SECTION-11-彼女の行方
空は徐々に茜色に染まりつつある。
このままでは夜になってしまうのではないかとグローブは恐れたが、ツルバキアの言葉が正しければ夕暮れ時までには山を降り、別動隊と合流できるペースだ。それを聞いて一先ず安心した。
そういった事に慣れている自分達はともかく、レンゲに野宿を強いらせることがないことは酷なことだろうと考えていたからだ。
「レンゲ、大丈夫か?」
「うん。平気だよ」
そうやってグローブは彼女に対して時より気を使う。その度にレンゲは何でもないような顔で返すばかりだ。様子を見る限り、無理をしているわけでもなさそうだ。
少女に登山紛いは辛いと考えていたが、彼女の体力はグローブの想像以上にあるようだ。もしかしたら、《恩恵種》という存在は自己でエネルギーを精製できるだけに体力の限界は存在しないのかもしれない。
そういったやり取りの他にも、暇つぶしのつもりなのか、レンゲからグローブに対して自身のことを語っていた。
彼女は今まで閉鎖された病院のような施設にいたそうだ。物心ついた頃から居たわけでもない。朧げだが、両親らしき人物と過ごした記憶があった。
だが、ある時から彼女はそこに居て、実験のような日々を過ごしていた。
自身からは何もするわけでもなく、自分が求めた何かを与えられるわけでもなく、周りの大人たちの言いなりの毎日。時折自分の血を採取し、一日中外を走らされたり、色んな物にエネルギーを送ったりする日々。食事を一カ月以上与えないこともあったそうだ。
レンゲいわく、その時から食事がなくても自分は生きていけるとは分かったが、空腹は常にあり、かなり辛かったと苦笑し、グローブは返す言葉が見つからなかった。
そして、数日前、彼女が居た施設が何者かに襲撃されたようだ。どこの誰かは分からないが、その施設は自分以外にも様々な生物の実験をしていた。
今考えると仮に目的が彼女であれば、自分は騒ぎに乗じて、その場から逃げ出すことはできなかったと言う。
もっとも、こうやって色んな人間が自分を探しているのを考えると単に運が良かっただけなのかもしれない。
施設から逃げ出すことに、躊躇いはなかった。彼女自身、毎日変わらない日々には嫌気がさしていた。ざわめきが響く中、身一つでそこから脱出することに成功する。
その後は、グローブの知るとおり。あの街についた途端、ガラの悪い人間に追い掛け回され、そしてあの巨大な水たまりでグローブと出逢い、今に至る。
「なんで、そのことを俺に?」
グローブは思わず訊ねた。態々、自分に話す理由は考えつかない。その過去は話すにはあまりにも空虚で寂しく、語る人間としても嫌なものだろうと思った。
彼の問い掛けに対し、レンゲもしばらく悩んだ後で答える。
「なんとなく、かな。特に理由なんてないよ」
曖昧な言葉にグローブはそれ以上追及しない。本当に暇つぶしで語ったことかもしれないので、下手にこの話題を続ければ藪蛇に水になるかもしれないからだ。
後は、時折前を歩くツルバキアを交えながら、取り留めのない会話をする。
これが隠密行動であるならば、無駄な会話など不用意でしかないが、漠然と歩くだけならば、些細なことで小さな刺激を与えていることで退屈による心労も少しは軽くなるだろう。
そうこうしている内に、三人は山を越えて、荒野に足を踏み入れる。
なにも整備されていない、ただ広いだけの大地が広がる。
空は既に夕焼けに染まり、見渡す土ばかりの地面も地平線の彼方まで、茜色に染まっていた。
これだけの空間ならば、開拓する余地もありそうだが、どこも資材が枯渇している時代、自分達の手元以外の場所に手を着けるのは余程余裕があるところだけだろう。
そんな赤く、寂びれた荒野の中。三人を待ちかまえるかのように、数台のコンテナを背負ったトラックが駐車しているのを見つける。
「あれだね」
ツルバキアは迷わず数台のトラックが停まる場所に向かい、その後ろを二人が追う。
