうそう、賢者レッド。ステラさん、その人のこと凄い尊敬してるんだね」
「うん、そうなんだ! 尊敬というか、もう敬愛の域だよ!!」
「そ、そうなんだ。ははは……」
中庭の噴水、その縁石に腰かけて。
少しとぼけながらそう訊ねると、ステラは元気いっぱいに答えた。
円らな瞳をキラキラと輝かせ、満面の笑みを浮かべながら。あまり大きくない胸の前で、両拳をぐっと握りしめて彼女は何度も頷くのだった。
言葉もさることながら、ステラのレッドへの思いは本物の様子。
たしかにあの日、命を救われたといっても――この執心ぶりは驚きだった。
「どうして、そんなに?」
だから率直にそう訊ねることにした。
首を傾げて、本当に何も知らないことを装って。
「えへへ~、実はね――」
すると少女は、嬉しそうに語り始めるのだった。
燃え盛る村に突如として現われた、赤きローブで顔を隠した賢者の話を。その話し方は、さながら英雄の物語を子供たちに聞かせる吟遊詩人のよう。
命を救われた瞬間は、ただただ恋する一人の少女のように。そして、語り手はいよいよクライマックス――ペンダントについて、僕の知らない事実を口にした。
「――あの日は、ね。お父さんの命日だったんだ」
「命日……?」
「うん、命日」
今までの勢いが少し弱まり、声色も寂しそうなものに変化する。
ポケットからペンダントを取り出し、大切そうに撫でながら言った。
「今から……六年前、だね。お父さんはね、王都でも有名な金細工職人だったんだけど、アド村に帰ってきた時にワイバーンが襲ってきて」
「それで、ワイバーンにペンダントも奪われた……ってことか」
「うん。私とお揃いだったんだけどね、片方だけなくなっちゃてたんだ」
ステラはもう一つ、よく似たペンダント――こちらには、少女らしい装飾が施されている――を出して並べる。鏡合わせのような、見事なそれに思わず息を呑む。
これは、僕とは違う道を極めた人の仕事だった。
そのことを素直に凄いと思う。
「それで、それを賢者レッドが?」
「うん! あの日――二年前の夜に、私の手に握らせてくれたの!」
二つのそれを胸に抱きしめ、また愛らしい笑顔を浮かべるステラ。
そこにあった表情には感謝や尊敬、あるいは先ほど口にしたような敬愛の思いが見て取れる。僕にはそのように、感じられた。
それを受けて、僕は心のどこかがスッキリとする感覚を抱く。
――そうだ。
僕が目指していたのは、このような幸せなのだ。
陰から人を助けるのがカッコいいと、そう思っているのもある。
でもそれと同時に、やっぱりこうやって、自分の行いで誰かが笑顔になってくれる。そのことがとても嬉しくて、たまらないのであった。
「それで、ステラさんは賢者を目指してるんだね」
「うん! いつか、レッド様みたいに弱い人を守れるようになりたいの!」
立ち上がって、風に髪をなびかせて。
ステラはその小さな胸に秘めた、大きな目標を口にした。その姿はまるで、選んだ道は違うけど、たしかに僕と重なるもの。
初々しさに満ちた、希望にあふれた自分への期待だった。
「そっか……」
僕はそんな少女を見て、ふっと微笑んだ。
この学園にきて、この少女と出会って、最初はどうなることかと思った。それでも今なら思う。この学園に足を運んで正解だった、と。
「さて、そろそろ日が暮れるよ。寮に帰らないと!」
「うん、そうだね!」
僕の言葉に、ステラは同意した。
日も落ちかけて、空が赤紫に染まり始める頃。
胸の空く、そんな心地良さを抱きながら、僕は下校するのであった。
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