1.リード・シルフドという少年









 目が覚めると、僕は若返っていた。

 違う。これは若返りではない。新たな命を授かった。

 記憶の定着に時間はかかったらしいが、現在の僕は十歳。最終的に八十歳で『あの程度』にしか至れなかった前世に比べれば、上々の出だしだろう。


「ふむ。それにしても……」


 これは、大当たりかもしれない。

 自分の身体を確認して思う。今世の身体――名前をリード・シルフドという――は、その身に膨大な魔力を秘めていた。まだ知識がなかったからその活用が出来ていなかっただけで、潜在しているそれの量は前世を遥かに凌いでいる。

 さらには身体能力だ。こればかりは年齢による縛りがあるものの、同年代の中でもトップクラスだ。磨けば光る原石、そういった表現が良く似合う。


「それでも、ここで焦っちゃダメだな」


 そうだった。ここで焦ってはいけない。

 僕は自分にそう言い聞かせた。


 なぜなら、僕の目的は最高、最強の賢者になることだ。

 その存在は正体をひた隠しにして、むやみやたらに力を誇示せず、そして名声を求めはしない。言うなれば謎に包まれた、伝説的な存在だった。

 その上で人々を助け、導く。


 今ここで焦って、潜在能力や知識が露呈しては、前世の二の舞だ。

 天童と祭り上げられてしまう。それは本意ではなかった。


 そうならないためにも、まずは人目を避けて特訓という名の調整をしなければ。

 というわけだから、僕はひとまず記憶にある通りの少年でい続けることにするのであった。


「こら、リード! いつまで寝てるんだい!?」

「うわぁっ、ごめんよお母さん!!」


 リビングの方から聞こえてきたお母さんの怒鳴り声に、芝居がかった声で答える。少年リードとしての一日は、これといった変化なく過ぎていくのだった。



◆◇◆



 そして、数日後。また夜がやってくる。

 誰もが寝静まったこの時間であれば、修練に適しているだろう。


「えっと――【バニッシュメント】」


 僕は簡単な、身隠しの魔法を使用して家を抜け出した。

 辺境の村であるここ、ミドには街灯というものはなく、先ほどの魔法と合わせればまず見つかることはない。真っ暗な中を音を殺して進み、村外れまでやってきた。


 実は何とも都合の良いことに、ミドの外れの山にはそこそこ凶悪なワイバーンの巣がある。村を襲ってこないのは、隣村のアドの方が近いからだ。

 アド村は武器を作るための鉄を採掘し、生計を立てている。山の奥にて作業をするため、ワイバーンからの襲撃を受けやすいということだった。


 まぁ、そんな余談はさておいて。

 最初はゆっくり、後半は超高速で移動すること三十分弱。

 僕はワイバーンの巣の前に到着した。真っ暗闇の中を魔法で強化した目で、確認しながら進む。すると見えてきたのは、ぐっすりお休みするワイバーンたち。


「さて、それじゃ。今日もお付き合いしていただきますか!」


 そんなわけで、僕はわざと大きな音を発生させる。

 魔力の塊をその辺の壁に撃って、壁を崩落させるとすぐにワイバーンたちはけたたましい叫び声を上げて、上空へと舞い上がるのだった。


 え? どうして、わざわざ起こすかって?

 そりゃ、寝こみを襲ったってなんの修練にもならないからね。


 そんなわけで――その数、十体余り。


「なるべく数は減らさないように、注意しておかないとね」


 いなくなられては、今後に差し支える。

 そう思いながら呟いて、僕は一番近くにいたワイバーンを挑発した。


 ――ギィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!


 上から、物凄い勢いで迫ってくるそれをしっかりと見つめて間合いを測る。

 そして魔力を高めて手を前にかざし、こう口にした。


「【エンシェント・フレイム】――!」


 それはその名の通り、原初の炎と呼ばれるもの。

 転生前。いかなる鍛錬を積んだとしても、絶対的な才能のなさによって発動さえできなかった魔法であった。文献にのみ記されていた伝説上のそれが、今ここで再現される。


 僕の手から放たれたそれは、一本の赤い閃光となる。

 その直線はワイバーンを貫き、そして――。


「うわぁ! すげぇ!!」


 ――爆炎となる。

 一瞬にして、冒険者が十数人がかりで倒すワイバーンを消し炭に変えた。これは想定外の威力。使いどころを間違えたら、不要な被害が出るな、うん。


 さて、そんなことを考えながら頷いていると。

 もう一体の命知らずのワイバーンが、こちらに飛び込んできた。


「さて、それじゃ今度はこいつで……!」


 それを確認した僕は、即座に腰元に差していた木刀を抜き放った。

 強化魔法で補強したそれを構えて、十歳の自分の何十倍もある怪物を待ち受ける。大口開けて喰らいついてこようとするそいつ。

 僕は一歩足を引いて半身となり、ギリギリでそれを回避した。

 そして続けざまに、ワイバーンの片翼に向かって上段から木刀を振り落とす。


 断――という音と共に、根元から両断される翼。


 翼竜の叫びが木霊した。

 剣術についてはまだまだ向上、発展の余地があるな、と思う。


「さて、可哀想だし。しっかりと息の根を止めてあげないと」


 ぐったりとして痙攣するワイバーンの頭部に木刀を突き刺す。

 するとそいつの瞳からは光が失われた。


「さて、次は――って、あれ?」


 僕は気持ちを切り替えて次に移ろうと思った。

 しかし、そこになって気付く。どうやら、二体の仲間がやられたことによって他の個体は逃げ出したらしい。こうなってはまた一日待たないといけない。

 魔物は基本的に知能が低いため、一日経てばこちらを忘れる。しかしその反面に、生存本能に忠実というか、勝てないと判断したら撤退は早いのだ。


「むぅ、仕方ないな。こうなったら、戦利品でも探るかな」


 僕は想定外に空いてしまった時間を生めるために、ワイバーンの巣を覗いてみることにした。こいつらは宝石など、光り輝くモノを集める習性がある。

 そのためこうやって探れば、たまに良い物が出に入るのだ。


「今日は少ないな……ん?」


 本日は不作のようだった。

 しかし、仕方なしに諦めて帰ろうとしていた時、あることに気付く。


「これは、ペンダントかな? 写真が入ってるけど」


 キラリと光る、金細工のそれを発見した。

 きっとこれもアドかどこかの村から、ワイバーンが奪ってきたか何か。そういった物なのだろう。それならと、僕はそのペンダントを懐に仕舞った。


「いつか、こっそり返してあげるとしようかな」


 そうひとりごちて、ミドへと戻ることにする。

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