SECTION-9-反撃

『いいかい、グローブ。僕達はやれることはした。だから、彼女を連れてここから離れるんだ』

「―――」


 ツルバキアが最後に言った言葉は少し柔らかった。

 彼も彼なりに考えて行動し、その上で仲間であるグローブがこれ以上無理しない事を按じた上での言葉だった。

 それがグローブには理解できない訳でもない。

 二年か三年の付き合いだが、彼の考えていることは大抵の事は把握できる。寿命の事を知っていても、グローブの生き方を尊重し、他の仲間には事実を伏せた。

 

 その仲間が「もう止めろ」と言っている。

 

 数秒に満たない時間、沈黙が流れると、グローブはハッキリと告げた。


「駄目だ」


 ツルバキアの言葉はある意味正しいのだろう。それでもなお、グローブは受け入れなかった。


『グローブ……』

「どうやら相手の狙いも彼女のようだ」


 マフートが突然離れた理由。他の人間を差し置いて、レンゲを狙った理由。ただの偶然かもしれないが、自身の組織からも彼女の回収は命じられていた。

 どんな理由があるかは未だグローブにも見当がつかないが、レンゲには何かしらの価値があるのだろう。


「彼女を連れて離れれば、敵は無作為にこの街を暴れる。そんなのは駄目だ」

『じゃあ、どうするつもり?』

「戦う」


 当たり前のようにグローブは告げる。


「有効な打撃がなくても、当初の予定通り時間をかけて削れば勝機はある」

『無理だね』


 その言葉をあっさりツルバキアは否定した。


『以前の君ならともかく、向こうは君のL・Aに入って在った《イクシード》が開発した高エネルギーを吸収し、先程とは比べものにもないスペックを持っている。時間が来る前に君が倒れるのは自明の理だ。それを踏まえた上で、君になにができる?』

「それでも、やるしかないだろ」

『……』


 譲らないグローブに対して、ツルバキアはしばらく沈黙で返し。


『警告だ。僕の指示に従え』


 冷たい刃物のような言葉が聞こえた。


『次に反対した場合、僕も勝手にやらせてもらうよ』


 殺気を孕んだ声。

 もしも言うことを聞かない場合、ツルバキアは強行手段を取ってでもグローブ達を回収するつもりだった。

 グローブは前衛の戦士、ツルバキアは後衛の狙撃手。

 ツルバキアは既に彼らを目で捕えていることを考えると、どちらが有利な立ち位置なのか説明するまでもないだろう。だが、そのような状況を分かった上でも、グローブの信念は揺るがない。

 仲間同士で争っている事態ではないことは二人共理解している。だが、それも互いに譲歩できない想いために引き下がるつもりはなかった。

 先程とは別種の、緊迫した空気が周囲に流れる。


「あの――」


 それ中に入って来たのは、レンゲだった。

 彼女はいつの間にか気絶していただろう自分が抱いていた少女をその場で寝かせて、通信機を握るグローブを真っ直ぐ見つめている。


「あの機械、私を狙っているの?」


 二人の会話で状況を察したのだろう。暗い顔のまま、レンゲは再び問いかける。


「それじゃあ、これは私のせい?」


 一瞬、レンゲは辺りを見渡す。

 崩れた街、泣き叫ぶ人々。死んだ人間も多くいるはずだ。

 それらも全て、自分が招いたことだと思ったレンゲは自身を責め苛んだ。


「それは違う」


 顔色を悪くするレンゲを見つめて、グローブは否定した。


「君が何者なのか俺は知らない。それでも、他の誰かを理由に、簡単に人を傷つけるのは間違っている。気にするべきことじゃないとは言えない。けど、君が責められることでもない」

「…………」

「どの道、こんなことをする奴らに君は渡せない。気づいているだろうが、俺も君を探していた。けど、奴らよりはまともに扱う自信はある。だから、君は一旦ここから離れて――」

「できないよ!」


 レンゲは首を激しく横に振って叫んだ。


「どんな理由が在ったにせよ、こんな事になった原因は私にある! この子が泣いたのも、私のせいだ! だから、自分だけ逃げるなんて、できるわけがない!」

「それなら、君になにができる?」


 卑怯と思いつつも、グローブは先程自身が仲間に言われた言葉をレンゲに言い放つ。


「君がなんであるか知らない。けど、《ÜG》のことも知らない。動きを見る限り《錬成者》というわけでもなさそうだ。無力な君に、いったい何ができるんだ?」


 冷たい言葉と共に、駄目押しで鋭い眼光をぶつける。


「ひぅ!」


 レンゲは小さな悲鳴を上げた。

 瞳から涙を溜めているあたり、相当怯えているのだろう。当然といえば当然だ。ワザととはいえ、戦場を駆け巡ったグローブが本気で放った威圧を、まともに受けられる人間はそういない。