三人が近づくと、トラックの外にいた一人の男が彼らに近づいた。
「すまないが我々は身内だけでキャンプをしている。部外者は立ち去ってくれ」
「そう言わずに僕等も宴会に参加させてくれ。極上のワインを持ってきた」
やって来た男とツルバキアのやり取りをレンゲが不思議そうにしていると、隣のグローブが「合言葉だ」と説明し、彼女は納得する。
男はツルバキア、そしてグローブ、その隣のレンゲを見てから、再びツルバキアに目を向ける。
「コードネーム、フーフ9だ。ファルケ7とカイム4だな? そして、そこにいるのが……」
「うん、目標。君達がどこまで知っているか知らないけど、丁重に扱ってね」
「要らぬ心配だよ」
九番目の『蹄』、フーフ9と名乗った男は鼻で嗤ってから、後ろの二人を見る。
「さて、ソレをそちらに渡して貰おう」
まるで物でも渡せとでも言いたげな言葉に、グローブは内心で苛立ちながら、フーフ9に訊ねる。
「待て。俺達は同行しないのか?」
「そちらの任務は我々にソレを引き渡すまでだろ? 同行は認められない」
「しかし、彼女を狙う奴らがいる。また、彼女を狙うかもしれない。それなら俺達の同行は必須だろう」
「――、不要と言っている」
グローブの言葉にフーフ9は一瞬沈黙したが、直ぐに拒絶の意を示す。
「報告にあった《ÜG》など問題ない。ここにはランクB以上の《錬成者》三十名、《ÜG》が五機いる。《錬成者》の中にはそちらと同じランクAもいるのだ。これ以上の護衛など不要だろう」
「たった一人の女の子に対して、随分と過剰な戦力だね。まるでこれから戦争でも起こしに行くのかい?」
ワザとらしくおどけた態度をするツルバキアをフーフ9が殺気でも宿った鋭い視線でにらみつける。
「それだけ、そこにいるのが貴重ということだろう。どの道、定員は限界だ。お前たちは連絡をして飛行艇にでも迎えにきてもらうことだ」
取り繕う暇もないフーフ9の言葉に、ツルバキアは疲れた様に溜息を溢しながら、グローブを見る。
お手上げ、とても言いたげな仲間の視線を受けたグローブは、すぐ隣で不安そうにする少女に目を移す。
「どうやら俺達はここまでのようだ」
「みたい、だね」
「すまない」
沈痛な顔で謝罪するグローブに対し、レンゲは微笑んだ。
「貴方が謝る必要なんてないよ。というか、貴方は会ってから謝ってばかりだね」
「そうか?」
言われてみれば、確かにレンゲに出逢ってから、彼女に何度も謝っている自分を思い出す。
「別に貴方が気にすることでも、謝る必要もないのだから、そんな顔しなくていいよ」
「レンゲ……」
「ありがとう」
真っ直ぐグローブを見つめながら、レンゲは礼を言った。
彼女が夕日を背にしたゆえか、それとも彼女の微笑みが美しかったからか、その眩しさにグローブは思わず目を細める。
「服をくれて。お話してくれて。ご飯を食べさせてもらって。あの子を守ってくれて。私を信じてくれて。本当にありがとう」
「……感謝することはない。俺はただ、自分のやりたいようにしただけだ」
「なら貴方は、とても優しい人なんだね」
「…………」
今度は否定する言葉を飲み込んだ。
自分がそのような人間ではないとグローブは思う。
ただ、間違っていると言ってしまえば、彼女を汚してしまう気がして、できなかった。
黙り込んでしまうグローブを寂しげに見つめてから、レンゲはツルバキアに振り向く。
「貴方もありがとうね。ここまで案内してくれて」
「僕こそ感謝する言われはないと思うんだけどね。まぁ、ありがたく受け取っておくよ」
「おい――さっさとしろ」
一向に離れない三人に苛立ったのか、フーフ9が不機嫌な声で急かす。
「あっ、はい! じゃあ、バイバイ」
「ああ」
「まぁ、達者で」
別れの言葉はそれぞれ短く、レンゲはフーフ9に連れられて、付属の乗車スペースであるコンテナの中に入らされる。
