SECTION-12-彼の行方
レンゲが見知らぬ誰かによって一方的に利用される。
そんなことをグローブには我慢できない。
鬼気迫るグローブを受け止めながら、ツルバキアはいつもように落ち着いた様子で、目の前に仲間に訊ねる。
「間違ってる、ね。それなら君はどうする気だい?」
「彼女を連れ戻す!」
「身勝手な判断だ」
「先にしたのはこっちだ。今更だろ」
「返す言葉でもないけど、いいの? 完全に庇い様がない命令違反だけど?」
「知った事か!」
そんな裏切りにも等しい言葉を聞き、ツルバキアは愉快そうに口端を緩めた。
「自分の寿命が残り僅かだから自暴自棄にでもなってるのかな? いや、君は最初からそんな人だったね」
そう言いながらツルバキアは手に持っていたケースを地面に降ろし、代わりに両手を交差させながら。懐から手の平サイズの筒を二本取り出す。
瞬間、ツルバキアが取り出した二本の筒の先が光り、熱を帯びた刃が生まれる。
第二世代L・A、レイブレイド。元々は巨大な鋼鉄を溶断するために作られた機械を、人間一人だけで使用できるサイズにまで携帯化された光線剣。
「そんな君が僕は好きだからさ。馬鹿な真似をする前に、少し大人しくして貰うよ」
グローブの反応は待たない。相手がアクションを起こす前に、ツルバキアは地面を蹴り上げて、二本の《錬成者》を上段に構えながら突撃する。
尋常じゃない速度。彼もまた強化された存在、《錬成者》であることを示すかのように、一瞬にして距離を詰めて、構えていた二本のレイブレイドを振り落とす。
「馬鹿がッ!」
だが、グローブもまた《錬成者》。そして、二人の性能は決定的に違っていた。
グローブは交差して向かってくる二本の剣が自身に届く前に、強く大地を踏み出しながら、ツルバキアの腹部に拳を叩きこんだ。
「ぐほぉ!」
まるで巨大なハンマーを受けたかの様な衝撃と共に、ツルバキアは体中の空気を全て吐き捨てながら、吹き飛び、仰向けで大地に転がる。
「狙撃兵が接近戦を挑むな」
「狙撃兵でも必要とあれば剣を使って戦うさ。まぁ、届かなかったけど」
残念そうにぼやきながら、ツルバキアは立ち上がろうとしない。
グローブとツルバキア。両者とも《イクシード》が保有する最先端の《錬成者》精製技術により調整された戦士。
どちらとも変わらず優秀だが、この呆気ない幕切れの理由は、グローブが乱戦や接近戦を得意とするのに対し、ツルバキアは後方での狙撃を得意とする《錬成者》だからである。
距離が遠ければツルバキアのほうが有利であり、逆に今回のような接近戦であればグローブに軍配が上がるのだ。
倒れたままのツルバキアを一度見下ろしてから、直ぐにグローブはトラックが走り去った方角へ目を向ける。
幸い、トラックの速度は通常のものだった。《錬成者》であるグローブが全力で疾走すれば、追いつける可能性はある。
「じゃあな。他の奴らにはお前の好きなように伝えてくれ」
一瞬、共に闘い、何度も馬鹿騒ぎをした仲間たちを思い出しながら、グローブはツルバキアに背を向ける。
そんなグローブに目もくれず、ツルバキアは空を見上げたまま面倒そうに溜息を溢した。
「ああ、それはかなり厄介そうだ。荒れる彼らの姿が目に浮かぶよ」
「悪いな」
最後にそう言い残し、グローブは荒野に向かって走った。
いや、走るという表現は生ぬるいだろう。グローブの脚が大地を蹴り上げる度に小規模の爆発が起きている。一歩蹴り上げただけで、大きく距離を移動し、再び蹴り上げてから更に長い距離を一瞬にして駆ける。
縮地と呼ばれる武術が世界にはあるが、これはその縮地を大規模に行った移動だ。
まるでロケットのような速度で加速するグローブはあっという間に日が沈みかける地平線へと消えた。
「悪い、と思うならやらないでよね。ああ……痛いなぁ」
一人荒野に取り残されたツルバキアは、そのまましばらく仰向けのまま、茜から夜の漆黒に変わりゆく空を眺める。
夜に変わった空は雲に覆われており、星一つ見えない闇に包まれていた。
‡
揺れるトラックの中、レンゲは一番隅の椅子に座っていた。
先程確認したが、このコンテナに備え付けられた乗車スペースには、レンゲの他に四人の男が暇そうにしながら、時折興味深そうに彼女を眺めている。
何だが嫌な視線だと、レンゲは身震いしながら改めて車内を確認する。
乗車スペースは思ったより広く、横に二つ縦に四つで椅子と椅子の間には、移動のためのスペースが二人ほど寝れらるくらい広さで空けられている。
共に乗車する男達は最後尾に対し、レンゲは最先端とそれなりの距離があることを少しだけ感謝するものの、この有り余る空間のどこが定員の限界なのだと、フーフ9と名乗った男に腹を立てていた。
