第七話
次の日から武田は一つのテーマを考えていた。
『どこまでが操られていて、どこまでが意思を通せるのか』
頭の中で鳴っている電子音に少しずつ反抗することでデータをとっていくことにした。
「武田さん、じゃーさー、蚊に刺されて痒いのを我慢するのって、掻きたいというのは欲求だから電子音が流れるんっすかねー?電子音が流れるから痒いとわかって掻くとしたら、蚊に刺された瞬間から電子音が流れるはずだから、いいデータがとれますよ、たぶん」
仕事をしながらも考えついたネタを時々提案してくれる北原であった。
「そうだな、掻かないで我慢しているとどうなるのかも気になるね。ん、でも例えば、山芋で人工的にかぶれて痒い状況を作ってみたらどうだろうか?」
「いいですね、そりゃ面白い!早速買ってきますよ。お昼のお弁当もついでに買ってきますね」
山芋を折って、歯でかじってみる。美味しくないのでお弁当についていた醤油をつけてさらにかじってみた。かじった断面がネバネバしてきたので、下唇の下側、あごの上にリップスティックのように塗り付けてみた。
「うわー、武田さん、なんかの罰ゲームか、なんとかプレイですよ、これは。ははは」
「ちょっ、ちょっと静かにしてくれ。今頭の中で電子音を探してみるから。うー、痒くなってきた」
「あ、鳴っている。たぶんあの音調だ。あれ、もう一つ違う方向から違う音調で流れ始めたぞ」
「まさか、痒いから掻いてという欲求音調と、掻いちゃダメ、掻かずに治したいという音調かもしれませんね」
「そんなばかな、掻かずに治すというのは意思じゃないか。掻きたいという欲求は本能的なものだから鳴るのはわかるけど、もう一つの音調は本能的な欲求でなければ説明できないはずだよ。よし、もう少し様子を見てみることにしよう」
「やっぱり2つの音調とも大きくリズムが早くなってくるようだ」
武田は口元がベタベタしていたので、無意識にもおてふきで口をぬぐってしまった。すると、違う音調のほうが急速に治まってきたのである。北原にそのことを話すと、
「寝ている間の無意識にも鼻をほじっていたり、咳払いをしていたりしているじゃないっすか。それって、今回の山芋を塗った部分を「ふき取りたい」「邪魔をどかしたい」に通じるものなんじゃないでしょうか」
「つまり『無意識行動を促す欲求』=『本能的な欲求』ってこと?なるほどね。じゃ、俺がお前の首を絞めていたら無意識だと思うから本能的な欲求なのかもな」
「何言っているんですか、殺したいって欲求は本能的ではないでしょう。でも武田さん、誰か殺したくなった時に電子音を探ってみてはどうですか?」
「ああ、今やっている」
二人は笑いながらも、着実にデータが貯まって、分析ができてきているという実感を味わっていた。
つづく
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