3.ヴィクトル教団
そんなこんなで、学園に入学してから一ヶ月が経過した。
僕は極力目立たないように、中の下くらいの成績をキープして周囲の様子を確認していた。どうやら前世の僕がいたころよりも、学園の設備や内装などは幾分か綺麗で新しくなっているらしい。それでも、どれも僕の想像の域を出ていなかった。
例えば、魔道具と呼ばれる、魔法の素養のない者が日常で使う機器がある。
この王都学園で用いられている最新、最高の物でも、出力は四百年前の二倍弱といったところか。今の技術者にとやかく言うつもりは、もちろんない。
これは、あくまで僕の個人的な見立てであった。
「まぁ、ここにきたのは他にも気になることがあったからだけど……」
と、いうことで。
呟いてから僕は思考を少しだけ、真剣なものに切り替える。
リードの育ったミド村は、南西部にある辺境の村だった。そこで得られる世界情勢には限界がある。だがそれでも、ある程度の情報は耳に入ってくるのだ。
そう、例えば――。
「ここが、ヴィクトル教団王都学園支部、か」
――このように。
前の自分の名前を模した団体の存在、とか。
簡単に説明すると、ヴィクトル教団というのは前世の僕の功績を称えて設立された組織、とのことだった。しかし今となっては、その教えを神格化した、一種の宗教団体となっている。僕個人としては、本当にとやかく言うつもりはない。
ないのだけど……。
「さすがに、これは少し恥ずかしいな……」
……この、銅像はなぁ。
教団の建物の前には、大きなヴィクトル・アレクサンドロスの像が立っていた。
日の昇る方角を指差して、威風堂々と構えている。顔立ちから推測するに、ヴィクトルの四十代の頃を模しているようだった。
まぁ、たしかに一番威厳があったよね。
いい具合に髭もたくわえてたし。
「ま、まぁ。見る物は見たし、今日は帰るとするか」
目的は果たした。
そんなわけで、学生寮に帰ろうと思った。その時だった。
「やあ、キミはもしかして――教団に興味があるのかな?」
「あ、学園長。こんにちは」
ヴィクトル学園現学園長――ユリウス・サードレアスが声をかけてきたのは。
入学式でも軽く見たが、こんな間近で話すのは初めてだった。長身痩躯。銀の長い髪をした彼は、整った顔立ちをしているものの、目は常に細めていた。身にまとうのは高級そうな衣服で、胸には何かしらのエンブレム。おそらくは、この教団員である証であろう。
「名前を訊いても良いかな?」
「リード・シルフドです」
「そうかそうか。もう一度聞くが、リードくんは教団に興味があるのかな?」
嬉しそうに微笑みながら訊いてくるユリウス。
どうやら彼は、崇拝するヴィクトルに新入生が関心を抱いている様子が、嬉しくて仕方ないようだった。僕はそんなユリウスに対して、これといって不快感は抱かない。ただ、それでもここで嘘をつく必要もないように思われた。
「興味というより、そうですね。僕は辺境の村出身なので、噂に聞いた物を見て回っているんです」
「そうか。少し残念だが、それはそれで勉強熱心でよろしい」
「ありがとうございます」
素直に答えると、しかしユリウスは大きく頷いて肯定する。
どうやらこの人物は、齢も相まって度量もあるらしい。こちらの言葉に変にへそを曲げることもなく、正直に述べている。その態度には、僕も好感をもった。
「辺境というと?」
「ミド村です。父が騎士団の団員をしていまして」
「そうか、なるほどね。改めて、我が学園にようこそ――リードくん」
手を差し出してくる学園長。
こちらもそれに応えて、軽く握手を交わした。
微笑みを絶やさない彼の様子に、ふと僕はこんな質問をしてみる。
「ユリウス学園長は、本当に初代学長のことを尊敬してるんですね」――と。
それは何気ない言葉だった。
少なくとも、僕にとっては……。
「うん? あぁ、それはもちろん――」
しかし、ユリウスにとっては異なった意味を持っているらしく。
それまで細めていた目をカッと見開き、彼はその赤き瞳に僕を映した。そして、
「――世界最高の人物。学祖であり、流派の頂と呼ばれる方だからね! 逸話は数あれど、この世界に残した功績は数知れず。もはやその存在こそが奇跡といっても過言ではなかった。まさしく神からこの世界にもたらされた天恵、あるいは神そのものであり……」
堰を切ったように語り始めたのである。
おおう。その姿に悪いが、僕は思わず引いてしまった。
「だからこそ、私はこのヴィクトル教団を設立し――」
――お前だったんかい!
そして、そんな会話の端に対して内心でツッコんでしまった。
とにもかくにも。まさか、あの時の少年がこのように成長を遂げるとは思いもしなかった。嬉しいような恥ずかしいような、それでいて困るような。
複雑な気持ちになったが、過去の業績を認めてくれる人がいるのは悪くない気分だ。それでも、それは僕の真の理想とは程遠いのだが……。
「とにかく後にも先にも、彼は世界最高の賢者であること、それは間違いない」
話すこと十数分。
ようやく、納得したのかユリウスはそう結論付けた。
まぁ、聞いていて不快ではなかったから、良しとしよう。そう思った。
……その矢先だった。
「すみません。いま、最高の賢者――と、聞こえたんですけど?」
一人の少女が姿を現し、会話に割って入ってきたのは。
僕は声のした方を見て……。
「え、キミは……げ!」
ついつい、そんな声を発してしまった。
何故ならそこに立っていたのは――。
「あ、リードくん。こんにちは!」
「ど、どうも。ステラさん……」
――ステラ・カラハッド。
この学園で唯一、レッドとしての僕を知る人物だった。
彼女はゆっくりとこちらに歩み寄ってきて、ユリウスにこう問いかける。
「いったい誰が最高の賢者、なのですか?」――と。
笑顔が浮かんでいるが、目が笑っていない。
その緊張感をしっかりと受け取ったのか、学園長も静かに微笑んだ。
「おや。どうやら貴女は、他に最高の賢者を知っているようだ」
「えぇ、そうです。私は、この目で見ましたから」
彼が問いかけると、ステラは真っすぐにそう答えた。
そして、こう断言するのである。
「世界最高の賢者は、レッド様に他なりません」――と。
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