第一章 学園での僕は普通の少年です
1.ヴィクトル・アレクサンドロス
――さてさて。
ワイバーンによるアド村襲撃事件から二年が経った。
アド村を救った賢者レッドの噂は、一時この地方の伝説となったけど、二年もすれば眉唾話となっている。証言はアド村のごく数名なのだから、当然だと思えた。
そんな中で僕は相も変わらず、修練と研究の日々を過ごしていた。
そして今日、晴れて十五歳の誕生日を迎えたのである。
「いやぁ。光陰矢のごとしとは、まさにこのことだねぇ」
祝いの食事を前にして、母さんがそう言った。
思わず僕もそれに同意しかけたが、子供が言うにはおかしな言葉だろう。そう感じて、キョトンとした演技をしつつ、大きな肉に手を伸ばすのであった。
余談だが、シルフド家には父がいない。
だがそれは決して死別だとか、そんな悲しい事情ではなかった。
父さんは王都の方へと働きに出ているのだ。叩き上げの剣士として名のあった彼は、その腕を買われて王都の騎士団に末席ながら所属しているのである。
帰ってくるのは年に一度か二度。
それほど寂しくはなかったが、やや広い家はどうにも居心地が良くない。
「ところで、リード。父さんからこんな話がきてるんだけど……」
「ん? なんだい、母さん」
そんなことを考えていた折だ。
唐突に母さんから、父さんの話を振られた。
それに思わず僕は反応し、食事の手を止めるのである。
「父さんがね、リードは運動神経も良いし――ヴィクトル王都学園に入学させないか、って話をしてるんだよ。騎士団員の息子だからね、資格はあるみたいだよ?」
「へぇ……『あの』ヴィクトル王都学園、か」
母さんの話を聞いて、僕は少し面白い気持ちになった。
ヴィクトル王都学園とは、その名の通り王都であるガリアにある最高学府。入学する条件にある一程度の縛りがあるものの、世界中から優秀な人材が集まる場所だった。創設から三百年余り、世界各地で活躍する人々の多くがここの出身である。
「私たちとしては、リードには大きく育ってほしいんだよ。もちろん、嫌なら嫌で断ってもいい。アンタの意見を尊重するけど……どうだい?」
母さんはそう言って、僕に決定権を委ねてきた。
ふむ、そうなるとなかなかに悩ましい部分でもある。孝行息子としては一念発起、王都学園への進学を選ぶのが道理だろう。
しかしそれでは、どうしても目立つ可能性があった。僕の目指す賢者としての活動をするには、まず正体を隠すことが大前提なのである。
「うーん、そうだなぁ……」
けれども、僕にはどうしても『気になること』があった。
だから――。
「――うん。分かったよ、母さん! 僕、行くよ!!」
僕は、力強くそう宣言したのである。
◆◇◆
「えー……キミたちは、本日より歴史ある我が学園の生徒となり……」
そうして、数か月後。僕はヴィクトル王都学園に入学した。
今は入学式の真っ最中であり、だだっ広い講堂の中で学園長の話を聞いている。エルフである学園長は、外見に似合わぬ年齢のため、とにかく話が長かった。
この学園の伝統について説明に始まり、そして今は――。
「創始者――ヴィクトル・アレクサンドロス、か」
――この学園の創始者の話、その真っ最中。
学祖と呼ばれ、流派の頂と称された伝説の人物であった。まぁ、すなわち……。
「僕のこと、なんだけどね……」
そうなのだった。
この学園は、前世の僕が創設したものだ。
後年、転生の魔法の研究に明け暮れていた頃の話。
当時の国王からある日突然、このように言い渡されたのだ。
『新しい学園創るから、創始者として名前借りるね?』――と。
……馬鹿か、と。
思わずツッコみを入れたのを憶えている。
しかしその時にはすでに遅く、気付けば僕は学園の初代学長となっていた。だがしかし、それも今となっては笑い話である。
こうやって入学を決めたのは、そんななし崩しで出来た学園がどのようになっているか。そのことを知りたかったからであった。
そのためには、中に潜入するのが一番である。
かといって目立つつもりはないので、極めて平凡な学徒として生活するけど。
「えー、今でも憶えています。初代学長であるヴィクトル様は、まだ幼かった私の頭を撫でてこう言ったのです。『キミには、天賦の才がある。大切にしなさい』――と。私はその言葉を糧に、かの学長に追いつけるよう努力を致しました」
――そんなこと、あったっけ?
現学園長の話を聞きながら、僕はボンヤリと記憶をたどる。
あぁ。そう言われてみれば、小さなエルフの少年に語りかけたことがあったかもしれない。自分にはない才能を見て、ほんの僅かな妬みを込めて。
少なくとも、激励ではなかったんだよなぁ……。
しかし言葉というものは、不思議なものであり。
受け手の感じ方によっていくらでも、その意味は変化するのであった。
「……まぁ、今は今、だな。この身体には、桁違いの才が眠っている」
今となっては、そんな嫉妬も何もない。
特別な才能の持ち主を見て、ネガティブな感情を抱くこともなくなった。
その上で僕はただ一つの目標に向かって、突き進むだけである。自身の理想とする最高、最強の賢者という存在になること。それだけのために、真っすぐに。
正体を隠し、人々を助ける。
誰に知られることもなく、日常と非日常を行き来する。
そんな、存在に……。
「私からも、皆さんに同じ言葉を送るとしましょう。皆さんには大いなる才が眠っている。それを胸に刻み、励んでください――以上です」
学園長が礼をして、降壇した。
これでようやく、入学の式は終わり。
「皆さん、それでは順番にクラスへと移動してください」
そんなアナウンスによって、新入生のみんなは移動を開始した。
例によって、僕もその中に紛れるのであった。
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