 それでも、恐怖を感じながらも、レンゲは目を逸らさず、告げる。


「―――るよ」

「なに?」


 グローブは、そのレンゲの声があまりにも小さくて聞き逃したわけではない。予想外の言葉だったゆえに思わず聞き返したのだ。

 レンゲは息を飲み、改めて告げる。


「でき、るよ」

「なんだって?」

「さっき、電話の人が言ったよね? 貴方が持っているソレの、エネルギーさえあれば、なんとかできるって……。私に貸してくれたら、なんとかできるよ」


 どうやら通信器から出ていたツルバキアの声も聞こえていたようだ。

 だが、グローブのL・Aを貸したところで一体なにができるというのだ? まさか、これを持って自分が《ÜG》と戦うという訳でもないだろう。

 なにより、これはグローブにとって唯一の武器だ。怯えながらも、自分に提案するのを見る限り、生半端な覚悟で言っているのでないことはグローブにでも分かる。

 だが、もしも、彼女の信用とすることで剣が失われれば、それこそ終わりなのだ。

 グローブがレンゲを見ながら思案していると、意外なところから助け舟がきた。


『グローブ、彼女に貸したらどうだい?』


 声の主は通信機からのツルバキア。

 予想外の言葉にグローブも見るからに動揺した。


「ツルバキア、本気か?」

『まぁ、君が彼女を信じないのは別だけど。彼女がその気ならば、君の我儘を通せるんじゃないかな?』

「お、お前! 彼女が何者か知っていたのか!?」

『その話は後。敵は待ってくれないよ』


 ツルバキアの言葉通り、レンゲを狙っているマフートは既に横転した体を起こし、その場で索敵した。比較的に見つかりにくい場所を選んで、ここに移動したが、それはまさしく時間の問題だろう。


「私を、信じてほしい」


 レンゲが懇願するようにグローブに言う。

 相変わらず厳しい視線をグローブが向けているため、黄金の瞳は潤んでいたが、視線は逸らすことはなく、真っ直ぐとグローブに向けたままだった。

 その瞳をしばらく見つめて、グローブは覚悟を決めた。


「わかった、信じるよ」


 剣をその場で突き立てる。グローブが持つL・Aは相当な重量だ。そのまま手渡しするのは些か危険である。


「信じてくれて、嬉しいよ」


 彼女はそう言いながら笑みを浮かべ、突き立てられている黒い大剣に手を伸ばす。

 グローブの上司であるグラジオラスは彼女を《フェイバー》と呼んだ。

もしも、レンゲがL・Aに対して的確な処置を施せるならば、《フェイバー》とはL・Aに関わる特別な技師かなにかなのだろうか?

 グローブのその予想は、次の光景を見た瞬間、吹き飛んだ。


「え?」


 思わず、間抜けな声を上げる。


 光が輝いた。


 まるで蛍の光の様な無数の小さな粒子が、あろうことか、グローブのL・Aに触れたレンゲの手の平から流れ出しているではないか。

 彼女の手から流れ出す光は、まるで命でも注ぎ込むように、突き立てられた大剣にゆっくりと溶けて消えていく。

 光を纏った大剣は、無機物でありながら、まるで生命が鼓動するかのように存在感を増していった。

 その、あまりにも幻想的な光景に、グローブは口を開けたまま、言葉を失う。

 夢でも見ているのだろうかと錯覚するほど、現実離れたした事象に、まるで魂でも奪われたかのように、魅入り、光を生み出す彼女を、美しいと感じた。

 

 どれほど言葉を失っただろう。

 どれほどの時間がたったのだろう。

 どれほどその光景に魅せられたのだろう。


「終わったよ」


 グローブが正気に戻ったのは、レンゲの言葉だった。

 彼女はどこか寂しげな笑みを浮かべながら、先程伸ばしていた腕を隠す様に両手を後ろにやっている。


「今のは、いったい――」

『それも後。来たよ』


 通信機からのツルバキアからの声と同時に、地震のような激しい振動を揺り起こす。

 索敵を終えたマフートがこちらにやって来たのだ。


「ちっ!」


 何が起こったのかグローブには分からない。

 だが、ここで自分から迎え討たなければ、レンゲを狙うマフートから彼女を遠ざけないといけない。更に先に向こうがこちらに来られたら、レンゲやそこで眠る少女を守りながらの戦闘を強いられる。

 聞きたいことは幾らでもあったが、グローブは寂しげな顔をするレンゲを一瞥してから、突き立てていた大剣を引き抜き、こちらにやって来るマフートに向かって跳躍する。


「はああああああああああぁあ!」


 吼えながら、天高く飛び上がったグローブは、そのまま重力の流れに身を任せ、マフートの頭部を狙った。

 鋼と鋼の衝突。

 重力に身を任せたグローブの剣戟は、火花を散らせながら、獅子を模したマフートの左目を抉り取る。

 これが本物の獣であるならば、絶叫の一つも上げるところだが、相手は機械の獣。唸り声の代わりに、報復とばかりに三連装のレールガンを空中にいるグローブに向けて放つ。

 爆発。

 その光景を見ていたレンゲが悲鳴をあげたが、グローブは寸前のところで剣を盾にして砲弾を受け止める。が、その衝撃で地面に叩きつけられるように墜落。そのまま数回ほど転がったところで、ようやく立ち上がった。

 無傷ではない。身体の到る場所に火傷があり、墜落の影響で筋肉を痛めたが、それだけだ。

 《イクシード》が開発した特殊繊維で出来た戦闘服のお陰で、これだけのダメージで済んでいる。仮にこれが普通の服であれば、流石のグローブでも深手を負っていただろう。

 だが、まだ立ちあがれる。剣を握れる。

 そのまま、構え直しながらグローブは、剣の刀身の、根元近くにあるエネルギーのメーターを確認した。

 予想をしていたが、先程〇だったメーターが、満タンまでに戻っている。

 俄かに信じたくないが、レンゲが放ったあの不思議な光の影響だろうか?