最終的には別れることになっても、どうせなら少し前に別れた二人の青年が少しでも一緒にいてくれたら、どれほど心強かっただろうと想うと憂鬱になる。
ツルバキアという少年は、本人に確認していないが、おそらく自分と同じくらいとだと思う。彼はレンゲに対して厳しい態度ばかり見せていたが、彼女はそこまで印象を悪くしてない。
確かに小言や皮肉を平然とした態度で言葉にするのは好感を持てないが、それでも自分をここまで連れて来たことや、終始、仲間であるグローブを気遣う姿を見て、自分には持っていない友情なのだろうと憧憬を抱いた。
そして、彼の仲間であり、この街で色々と世話になったグローブのことを想う。
正直、彼女は彼のことが良く分からない。
優しいのだろう。負い目があったとはいえ、自分に対する気遣いは心の底から生まれた紳士なもので、得難い大事なものだ。
だが、それでも、なぜ、あそこまで誰かのために戦えるのだろうか?
誰かのために戦うということは、とても美談に聞こえる。
しかし、実際、人と言うものは自分だけでを守ることが精一杯。よくて、自分の家族や恋人ぐらいだ。余裕があれば、数人くらいなら手を差し伸べても不思議ではない。実際、レンゲも良心で迷子の女の子に声をかけたのだ。
だが、自分の狭量を超えた範疇で人を救おうとした場合、多くの手で自身の体が引きずり込まれて溺死する。咄嗟の行動ならばいざ知らず、冷静に考える時間を持っていながら、我が身を省みず誰かを助けるのは自殺に等しい。
あの長い首を持つ機械の獣と対峙した時、グローブは逃げなかった。
自身にできることはなく、仲間とも対立してなおその場で留まろうとした。
あの場所で自分がいなくとも、きっと彼はあのまま己を捨て石にして襲う存在と戦っただろう。
尊い、というならば綺麗だが、命の采配で自分の分を考えないのは、歪だ。
それはとても奇妙で、とても不思議で、だから理解に苦しむ。
なぜ彼はああまでして、誰かのために戦えるのだろうか? 生まれてきてからほとんど閉鎖された空間でしか生きてない自分には、それを理解できない。
本人がいれば直接訊き出させるのにと思うも、それが叶わないと直ぐに考え、だが移動する車内で他にやる事のない彼女は、延々とその疑問に頭を巡らせる。
ふっと、そんな自身も可笑しいと思った。
今日会ったばかりの人間に想いを馳せる姿は、まるで恋に落ちた乙女のようではないか。
なんだか不思議と心が軽くなったレンゲが少しだけ高揚すると、ぞわりと寒気がした。
「え? きゃあ!」
振り向き、悲鳴を上げる。後ろに座っていた男達の一人が、いつの間にかやって来てレンゲの髪を一束掴み、匂いを嗅いでいたのだ。
「え、な、なに!? やめて!」
未知な恐怖に震えさせながら、髪を嗅ぐことを止めさそうとする。だが、彼女の言葉を聞き流した男は、嗅いでいる髪を掴んだままレンゲの顔を覗き込む。
全身に虫唾が走ったような不愉快が襲った。レンゲは立ち上がって、逃げるように後ずさり、すぐに壁に背中を当てる。
そんな彼女の様子を見て、男は髪を掴んだままニヤニヤと下品な嗤いを浮かべた。
「そんなに脅えんなよ。随分と不思議な髪をしているから染めてんのかなぁとちょっと見ただけだぜ? まぁ、匂い嗅ぐ辺り整髪剤の類は使ってねぇみてぇだけど、この髪天然か?」
「髪、放して――ください」
震えながら懇願するレンゲを見て何かをそそられたのか、男は興奮したように尖った舌で唇を舐めまわした。
「いや、よく見ると髪以外も綺麗じゃん? 《恩恵種》だったっけ? そいつらは皆、見てくれが良いのか? 羨ましいねぇ、ホント」
「やだ、助けて――」
溜まらずレンゲは助けを求めるが、その場に彼女の想いを受け入れる人間は居なかった。
後ろの方で残った男たちは彼女の髪を掴む男と同種の笑みを浮かべながら、成り行きを見守っている。
「おいおい、ガキに手ぇ出すのかよ?」
「どの道することはするんだから今してもいいだろ? それに、コイツそれなりに成長してるみてぇだから、ちっとは楽しませれるぜ」
「てめぇ、《雪姫》にちょっかいかけて返り討ちにされてから溜まってんじゃないの?」
「うっせなぁ。移動で暇だから仕事するだけだろ。そんなお前たちは見てるだけかよ?」
「はっ! バーカ。お前だけに楽しませるかっての」
そう言いながら、ぞろぞろと後ろにいた男たちもレンゲの元に集まって来る。
彼女にはこれから何をされるのか理解していない。
だが、ただ漠然とこのままでは酷い目にあうと頭の中で警鐘を鳴らしていた。
怖い。怖い、怖い、怖い! 怖い!
