第八話

武田が家に帰ると、雅美はすでに食事の支度をしていた。


「今日はステーキかいいね。お、ワインも用意してある。はて、何の日だっけな?」


「退院して3ヶ月が経ったでしょ。そろそろお酒を飲んでいいってお医者さんも言っていたし、あなた最近疲れているみたいだから精力もつけてもらいたいと思ったの」


武田は、精力と言う言葉を聞いて、頭の中に集中してみると、案の定、性欲の音調の電子音が鳴っているのがわかって恥ずかしく感じていた。もっともステーキのにおいで食欲の電子音の方が、けたたましく鳴っているのであった。


「ごちそうさま。牛肉には赤ワインが合うね。久々に飲んだからすぐほろ酔い加減になっちゃったよ。もう一杯もらおうかな」


「あなたが酔っ払うなんて本当に久しぶりのような気がするわ。元気がようやく戻ってきたようね」


彼女はすでに片付け始めている。ステーキを焼いたから部屋の換気をするために窓を開けていた。


「ぷるるるるるるーぷるるるるるるー」と電話が鳴った。雅美の友達だったようで、食事の片づけをしながら電話で話している光景が器用だと武田はぼんやりと彼女を見つめていた。


ワインの酔いのせいか、急に眠たくなってきた。ソファーに寝っころがると、頭の奥底から例の電子音が聞こえてくる。


「あれ、おかしいないつもと違う」


意識を集中すると、さらに音調が聞こえてくるのだが、ものすごい量の音調が頭の中でジャミングしているのであった。まるであちこちから一斉にプッシュ回線をつないでいるかのような音。「ピッ、ポッ、パッ……」、「パッ、ポッ、ポッ……」とリズムも音調も様々で解読できそうもない。


「お酒の効果か、なるほど。お酒に酔うとDNAからの信号も狂ってくるかもしれないし、意識も狂ってくるからな。お酒飲んで頭が痛くなるのは電子音が鳴っていたからなのかも……」と、薄目を開け天井を見ながら考え事をしていた。


「あなた、そんなところで寝ていると風邪引くわよ」


お酒飲んでソファーに横たわるなんてことがしばらくなかったから、久しぶりのセリフが嬉しかった。以前はうるさがったが、彼女の思いやりがこもっていたのだと、心が温かくなっていくのを感じた。


睡魔には勝てず、電子音はもうよく聞こえなくなっていたので気にせず、ベッドに移ってその日は寝てしまったのであった。


つづく

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