 

 いや、悩むのは後だ。

 

 まずは目の前の敵を打倒しなければならない。

 失った手段は取り戻した。今度こそは仕留める。

 意気込んだグローブはマフートに向かって疾走した。

 マフートは何かを感づいたのか、三連装のレールガンを乱発するようにして、何度も放つ。が、対するグローブは先程までの交戦でしたように砲弾を弾かず、防御もせず、移動のみで全て砲弾を回避し、爆発の余波を何度も感じながら、前へ、前へと突き進んだ。

 ある程度の距離まで近づかれたことにより、レールガンの暴発を恐れてか砲撃は止み、代わりにマフートの頭がまるで獲物を喰らうかのように、長い首を伸ばしながらグローブに向かって突っ込む。

 迫りくる獅子の顔を、グローブは地面を蹴り上げて、空中で半回転しながら回避し、そのままマフートの首に降り立つと、綱渡りの様に首の上を疾走し、マフートの体の上まで一気に移動を果たした。

 到着したグローブは下にあるマフートの体目がけて剣を深く突き立てる。

 ガコン! と装甲が突き破られる音。

 しかし、マフートの動きは止まらず、自身の背中にいる邪魔ものを追い払うように、三連箏のレールガンをグローブに向ける。


「危ない!」


 遠くからレンゲの悲鳴。

 だが砲口を向けられた当のグローブは見向きもせずに、剣で突き立てたマフートの胴体を睨みつける。


「終わりだ」


 レールガンが発射さる。それよりも先に、グローブが剣の鍔に取り付けられた引き金を引いた。

 

 刹那――青い閃光が迸る。

 

 マフートの全体が青い電流を駆け廻った。激しい破砕音と誘爆による誘爆の連続。

 あらゆる熱エネルギーを喰らい自身の機動力に変えるヒート・イーター。

 しかし、幾らエネルギーを喰らおうが、それは表面だけのこと。精密な機械が詰った内部からの攻撃では対処しようもない。

 浸食するように電流が機体全体を蝕み、内部に在った様々な機械が爆発という断末魔を上げる。迸る電流は唸りを上げて、内部を破壊尽くし、外装である装甲まで喰い破った。

 そして、青い閃光が消えた瞬間、同時にマフートの頭部に宿っていた瞳の光も消え失せ、その巨体が崩れるようにして、倒れた。

 数秒の沈黙。

 それは一気に歓声に変わった。

 自分達を襲っていた驚異が去った事によって、遠巻きに眺めていた人間たちによる凱歌。ある者は泣き崩れ、ある者は雄叫びを上げる。


「………」


 だが、それを齎したグローブの顔は静かなものだった。

 倒したことは良かったと思う。しかし、被害が多すぎた。

 一体どれだけの建物が倒壊した?

 一体どれだけの人間が死んだ?

 数時間前まで、そこにあった輝きがどれだけ失われた。

 今はまだ喜びにうち震えている人々も、その事に気づいた時、一気に絶望の淵に落とさせるだろう。生きてからいいと思える人間がどれほどいるだろうか?

 これからの暗雲の中、どれだけの人間が立ち上がる事ができただろうか?

 グローブは確かに彼らの命を守ったのかもしれない。しかし、同時に彼らが傷付くことから守ることができなかった。


「っ………」


 耐え切れず瞳から、涙を流した。自惚れや資格がなくとも、グローブは泣かずにはいられなかった。

 更にグローブはまだ大きな悩み事を抱えている。

 グローブは崩れたマフートから剣を抜きながら、涙で潤む瞳で視線を移す。

 その先には立ち上がった自分を見て、安心したように笑みを浮かべるレンゲの顔。

彼女の距離からではこの見っとも無い姿を確認できないだろうと安心しながらも、先程の光景を思い浮かべて疑問を浮かべる。

 彼女は一体何者だ?

 何故、これほどの被害を齎してまで、マフートを仕掛けた人間は彼女を求める? 自分達の組織、《イクシード》はなにゆえ彼女を求める。

 なにより、彼女が放った不思議な光はなんなのか? あれが彼女自身を特別な存在と証明するものなのか?

 彼女とはいったい? 《フェイバー》とは何者だ?

 確かに一つの戦いは終わっただろう。

 では、その後はどうする?


◆あとがき◆

あとがき項目を自分でつけないといけないのね。

感想待ってます。

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