そして、フーフ9は残された二人を一瞥してから、レンゲを入れたコンテナを運ぶトラックの助手席側から車内に足を運んだ。
しばらくしない内に、低音なトラックの駆動音に吹き出す排気ガス。
そのまま、荒野に二人を残したまま、数台のトラックは夕日に向かって走り出した。
「さて、お仕事終了だね」
トラックをしばらく見送ってから、ツルバキアは背を伸ばし、隣のグローブを見る。グローブはまだトラックを見ていたままだった。
「なに、もしかしてあの子に惚れちゃったの?」
「そんな訳じゃない」
「それは残念。本当にそうなら、君を好きな女の子達による修羅場が見れたのにね」
「また適当なことを」
ツルバキアの言葉に呆れながら、相変わらずグローブは視線を変えない。そんな仲間の様子にツルバキアは溜息を溢す。
「で? 惚れたのじゃないのなら、何時までトラックが行った場所を見てるわけ?」
「いや、ただ、彼女はこのままどうなるのか、考えていただけだ」
「あれ? 君はそんなことも分からないの?」
「どういうことだ?」
ようやく視線を変えたグローブに対して、ツルバキアは当然のことでも言うように答える。
「とりあえず、量産されることから始まるだろうね。幾ら無限のエネルギーを生み出せても、それがただ一人だけだったら、限りがある」
「量産……彼女のクローンでも作る気か?」
「それも一つの手だけど、もっと手通り早い方法があるんじゃない?」
「なんだ、それは?」
「鈍いね。というか、そっち方面に無頓着過ぎるのかな?」
訳の分からず顔を顰めるグローブに苦笑を向けてツルバキアは皮肉げに言った。
「彼女は幸い女の子。ならば子供を産ませるのが一番効率的だ」
「な!?」
一気に顔を青ざめるグローブへ、ツルバキアは次々に自分の憶測を語る。
「子に親の才能が受け継がれない可能性もあるけど、贋作を無駄に作るよりは手間も少ない。クローン技術は僕が知る限り、どこもまだ問題を抱えている。数年かけて、オリジナルと同じ素養の人間を作れても、テロメアが短く、長く保たない。ならば、数か月そこらで成果が確認できる方法を取るほうが無難だ」
「そ、そんな……」
血の気が引いたようによろめきながら、グローブは信じられない顔でツルバキアを見る。
「お前、彼女に前の場所よりはまともなだと、言わなかったか?」
「そう言わないと素直について来てくれないでしょ? もっとも、嘘を言ったつもりはないね。子供を抱える大事な身体だ。丁重に扱うのは当然だろ?」
何かが崩れるような気がした。
ツルバキアがまだ何かを言っていたが、グローブの頭の中に入らない。
思い出すのは、先程別れた少女のこと。裸を見られて羞恥する顔、ご飯を食べて嬉しそうにする顔、赤の他人である女の子を心の底から心配する顔。
自分に礼を言った時に見せた――眩しい、笑顔。
そして、ふと思い出す。信用させた上で、逃げ場のない場所に君を連れていく悪い人間。冗談で彼女に語った言葉が真実であったことを、グローブは愕然とする。
知らなかった、そんなつもりはなかった。それらは全て言い訳だ。自分は彼女を裏切った事に変わりはない。
「まぁ、グローブが気にする必要はないと思うよ」
青ざめるグローブを見ながら、ツルバキアは妙に優しい声で言った。
「彼女は僕達と違って、最初から人外だ。人じゃない家畜を養殖させようが、誰も心を痛めないだろ?」
「ふざけるなッ!」
グローブが荒野全体に響くほど大きく吼える。
確かにレンゲは《恩恵種》と呼ばれる特殊な存在かもしれない。
だが彼女は普通の少女のように悲しみ、喜び、誰かを労わる優しさを持っていること知っている。知ったのだ。
「彼女は、レンゲは、俺達と違って最初から普通じゃないかもしれない。だからって、何でもしていいなんてことは、絶対間違ってる!」
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