SECTION-10-恩恵種

 《フェイバー》とは、万物に恩恵を齎す種族。

 ゆえに彼らを《恩恵種フェイバー》と呼ぶ。

 彼らが何時から存在したのか分からない。

 気づいた時には、既に彼ら、彼女らはそこにいた。

 その種族は人間と同じ姿を持ちながら、人とは異なる力を持っている。

 遥か昔に別けられ人類の系統というならば、多くの人も彼らと同じようなことができるではないかと試した。

 だが、結局それは叶わず、よって人類とは別種の存在として認識される。

 時の人は《恩恵種》の力を超能力か、あるいは魔術と呼んでいたかも知れないが、実際、それがなんであるのかは未だ解明されていない。

 確たることは、自分以外の何かにエネルギーを供給できるということだけだ。

 《恩恵種》が生み出すエネルギーとは、区別問わず、全ての存在に適用する。

 化石燃料や電気の代わりに機械を動かし、種を芽吹かせたければ水や肥料の代わりに植物を成長させる。

 まるでオカルト染みた御伽話のようなふざけた力だが、これが現実に存在するならば貴重という言葉では足りないだろう。

 事実、エネルギーを失った機械に、《恩恵種》の少女は再びエネルギーを与えた。

 

 その力は、確かに存在する。

 

 時代は生きるための資源が枯渇し、残された僅かな物資を奪い合う衰退期。

 その中で、あらゆるエネルギーに運用できる《恩恵種》とはまさしく天からの贈り物に思えるだろう。

 なにより、彼らが生み出す力には際限が存在しない。

 彼らはエネルギーを生産する際に一切の疲弊はしない。彼らにとって、エネルギーを生み出す事とは、呼吸をするぐらいに当たり前な事だった。

 ゆえに《恩恵種》は無限にエネルギーを生み出し、その身が果てるまで、他の存在を支えることができる。

 あらゆる万物に適合し、湯水の如く無限に溢れる万能の糧。

 それが、《恩恵種》という力だ。


  ‡


 《恩恵種》の事を知っていたツルバキアから、彼が知る情報を改めて教えられたグローブは、その話を信じられなかった。

 信じられなかったが、否定することもできなかった。

 実際に《恩恵種》と呼ばれる存在らしいレンゲという少女は、ヒート・イ―ターで喰い尽されたグローブのL・Aのエネルギーを目の前で元に戻した。

 否、元に戻したという言葉には語弊がある。

 グローブ達、《イクシード》の《錬成者》が扱うL・Aのエネルギーは特別製だ。機体によって、その動力源は異なるものの、その出力は一般的な軍用兵器が出せるものよりも高い。

 だが、レンゲが生み出したエネルギーはそれを軽く凌駕する。仮に元の状態でグローブのL・Aが先程と同じようにマフートを内部から破壊しようと試みても、内側から外装の装甲をあそこまで破壊はできないだろう。

 あらゆる物に使えて、その純度も高い。その力を、たった一人の少女が生み出したことを、目の前で目撃しておきながら、グローブはまだ信じれらなかった。


「僕も聞いただけで完全に信じていたわけじゃないけど、まさか本当だったとはね。まさに事実は小説よりも奇なり、だ」


 自身が持っていた情報をグローブに伝えたツルバキアはちらりと、二人の近くで両膝を抱えながら座り、顔を伏せているレンゲを見る。

 三人は今、マフートが暴れた街からかなり離れた山の中にいる。周りは青々しい葉っぱで彩られた木々で囲まれ、雑草はそこら中に生え放題。

 人の出入りが乏しい山からは、先程彼らが居た街が一望できる。

 そこから眺める街の光景は、さほど被害が遭ったようには見えないが、一歩でも街に踏み入れると喧騒が入り混じった荒れ果てた空間を目にするだろう。

 あの後、グローブはレンゲを連れてツルバキアと合流して即座に街から離れた。

 街の人間からの責任追及を避けるために逃亡しだ。

 確かにグローブはマフートを撃退したが、感謝するのはその一瞬だけ。その後は、何故街の人間でもない《錬成者》がいるのかという疑念。

 戦うための存在である《錬成者》がここにいる理由は、自分達を襲った《ÜG》に関係するのではないのかと疑いもかけられる場合もあるだろう。

 《錬成者》は世間的には侮蔑の対象だ。分かりやすい捌け口があれば、傷つき、弱った人間がそこに吐き捨てても不思議ではない。

 なによりも、街を襲った《ÜG》が無関係というわけでもない。

 街を破壊し、多くの犠牲を生み出した《ÜG》マフートは、レンゲを狙っていた。そのレンゲを探していた《イクシード》も同じ狢だろう。

 そして二つのグループが追っていた少女が一番の非難の対象になるだろう。

 別に彼女が直接街を破壊したわけではない。彼女もまた被害者の一人だ。だが、そんな道理が通じるほど誰しもが優しく、理解できる存在でもない。

 ゆえに三人は逃げた。傷ついた街を置き去りにして、三人は逃げたのだ。

 グローブはそこに負い目を感じている。が、だからといってあのままその場に留まり、謝罪するほうが合理的ではないことは理解している。自分ができることは精々戦うことのみ。

 悔いたところで何も解決にはならない。

 言い訳にしかならないであろうと知りながら、それでグローブはあの街を置き去りにし、今、目の前で解決できそうな問題を片づけようとする。

 グローブは両腕を組みながら目を伏せ、しばらく頭の中で情報を整理しながら、ツルバキアに訊ねる。


「……、ツルバキアの言葉が真実としてだ。何故,俺にはその情報を伏せていた?」

「情報漏洩防止、としか言いようがないね。本当に何でもかんでも代用できるエネルギーならば、多くに知られるのを出来るだけ避けるでしょ。

 あれだけの力だ。トラブルの種になっても不思議じゃない」

 

 ツルバキアの言葉に伏せていたレンゲの肩が、ビクッと震える。

 グローブは責めるように睨むが、ツルバキアは詫びる様子もなく肩を竦めるだけで話を続ける。


「もっとも、言ったところで君は信じたかい?

