僕がここに望むもの
中川葉子
僕がここに望むもの
「みんな廊下で遊んでるやん? 教室で話したりとか。図書室は図書委員のけたらあたししかおらんぐらいやのに。本読まんなら他のとこがええんちゃうん?」
左隣に座る女子の声に反応せず、僕は足を投げ出し背もたれに全体重をかけながら、ゆっくり周りを見渡す。高校生向けのライトな小説が並ぶ棚から、辞書が詰まった棚。誰も読みそうにない難しそうな小説の棚まで高校の図書室は無駄に本があるなぁとしみじみ思いながら、背もたれにさらに体重をかけ、大きく伸びをする。無意識にあくびが漏れる。
「聞いてんの?」
僕は少し左を向き、隣に座る女子に目をやる。色が黒く、髪はショートカット。目は猫のような眼をしている。少し恥ずかしくなり僕は目をそらす。
「だからさ俺は静かなとこがいいんだよ。で、静かなとこが好きだけど、寂しいからさ、お前の隣に座ってるんだよ。いつも言ってるじゃん」
僕は恥ずかしさを隠すために髪を触りながら、右にあるライトな小説の棚を見る。
『君の隣にいるだけで満足』
一つの本が目に止まり、僕は静かに息を呑む。
「やからぁ、この際やから言うけど、こんなに席空いてるのに、横に来られたらなんか集中できんのよ。邪魔」
「君の隣にいるだけで満足……」
「え!?」
「あ! 今の無し!!」
隣に座る女子は日によく焼けた肌を少し赤くしながら、おもちゃを見つけたように目を輝かせる。
「あーそうやったんやー? ごめんな気づかんで。仕方ないからおってもええで?」
「いや、今のは違う。あ、あれ本のタイトル読んだだけ!」
「いやいやごまかさんでええよ? 誰にも言わんから」
誰にバレてもいいから、この子にはバレたくなかった。そう思いながら僕は『君の隣にいるだけで満足』を取りに行く。
……休み時間の終わりを示すチャイムが流れ、僕は立ち上がる。図書委員に本を借り図書室を出ると先に出た女子が立っている。
「じゃあまた明日な」
と僕に告げ、女子は歩き出す。なんとも言えない幸せを感じ、僕は廊下を駆け出す。いつもは退屈な廊下がレッドカーペットのように見える。
僕がここに望むもの 中川葉子 @tyusensiva
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます