SECTION-16-決戦
ラウレルは森の出口を注目しながら、片手間で駄目もとの索敵をする。
火事で熱源反応が今一つなことを当然かと思いながら、次に音響反応を確認すると生物らしき反応があった。
目標の《恩恵種》である可能性もあるが、野生動物の可能性も当然ある。試すためにミサイルを撃ち込むわけにもいかず、少しだけ気に留めながら他にも反応がないかと探ろうとした時だった。
最初は鳥かと思った。燃え盛る森の木々の隙間から、逃げ出す様に何かが空に向かって飛び上がる。
鳥にしてはその動きはあまりにも速く、ラウレルが気に止めた時には既にグローブはエリゴスより遥か上空にいた。
「はぁあああああああ!」
『小僧!?』
グローブが先程回収した剣に青い電流を纏わせながら吼える。
ラウレルは驚愕するも、直ぐにエリゴスの両腕を交差させて防御姿勢をとった。
どうやら起死回生を為したようだが、それでも今の状態のグローブにこのエリゴスが傷付けられるとは思わなかった。
背中の武器で受け止めず、ただ両腕を交差させた状態で待ち構える。
その慢心が衝撃を与えた。
稲妻が落ちる。
まさにラウレルはそう感じた。
グローブが重力の落下に合わせて振り落とした、青い電流の刃は交差させた腕に直撃し、閃光を迸らせ、雷鳴の如く轟かせた。
がくん、と機体が下がったことにラウレルは我を疑う。
その疑惑を感じたまま、ラウレルが搭乗するエリゴスはグローブの一撃で地上に叩き落とされた。
『ぬぉ!?』
呻くラウレルに畳みかけるようにして、グローブは上空から鳥が地上の獲物を狩るかの如く。
斬りかかる。今度ばかりはラウレルも背中の片刃の剣を抜き放ち応戦した。
空気が二つに疾風によって絶叫する。二つの剣は風を生み出して、吹き荒れた大気の波紋は周りの炎をかき消した。
『てめぇ!』
ラウレルが恍惚したように叫ぶ。グローブの剣とエリゴスの剣が鬩ぎ合っていた。しかし、機体に掛かる負荷が相手の腕力が先程とは段違いに上がっていることを知らせる。
そもそも、数時間前のグローブではエリゴスを空から叩き落とす真似などできなかっただろう。
剣と剣との押し合いは、どちらともなく弾けるようにして互いが距離をとり、再び剣を打ち合う。その度に互いの剣から風が巻き起こり、大地は裂け、木々は薙ぎ掃われ、森を焼いていた炎が吹き消える。
確認するとグローブの傷ついた体は癒えていた。更には動きの切れも良い。
否、全盛期だった頃よりも洗練された動きにラウレルは益々興奮した。
戦いの最中、これが《恩恵種》の恩恵によるものだと想定する。
どうやったかは知らないが、考えられる要因はそれしかない。益々、《恩恵種》を欲する理由ができたが、今は目の前の敵を惨殺することにラウレルは集中した。
激戦はまるで神話の体現。自身よりも巨大な相手の前に、グローブは負けぬと青き剣を振るう。
二つの剣が激突する度に金属音は鳴り響き、大気が咆哮し、周囲に被害をばら撒く。黒き騎士を前に一歩も退かないグローブを見れば英雄と幻視しただろう。
少なくとも彼の相手をするラウレルは一向に焦燥が見られない、むしろ徐々に苛烈さを増す敵を驚愕し、賞賛する。
だが、驚愕の念はグローブも同じだった。自身の動きか、余命を宣告される前までの能力までに戻っている。
いや、この動きはそれ以上だ。
命を助けてくれた以上のことしてくれた彼女に感謝しながら、剣を振るう度に、自分はもっと速く動ける、強く振るえると感じ実行する。
迅雷烈風。空から落ちた雷の如く、青き閃光が輝き、立ち回りですら残像を生み出すほどの挙動を披露する。
しかし、ラウレルも負けてはいなかった。
彼自身、安全な技術が確立されていない頃からの《錬成者》であり、普通に戦っていれば彼自身も限界を迎えて、死の体になっていた。
だが、彼は戦うのを諦めなかった。
自身の損傷を避けるために《錬成者》でありながら《ÜG》の搭乗者となり、その先に試作型錬成者専用人型ÜGという道を見出した。
全ては己が欲望を満たすため。生きる限り、命の削り合いを起こすため。そして、自分が全力で場所である戦乱を巻き起こすため。
『ははははは! 楽しいな! こんなやり合うのはどれくらいだろうな! そうだ、イバラの野郎と訓練と称して、殺し合った時だったかな? 結局、外野が止めて引き分けだったけど、思えばアレでイバラの野郎の限界来ちまったかもしれねぇなぁ? と、するとだ。俺は間接的にイバラの仇になるわけだ! どうだ、小僧! 大好きな兄貴の仇打ちだってできるぞ!』
「そんな安い挑発に乗ると思うなッ!」
『つまんねぇな! ちっとはその場のノリ楽しめや!』
ラウレルが動かすエリゴスが強く地面を踏み締め、そのまま蹴り上げる。凄まじい馬力と共に振り落とした超重量は地面を陥没さて、次に蹴り上げたことで大量の石と土の空中に巻き上げた。
さながら大地の壁。一機と一人との間に生まれたそれは相手の攻撃を阻むだけではなく攻撃の役割も果たす。
勿論、これでどうにかなるなどラウレルは思っていない。こんな壁では今のグローブには大したダメージも与えられないだろう。
だが、自分が生み出した壁ごと剣を叩きつければ話は別だ。視界が定まっていないからの不意討ちのようなもの。仮にグローブが同じ事をしていても、彼が持つ武器は電撃を纏った刃。
大地の壁の前にはまともな電動が行き渡らず、本来の威力も発揮できない。同時に剣戟を放っても、向こうは相殺もできないのだ。
エリゴスは自身が生みだした壁を裂くように剣を振り落とす。
轟音と共にラウレルは向こうの様子を確認するが、居るべき相手がいなかった。
後方、いや上か!?
すぐさま頭上に視界を向けると、空中でグローブが自分に剣を叩きこもうとしたとこだった。
寸前のところで反応ができたラウレルはグローブの振り落とされた剣を受け止めて、更に興奮を高める。
恐らくグローブは大地の壁が出現した時に、そのまま吹き上がる土塊に乗って頭上に上がったのだ。微かにグローブの脚が土で汚れているのが証拠である。
剣を振るう膂力だけではく、反応速度も高まっている。益々、ラウレルはグローブが《恩恵種》の力で以前の力、否、それ以上の力を手に入れたことを確信する。
いや、そんなことはどうでもいい。
相手がどう力をつけようが関係ない。今は只、目の前に現われた対象を屠ることに集中する。
これこそが自分が求めた戦いだ。ならば全力で挑まなければならない。
「うおおおおおおお!」
『あははははははは!』
グローブが吼える。ラウレルが嗤う。
二つの影は互いを弾き飛ばし、そして再び引き合うようにして互いに接近する。
両者とも強さ根源にあるのは己の意志だった。一人は誰かのため。一人は己のため。互いに相反する思いを抱きながら、二人の男が生み出す戦場はまるで協力し合うように肥大化する。
青い閃光の剣が百花繚乱の如く煌きを散らせた。
黒騎士の剛腕が、剣と共に風の唸りを上げる。
既に万を超える打ち合いを果たす。ほんの一瞬でも気を抜けたほうが倒れる最中、両者共拮抗を保ち続け、互いに傷を与えていない。
その中、先に事態に変調を齎したのはラウレルだった。
個人的にはこのまま三日三晩闘争が続いても構わないと思うが、生憎と今回の自分には他に目的がある。
自身の娯楽も追究するが、彼もプロだ。本能の主も向くまま戦いを楽しむと同時に、その戦術は明確であり、自身の達成すべき目的も忘れてはいない。
名残惜しさがあるものの、ラウレルは本来の目的である《恩恵種》を取り逃がすこと避けたかったため、延々と続いた剣戟の乱舞に終止符を打つべく動く。
瞬間、剣の猛攻をピタリと止め、防御の姿勢で待ち構える。そこにグローブの剣が電流を撒き散らせながら振り降ろされる。
激しい衝撃。視界が点滅し、機体が振動する。グローブはエリゴスの防御をすり抜けて、直接機体を斬りつけたのだ。耳元でアラーム音が鳴り響くが、ラウレルは動じず、にやりと嗤うと、そのまま食い込んでいたグローブの剣を掴むと、おもむろに投げ捨てた。
無論、それで自身の武器を手放すグローブではない。そのまま、剣と共に空中へと飛び上がって、弧を描きながら地上に着地する。
その瞬間、両者の間合いが大きく開かれた。それがラウレルの狙い。ラウレルはエリゴスの背中にあるブースターを点火させて、そのまま空高く舞い上がった。
そして、地上で睨みつけてくるグローブにミサイルの照準を合わせる。先程は距離の関係でしなかった爆撃。更にここにグローブがいることや、交戦した時間を考えると《恩恵種》の少女は遠く離れたはずだ。
ならば、遠慮は抜きだ。残り全弾を発射する。
これで決着がつく可能性は低いと見積もるも、効果的なダメージは与えられるはずだ。
仮に全部のミサイルをやり過ごしたところで、爆炎の中を襲撃すれば致命傷を与えられるだろう。
全てのミサイルの照準が終えたラウレルは迷いなく引き金を引く。
計十六発のミサイルが空気を切りながら降り注ぎ、地上を紅蓮で蹂躙した。
‡
「派手にやっているね」
グローブとラウレルが交戦している炎の森。
その近くの崖に辿りついたツルバキアは肉眼で状況を把握した。
グローブが戦っている黒騎士はラウレル・アーデンの試作型錬成者専用人型ÜGだろう。彼が指揮をしていた部隊のトラックの惨状を考えるに《恩恵種》の独占か、はたまた自分には想像できない気が狂ったことでも考えているかもしれない。
次にツルバキアは今まさに森を抜けようとするレンゲを確認する。焦燥しているが、疲労ではないだろう。時折、森を振り返っている様子を見ると、どうやらグローブの身を按じているようだ。
現状の把握が終えると、ツルバキアは手に持っていたケースから自身が持つ本来の得物を取り出す。
全長一五〇〇ミリ、重量二〇キロを大型スナイパ―ライフル。
分割していたパーツを一つに組み立て終えると、ツルバキアは一度腕時計で時間を確認してから、その場で射撃体勢に入り、空を見ながら調整した後でスコープ越しにレンゲの顔を見る。
肉眼でも確認できた表情がより鮮明に見えることで感度は良好と判断。
吹き上げる風の計算をしながら、彼は任務前に自分達の上司であるグラジオラス・バーグラーとの会話を思い出す。
グラジオラスは《恩恵種》の存在を危惧していた。
確かに《恩恵種》の存在で世界中に蔓延る資源問題は解決できるかもしれない。
だが同時に争いの火種を捲く可能性も悩んでいた。
そこで彼は万が一トラブルが発生した場合は《恩恵種》を射殺するようにとツルバキアに命じていた。
「シナリオはこうだ――」
ツルバキアは引き金に指を添えながら、誰に語るわけでもなく呟く。
「《恩恵種》を独占しようとしたラウレル・アーデン暴走。
探索隊は彼の手によって全滅。
偶然居合わせたグローブ・アマランスの交戦によって両者とも戦死。
また、その戦闘被害によって目標である《恩恵種》も死亡――」
刹那、空に黒騎士が飛び上がり、そのままミサイルを撃った。
全ては予想通りの行動──そのタイミングでツルバキアはトリガーを引く。
撃つ瞬間―――いきなり空に向けられた銃身から、銀の弾丸が発射された。
銀の星が、天に昇る。
大気の咆哮が疾風を巻き起こし、光速の速度を持った銀の弾丸は一気に大気圏を突破した。
衛星軌道上に在った一機の衛星、この現状を監視していた監視衛星を撃ち抜き、その一撃で完全に破壊する。
四散する機械の残骸を確認してから、ツルバキアはスコープから目を離した。
第三世代L・Aヘイムダル。
光速の銃弾を放つスナイパーライフルであり、地上から衛星圏内の物体まで精確に撃ち抜くことが可能な代物。
当然、それ相応の実力がなければ扱うことはできないが、ランクAの《錬成者》であるツルバキアの技量に問題はない。
専用弾は空気摩擦に耐えられる特殊な金属で精製されており、質量を持った事によって、同じ光速で飛ばせるビーム兵器よりも威力が高い。
もっとも、弾丸が一発でかなりの高額であり、数個で小さな島なら買えるためツルバキアは多様を控えている。
ツルバキアが撃ち抜いたのは、現在戦闘を監視している《イクシード》の衛星カメラだ。
予め時計で現在の位置を特定し、自分を捕捉されないように早撃ちのような真似で狙撃したのだ。黒騎士が攻撃したタイミングで撃ったので、容疑は無理やりでもあちらに被ってもらう。元々、様々情報を捏造する準備はしていた。
そもそも、ツルバキア自身の目的はグローブの救済である。
仲間であり、友人の体の限界を察した彼は、その時からグローブの体を治療することを考えた。自分には医術の知識などない。それでも見つかるまで答えを探した。
そしてある日、様々な情報を収集する中で
ある意味、命を芽吹かせることができるなら、傷ついた体の再生機能も活性化できるのではないか?
すぐさま、ツルバキアは《恩恵種》を人体実験していた施設を単身で襲撃した。もっとも、単身かつ正体を他に知られないように細心の注意を掃ったため本来の目的である《恩恵種》を取り逃がし、自分の組織である《イクシード》に目をつけられてしまった。
もはや猶予がないと判断したツルバキアは、自分とグローブに《恩恵種》探索任務を上司であるグラジオラスに要求した。
グラジオラスは何処でツルバキアが《恩恵種》の情報を知ったのか怪訝していたが、いつものように食えない顔で平然とやり過ごし、そのまま任務を受けることに成功する。
後はほとんど運だった。
《恩恵種》の力がグローブの体に作用する確証もなく、《恩恵種》自身が拒む可能性はある。もっとも、《恩恵種》は年頃の女の子だったため、ある意味ジゴロのグローブなら上手く陥落してくれると考えた。
過激派な《錬成者》であるラウレル達が作戦に参加したことや、街が襲われたことは彼自身も計算外だったが、結果としてグローブが救済されればそれで良かった。
このことをグローブ本人が知れば、本当に嫌われてしまうかもしれないが、それでもツルバキアは彼がこのまま死ぬことを良く思わなかった。
ツルバキアは産まれてからずっと戦場に身を置いていた。
そんな人生においてグローブは初めてできた友達だった。
しかし、出遭った当初は、グローブの在り方に理解できなかった。
自分の気持ちだけで、何故、そんなにまで他人に献身的になれるのだろうと。何故、他人のために涙を流せるのだろうと。
他者を守るため、己の意地を通すだけに身を削る行為。自分達が戦っているのは、生きるためであり、死ぬためではない。
少なくとも、《イクシード》は無理やり徴収された兵士の住処でないのだから、戦いからは何時でも身を引けた。保身のために幾らでも動けた。だが、グローブは戦闘狂でもないのに、誰かのために力を求めた。
それが自身を破滅に追いやると分かっていながらも走り続けた。
これが人の形を機械であるならば、自分達とは違う聖人、あるいは狂人と思っていただろう。
けど、彼は悲しみ涙を流す。笑う時もある。自身の死に恐れもする。
何時だったか、ツルバキアは悟った。
ああ、つまり、そんな人間なのだ。感覚は平凡のくせに、やけに世話焼きで我儘だから、意地を通すために求めたのが今のグローブなのだ。
愚かだと、誰かは言うだろう。馬鹿だと嗤うだろう。
だけど、自分がそれに気づいた時、そんな気持ちがなかった。まるで絵に描いたような純粋さに心を惹かれた。
共感なんてできない。でも、愛おしいと思った。
人付合いの悪い自分を彼は見捨てず、傍にいてくれた。
気づけば、彼と共に笑う自分がいた。
ほとんど空虚な毎日を過ごした中で、見つけた宝物。
グローブや他の仲間と過ごした日々は自分にとって宝石のように眩しく、尊くて、大切なのだ。
彼がいなくなるくらいなら、他の誰を欺こうが、嫌われようが、この世の全てを敵に廻そうが、この先出会うこともなくなろうとも、生きていてくれればそれで良かった。
それだけで、こんな戦いばかりの自分の人生でも、美しいものが守れる。
「――覗いている《イクシード》の目は潰したよ。あとは、君の仕事だ」
ツルバキアがスコープから目を離し、戦いの場所を見ると、そこから白い光が輝いた。
それは己の命を犠牲にして手に入れた友の剣──────。
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