 僕達と変わらない少女が、《錬成者》のように何かしら調整を受けたわけではないのに、自力で無限のエネルギーを精製できるなんてさ」

「それは――」

「まぁ、そんなIFを話したところで何も生産性がないよね。僕達はこれからの事を考えないといけない。と言っても、彼女を護送する別動隊に届けるだけだけど」


 そう言いながらツルバキアはグローブからレンゲへと向き直り、仕方ない物でも見るかのように彼女を眺める。


「君、そろそろ立ってくれないかい? 状況は察していると思うけど、僕達は仕事で君を迎えに来た。無理やり連れて行くの簡単だけど、それだとまた彼と喧嘩しそうだから、できたら自主的について来てもらったほうが僕としては助かるんだけど?」

「……」


 ツルバキアの言葉に対し、レンゲの反応は無言。ツルバキアは溜息を吐きながら、本人は説得のつもりで彼女に言う。


「心配しなくても、君が逃げ出したところより待遇は良くすると思うよ。それともなにかい? ここに留まって、またあの街に迷惑をかけるのかい、君は?」

「!?」

「ツルバキア!」


 グローブの声をツルバキアは無視し、黙ってレンゲを見ていた。

 彼女は伏せていた顔を上げると、強張らせた表情のまま何かを考えるような素振りを見せてから、立ち上がってツルバキアを見る。


「もう迷惑かけたくないから――お願い、します」


 そうやって彼女は頭を下げた。その様子を見てツルバキアは満足げに頷く。


「うん、とても良心的な判断だと思うよ。そこの我儘な仲間よりはずっと賢い」

「お前……」

「さて、グローブも彼女を見習って与えられた役割をこなそう。先導は僕がするから君は彼女と一緒に来てくれ」


 そのままツルバキアは自分の荷物を持ち、有無を聞かず山の奥へと登って行った。


「その、悪い……」


 仲間の非礼になんと言っていいか分からないグローブはただ謝ることしかできなかった。そんな彼に対し、レンゲは柔和な顔を浮かべながら首を横に振るう。


「気にしなくていいよ。あの人が言っているのも本当だしね」

「レンゲ……」


 そんな彼女に対して、名前を呟くことしかできない自分にグローブは歯がゆさを感じていたが、何故かレンゲは一瞬驚いた顔になってから、少し嬉しそうに微笑む。


「やっと名前を呼んでくれたね」

「え? そうだったか?」


 予想外の反応にグローブは目を丸くし、レンゲは「そうだよ」と言いながら首を縦に振るう。


「さっきから呼ぶ時は、君、君、だった」

「そうか。その、すまない」

「謝ることじゃないよ。でも、できたら呼ぶ時は名前のほうが嬉しいかな?」

「分かった。善処する」

「うん!」


 グローブはそう言うとレンゲははにかむ。

 本当にこうしているとただの可憐な少女にしか見えず、《恩恵種》という特別な存在とは思えなかった。


「それじゃあ、あの人の後をついてこう? ここで立ち止まってたら、また嫌味を言われるだろうしね」

「すまないな、悪い奴じゃないが。色々と難しい性格をしているんだ」

「付き合うのが大変そうだね。でも、少し羨ましいよ。そんな難しい性格をしていても、仲良くしてられるなんて……」

「そんなふうに見えるのか?」


 否定はしないが、彼女の前では険悪の様子しか見せていないので、思わずグローブは眉を寄せる。そんなグローブを可笑しそうに見つめながらレンゲは肯定する。


「うん。っと、お話は歩きながらでもできるから、早く行こう?」

「そうだな。本当にツルバキアからお小言を貰う前にさっさと後を追おう」


 そうやって、二人が歩きだし、しばらくもしない内にツルバキアが見える。

 彼は中々動こうとしない二人を、近くの木に寄りかかりながら待っていて、ようやく二人が来たのを確認すると何も言わず先を進んだ。

 態々二人を待っていたツルバキアを目撃したレンゲは、楽しそうな声で言う。


「ほら、やっぱり仲良し」

「そう、なのだろうか……」


 グローブは苦笑するしかない。

 二人は再び歩き出したが、しばらくしない内にレンゲが後ろの街を一瞥する。


「あの子、お母さんに会えたかな?」


 あの子、というのは彼女が連れていた女の子のことだろうとグローブは思う。

 その女の子は、戦いの後でグローブがどこからか見つけてきた清潔そうなシーツに包み、安全な場所に寝かせておいた。これならば、そのまま夜になっても風邪をひかせるのを多少は防げるだろう。後は気づいた誰かが彼女を保護してくれるはずだ。

 心配そうな顔をするレンゲに対し、一瞬迷いながらグローブは言う。


「……ああ、会えるだろうさ」


 確証なんてない。だが、グローブはそう言うしかなかった。


「うん」


 レンゲは祈るような声で返事をし、今度は振り返らずそのまま山へ登る。グローブも彼女の隣で並び歩きながら山を登った。

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