3.赤き賢者の誕生







 ワイバーンが、予想の数倍の速度で迫ってくる。

 僕は感覚でそのズレを修正して、相手の突撃をいなした。ターゲットを見失ったそいつは急速に高度を上げて、地面への激突を回避する。

 上空でいったん停止し、こちらに向かって鋭い声を発した。


 どうやら僕を威嚇しているらしい。

 肌を刺すようなその音に、アド村の住人たちは散り散りになって逃げていった。その様子を流し目で見て、一つ安心する。一対一なら、被害も少ないはず。

 そして、思う存分に今までの成果を試すことが出来る、というもの――!


「さぁ、こい。簡単にやられてなんて、くれるなよ?」


 ――ギイィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!


 こっちがそう挑発すると、まるで人語を理解しているようにワイバーンは叫んだ。少し反動をつけてからそいつは僕に向かって再度、突っ込んでくる。

 しかし他の個体とは異なり、どうやらこいつの場合、馬鹿の一つ覚えというわけではないらしい。大きく裂けたその口から、ちらりと赤い色を見せていた。


「なるほど――【ブレス】も使うのか!」


 それはワイバーンの上位種である、ドラゴンの用いる技。

 少なくともワイバーンの攻撃方法は自分の知る限り、二つだった。突進するか、それとも噛み付くか。単純ながら、しかしそれでいて強力なものだった。

 普通の人間なら、どちらも一撃で粉々にされてしまう。


 まぁ、それは置いておいて。

 いま刮目すべきは、この亜種とも考えられるワイバーンだろう。

 本来ワイバーンの体内には炎を生成する組織、仕組みはない。それだというのに、この突然変異とも取れるワイバーンはそれを為している。

 なるほど、村を包み込んでいる火は、こいつのものか……。


「まぁ、それはいい。とにかく面白いじゃないか――僕の魔法と、どちらが優れているかを確かめてみようじゃないか!」


 胸の高鳴りを隠しきれない。

 僕は賢者としての自分を保ちつつ、そう言って――初歩魔法の【フレイム】を放った。【エンシェント・フレイム】は、威力が高すぎるから封印だ。

 だが初歩魔法とはいえ侮ることなかれ。

 この身体に内包されている膨大な魔力によって、それは地獄の焔と化す。


「……さぁ、どうだ!」


 僕は手を前にかざして【フレイム】を放った。

 そして、それに呼応するかのようにワイバーンもまた【ブレス】を放つ。

 互いの丁度、中間付近で激突したそれは瞬間、拮抗し――しかしすぐに優劣を見せた。


「僕の勝ち、だな――」


 完全に押し切った。【フレイム】が【ブレス】もろともワイバーンを呑み込んだ。そう思った。その時だった。僕は見た。


「――なに、生きている!?」


 爆炎のほんの僅かな隙間から、そいつがこちらへ猛進してくるのを。

 そいつ――ワイバーンの亜種は、鋭利な牙を剥き出しにして僕に喰らいつこうと大口を開けていた。それを寸でのところ、横に転ぶようにして回避する。

 こちらを捉え損なった相手は再び上昇し、上空を旋回している。


「まさか……」


 焦げ付いてすらいない、敵の鱗を見て僕はすぐに答えに至った。

 あのワイバーンの鱗には耐火性質が付与されている。そんな存在は見たことも、聞いたこともない。しかしそう考えなければ、辻褄が合わない。

 つまりは、この翼竜には――もっと力を解放してもいい、ということ。


「面白い……! やはり、こうでなくては!!」


 ――あぁ、自然と笑みが浮かんでしまう。

 ついに自分のやってきたことが、結実する、その時がやってきた。

 僕はそのことに喜びを感じつつも、しかし同時にこのアド村を救いにきた、その目的も思い出す。なら、あまり遊んでもいられない。


 次の一撃で、決めなければならないだろう。


「じゃあ、こんな魔法はいかがかな?」


 そう口にして、僕は天に手を掲げた。そして――。


「大地を潤せ――【レイン】!」


 ――魔法を放つ。

 それは天属性の魔法。天候を操り、大雨を降らせるものだった。

 突然の豪雨に見舞われるアド。それは、村を襲っている大火を鎮めていった。


「そして――」


 僕は上空を飛ぶ相手目がけ、ある魔法を放つ。


「これは、耐え切れるかな? ――【ヴォルト】!!」


 それとは、雷撃。

 雨に濡れた竜はその一撃をまともに喰らう。炎が駄目なら、水によって感電しやすくなった状態で受ける電気による攻撃はどうか。


 この魔法の応用こそ僕の研究の一つ。

 それぞれの魔法を極めた上で、同時に使用すること。

 その相乗効果によって、魔法は更なる高みへとたどり着くのではないか。


 天属性は、一部の才ある者にしか行使できない。

 だからこの実験は、リード・シルフドに転生したからこそ試せたものだった。


「あぁ、やはり間違いなかった。僕の研究は――」


 ワイバーン亜種は、全身を這いずり回る電流によってもがき苦しみ空中で絶命した。音もなく僕の前に墜落し、黒い消し炭となっている。


「終わった、か……」


 戦いの終わりはなんともむなしい。

 しかし、これで自分の理想とする賢者に一歩近づけたのかもしれない。そう考えながら、あとは人目を避けてミド村へ帰ろう。

 そう思いながら、僕はおもむろに歩き出そうとし――。


「――あ、あの!」


 その時だった。

 誰かが、声をかけてきたのは。

 声のした方を振り返ると、そこには先ほど助けた少女がいた。彼女は物陰から、怯えたように震えながらこちらを見つめている。


 まさか、あの状況で逃げ出さなかったのか。

 それとも、単純に逃げることが出来なかったのか。


 何はともあれ、僕の戦いの一部始終は少女により観測されていた、ということだ。これは想定外だが――しかし、時間は巻き戻せない。

 ならば、ひとまず言葉を交わすこととしよう。


「どうしたんだい。そこのお嬢さん」


 僕が訊ねると、彼女はこちらの首元を指差しながら言った。


「そ、そのペンダント、って……」

「あぁ……」


 それを聞いて思い出した。

 三年前に拾った、金細工のペンダント。

 もしかしたら持ち主がいるかもしれない、そう思って持ってきたのだ。


「それ、もしかしたらお父さんの――」

「あぁ、そうなのか。分かった」


 話を聞いて、少女のもとへ歩み寄る。

 そして、ペンダントをその手に握らせた。


「次からは、失くさないように」


 忠告して踵を返し、また帰ろうと歩き出す。

 するとまた、少女が声を上げる。

 それは――。


「あ、あのっ! あなたの、名前は!?」


 ――こちらの名前を問うもの。

 僕は少しだけ考える。名前を問われるとは、思ってもみなかった。

 しかし、ここで馬鹿正直にリード・シルフドと名乗るわけにはいかないだろう。だから、とりあえずとして今、身に着けているフードを見ながらこう告げた。



「僕は、賢者――レッド。赤き賢者レッドだ」――と。



 

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