2.初陣
さて、そんなこんなで僕も十三歳になった。
この三年間は前世からの記憶と、自分の今の身体能力、内包している魔力の量を確かめるため。そして、さらに発展、向上させるために費やした。そうすることで、僕はよりいっそうに力を蓄えることとなる。
でも、日常生活の中で目立つようなことはしない。
僕はあくまで普通の少年リードくんなのだ、ということで……。
「まぁ、夜は違うんだけどな」
三年も経てば、ミドの周辺の山々の地理についても理解できている。
もはやここは僕にとっての庭だった。ワイバーンのような魔物は、魔素によって数日経てばまた再生する。それだから特訓相手に困ることはなかったのだけど、一つだけ想定外なところがあった。
「ん、さすがに倒し過ぎたか? そんなはず、ないんだが……」
今日に限ってだが、ワイバーンはいつもの場所にいなかった。
毎晩のように狩りは行っていたけど、その数がゼロになるようなことはしていない。そんなことをしては、ワイバーンが移動して近隣の村に迷惑をかけてしまう。
だが、以前まであった巣穴も今ではもぬけの殻。
こうなっては、新たに考えた魔法の実験も、ましてやこの日のために造り上げたお手製の剣の切れ味の確認もできない。
「まぁ、それならそれで。もっと山奥の方まで行ってみるか」
ワイバーン相手も、そろそろ物足りなくなってきた頃合いだった。
それなら、もっと強力な魔物を探せばいい。
そんな安直な思考で僕は、ワイバーンの生息している場所よりさらに上を目指すのだ。だが、見晴らしのいい場所にやってきた、その時だ。
「あっちは、アド村の方角だよな……?」
夜中にしては、妙に明るい場所があることに気付く。
火事か――いいや。それにしては、どうにも範囲が広すぎた。
「もしかして、今夜ワイバーンがいなかったのは……」
なるほど。さっきのは僕の勘違いだったらしい。
たしかに知能の低い魔物風情が、僕の顔を認識して逃げるようになるなんてことはあり得なかった。つまるところ、ワイバーンたちはアド村へ襲撃していたのだ。目的は食料の不足か、なにかまでは分からないが、しかし理由はその辺りが妥当だろう。
それとなると、少しだけ予定変更となる。
「さすがに放っておけない、というか――」
――最高、最強の賢者を目指す者としては、こんなの無視できない。
僕はくるりと来た道を戻り始めた。
魔法で強化した脚力で、勢いよく下山していく。
その途中でついでだからミドまで戻って、とある装備を回収した。
「あまり、目立ちたくないけど――これも、賢者の役割だ」
僕は再度、より強い魔法を身体に付与して駆け出す。
アド村までは、おおよそ五分、といったところだろうか……。
◆◇◆
「思ったより早く到着できたな」
かかった時間はたったの二分だった。
まぁ、それは良いとして。僕は状況の確認をすることにした。
「ワイバーンの数は――十五体か」
物陰から、上空にいる竜たちを数える。
そして次は村の様子。木造の建物のいくつかが燃えているけれども、まだそこまで被害があるというわけではなさそうだった。これは、間に合ったといえるだろう。村中の男たちが、採掘した鉄で作ったであろう剣を片手に戦っていた。
それでもやはり、ワイバーンの装甲は簡単には傷付けられない。
一人、また一人と負傷していく。
「これ以上は、見ていられない……!」
僕は自分の村から持ってきた装備――赤のローブを目深に被って、顔を隠した。
腰にはお手製の剣。これは、アド村の人が採掘している鉄を鍛え、さらに魔法で強化を加えたものである。切れ味の確認はまだ出来てないけど、おそらく並のそれより数段優れていると思われた。
さらに、もう一つ。
「念のため、声も変えておくか――【ヴォイス】」
それらの準備を整えて、颯爽と渦中に飛び込む。
そして、手近なところで戦っている男性の隣に立った。
「お、お前さんは何者だ!? ……って、危ないから下がってろ!」
自分より圧倒的に背丈の低いこちらを見て、子供だと判断したのだろう。
彼は驚きながらもすぐにそう叫んだ。
「心配いらない。ここは任せて、下がっていろ」
「な、なに言ってんだ! お前みたいな子供が、ワイバーンに敵うわけ……!」
剣を引き抜いて、そんな男性の言葉を無視して竜と対面する。
するとそれは、勢いよく接近してきた。
「馬鹿の一つ覚え。まぁ、魔物だから仕方ないか」
僕は駆け出し、大口を開けたワイバーンそこに剣を沿わせる。
するとまるで柔らかいものを切るような、そんな感触が手に伝ってきた。断末魔を上げてワイバーンは絶命する。ぐったりとそこに横たわった魔物を確認し、しかしすぐに標的を変更した。
次は冒険者と思われる男性が三人、苦戦しているところに飛び込んだ。
ワイバーンの数は、二体か。
それなら剣で戦うよりも、魔法を使った方が良いだろう。
「――【グラビディ】」
目を丸くする冒険者たちを尻目にそう口にすると、一つの魔方陣が展開された。
それはワイバーンたちを捉えると、青い光を発生させる。そして、その範囲の空気の質が一気に鉛より重いものに変化するのだった。
これは中級の範囲魔法――【グラビディ】だ。
重力を操るそれによって、ワイバーンたちは地面に叩きつけられ、その骨を軋ませる。通常なら翼竜たちを倒すようなものではない。だが、リードの中に内包された常識外の魔力はそれを覆す。
魔法の威力は数段跳ね上がり、他を圧倒するものとなった。
「さて、これだけ暴れれば――ん?」
ワイバーンも本能に従って退散するだろう、と。
そう考えていた時だ。
「危ない……っ!」
一人の小柄な少女が、ワイバーンと向き合っていた。
今にも迫ってきそうなその竜を目の前に、彼女は足をすくませている。
僕は魔力をすべて脚力の強化に回し、そこへと向かった。そして、間一髪のタイミングで彼女を抱きかかえて魔物の攻撃を掻い潜る。
「あっ、あの……!」
少女はとっさに何かを言いかけていたが、それを聞かずに僕はワイバーンと対峙した。どうやらこの個体――通常のそれよりも、幾らか強いものらしい。
逃げ出した奴らとは異なり、いまだに好戦的な眼をしていた。
なるほど――やはり、そうじゃないとな。
賢者たる者、何かしらの壁は越えて行かなければならない。
周囲の人々も、このワイバーンが強敵であることを認識しているらしい。口々に「逃げろ」、「もうお終いだ」、などと叫んでいる。
しかし自分は反対に、剣を構えて気持ちの高まりを感じていた。
そして再度確認する――やっぱり、そうだ。このワイバーンだけが、他の個体とは桁違い。おそらく、この個体を倒すには高ランクの冒険者が二桁は必要。
「相手に、不足なし……!」
そんな相手を目の前にして、僕は舌なめずりをした。
このワイバーンなら、今までの鍛錬の成果を試すには十分だ。
「――さぁ、始めようか!」
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