第九話

たいして飲んでいないはずなのに翌日に二日酔いになってしまっていた。


「おはようございます、社長。どうしてそんな優れない顔をしているんですか?」


「久しぶりに二日酔いになってしまったようで頭がガンガンするんだ」


「頭痛薬でも飲んだらいいのに。無理しないでくださいね」


「ああ。ありがとう。でも、今お医者さんからもらっている薬以外は飲まないようにしておくよ」


「そりゃそうですよ。次に倒れたらやばいってお医者さんも言っていましたしね。そういえば社長、さっきファックスが来ていましたよ」


武田はかったるそうにファックスの情報を読み出し、ため息をついた。


「ファックスで流れてくるのはチラシばかりだね。仕事の依頼でも来てくれればいいんだけど」


「依頼はメールで申し込みって言うのが多いですからね。今回のファックスも株式投資についてでしたか?」


「ああ、資産運用とか、お金についての宣伝って増えたよなー。『お金の奴隷に』とか『お金を使ってお金に使われて』とか、もういい加減うんざりするよ。北原はお金に使われているなんて考えたことあるか」


「ないですよ。ラットレースだとか、お金の奴隷だとか気づかなければそこそこ幸せに暮らせたのに、知ってしまうと意識してしまいますよね」


武田は北原の話を聞きながら別のことを考えていた。


(人間はやはりDNAの奴隷なのか……。電子音が流れなければ意識しなかったことなのに)


ちょっと前まで、電子音の解析が楽しかったのだが、聞こえていることの意味を考えると、段々不安になってきた。何のために鳴っているのか、これからどうなってしまうのか、そして気づいてしまったことで不幸せになるのではないか。


電子音に従って生きることはしょうがないことなのだろうか。


電子音からの音調やリズムに操られて果たして人間らしい意志をもって生活をしていると言えるのであろうか?


「社長、何をそんなに難しい顔をしているんですか」


いつの間にか、かばんを持った北原が武田の机の前に立っていた。


「それじゃ僕はお客様のところへ行ってきますね。久々の二日酔いなんですから無理しないでくださいよ」


「あ、そうか。今日はそのまま直帰だったな、お疲れ様。集金も頑張ってこいよ」


オフィスで独りになった武田は、また電子音について考えはじめた。そして両手で顔を覆うように頬杖をつく。


頭の中に意識を集中して電子音を聴き取ろうと試みた。しかし、無音に近くて、「プーーー」という受話器をはずした時のような音が底辺でかすかに流れているような気がしただけだった。


どうやって、どのタイミングで電子音が出来上がっていくのか気になった。


つまり、命令の第一声はどうやって生まれるのか、その大きさやリズムはどう変わっていくかを突き止めていきたくなっていったのであった。


つづく

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