レンゲの未成熟な精神に言いようのない怖気が蝕みながら、男達は直接彼女の体に触れようとした時だった。
ガコン! と車内が揺れて、先程まで移動していた感覚がなくなる。
「なんだ? 道端に岩でも転がってたから停車でもしたのか?」
「どうだろうな。おい、お前、ちょっと外見て来いよ」
「お前が行けよ。のけ者とか許さないぜ」
男達が急停車した車内で言い淀んでいた瞬間、レンゲは好機とばかりに男達の間を潜り抜けて逃げようとした。
「いたっ!」
「おいおい、どこに行くつもりだよ」
だが、今だレンゲの髪を掴んでいた男が離していなかったため、そのまま髪を引っ張られながら、男の体に飛び込まされる。
「逃げられると困るんだけど?」
「うぅ……」
自分とは違うゴツゴツとし体、汗ばみた体臭。髪以外にも今度は腕まで掴まれて、耐えがたい生理的な不快感に包まれながら、レンゲは身動き一つとれない状態になった。
「それとも、また逃げ出して、何処かの街に迷惑をかけるつもりかい?」
「!?」
レンゲはそれを訊いて顔を青白くさせた。その様子を見た彼女を拘束する男は、面白そうに耳で囁く。
「暇だったから調べたんだけど、あそこの人間さ。百人くらい死んだそうだぜ? お譲ちゃんが行かなければ、そんなことにならなかっただろうに気の毒だぜ、ほんと」
「あ、私は――」
人が亡くなっていたことは分かっていた。自分が逃げ出したせいで、誰かが死んだことは知っている。
いや、知っているつもりでいた。だが、具体的な死んだ人間の数を叩きつけられたことにより、レンゲの心は自責の念で深く落ちて行く。
「だからよ、大人しくしてれば誰にも迷惑かないんだから、ここでじっとしな。なに、別に俺達は言うことを訊けばちっとは優しくしてやるからよ」
放心状態に陥ったレンゲを嗤いながら、男が直接、彼女の体を舐ろうとする。
ガダンッ!
さっきよりも、激しい物音。
最初は再び止まった車が動き出したのかと思ったが、なにか妙だった。
先程した音はエンジンが駆動したものというよりも、何かを無理やり切断したような、更に男達は確認してないが、互いに似た様な錯覚を見ていた。
それは、巨大な刃物が、自分たちの目の前を通過したような――。
「は?」
その間抜けな声は誰のものだっただろう。
男達の目の鼻と先、乗車スペースがあるはずの場所が遠ざかり、離れた分だけの空いた隙間から外の景色が漏れて見えたのだ。
コンテナを横から両断されたのだと、誰かが考える前に、彼は現われた。
「ぎゃひゃあ!」
外が見える隙間から黒い疾風が横切った時、誰かが悲鳴を上げた。
「な――」
仲間の男が倒れるのに気づいたとき、自分達も床に倒れることに気づながら意識が遠退く。
レンゲも急に自分を束縛していたものから解放されて、床に倒れ伏そうとする男達とともに体が落下する、その前に誰かが自分を抱えた。
自分と違う誰かの体。だが、先程とは違い不快感はなかった。
「これでBランクの《錬成者》というならば、最近の査定は甘すぎるな。モモヤやアイリスならこんな簡単にいかないぞ」
少し呆れながらグローブは気絶する男達を見ると、直ぐに自分の腕の中にいるレンゲに目を向ける。
「怪我はないか?」
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