SECTION-7-ÜG
轟音と震動は同時に訪れた。
「え、なに!?」
突然の衝撃にレンゲは狼狽し、周りの客や店員も動揺していた。ただ、その中で一人、グローブだけが事態を冷静に把握する。
(この衝撃は何処かで何かが爆発した? 場所はここからそれほど遠くないな……)
グローブは頭の中で分析しながら、この場所から離れる準備をする。
そして、すぐに店の中へ慌ただしい男が駆け込む。
「どこかの《ÜG》が攻めて来た! さっさと逃げろ!」
そうやってすぐさま外へ飛び出す。
男が駆け込んだのは一つの親切なのだろう。
だが、その一つの親切がパニックを生み出す。
瞬間、割れるような響き。
一歩遅れて事態を把握した店員たちがマニュアル通りの非難対応をする前に、店に居た客たちは我先にと飛び出して、瞬く間に出入り口は混雑した。
「行くぞ」
一旦、呼吸を置いてからグローブも脱出を開始する。
「え、えと、なにが起こったの?」
周りのパニックに動揺しながらもレンゲは未だ事態を把握しきれていないようだ。
「聞かなかったのか? テロリストか何処の過激派の軍隊が《ÜG》でこの街を攻めて来たんだろう」
「う? なに?」
首を傾げるレンゲを見て、グローブは内心頭を抱える。
どうやらこの少女は想像以上に世間知らずのようだ。
「丁寧に説明する暇なんてない。逃げ遅れる前に、ここから出るぞ」
「そんな、すでに逃げ遅れているんじゃあ……」
ちらりと人が圧し合って混雑している出入り口を見るレンゲに対し、グローブはなにも言わず、右手でレンゲの腕を掴んだ。
空いた手でケースを担ぎながら、店の奥へ進む。
目指すのは非常口。グローブは常日頃の経験ゆえ、屋内に入ると自然と脱出経路を把握している。
非常口以外にも、何個か脱出経路は確認していたが、今回は大勢の人間が、目先に見えた一番速く外に出られる店の正面出口に駆け込んだため、本来はそれなりに人が多くなるであろう非常口に向かう。
グローブ以外にも冷静な判断、あるいは逃げ遅れた人間が店員の指示に従って非常口に向かっていたが、それらよりも一足先にグローブはレンゲを連れて、非常口から店の裏側にある大通りへと出て行った。
二人が外に出ると、そこには先程店で目撃した混雑以上のものがあった。
道路は車でいっぱいになり、それ以外の人間が激流のように慌てて一方方向に走っている。彼らが向かう先に、シェルターなどの避難場所、あるいは街の出口があるのだろう。
幸いにも、中々動かない車に苛立ち、乗り捨てて渋滞を巻き起こす事態は今のところないようだが、それも何時まで保てるか分からない。
その光景を呆然と眺めるレンゲを余所に、グローブは視線を周囲に巡らせ、ある一点を見つけた。
グローブたちがいる場所から、建物を数個挟んだ先、幾つかの黒煙が上って、先ほどよりも小さな衝撃が連続で発生し、それに混じって多くの悲鳴が微かに聞こえる。
思わず舌打ちをしたグローブは、連絡用の通信機を取り出して仲間と連絡を取る。
「こちら、カイム4。応答しろ、ファルケ7」
七番目と鷲と呼ばれた相手は、グローブの呼びかけに直ぐに応答してきた。
『こちら、ファルケ7。いや、いきなり凄いことになったね』
声の主は、先刻グローブと別れたツルバキア。相変わらず落ち着いた物腰なのが声だけでも分かるが、街の喧騒には気づいている様子だ。
「こちらは街の中央から若干北側にいる。そっちは?」
『街から南にある展望台。ここからなら騒ぎを起こした原因がよく見えるよ』
「なにが起こっている?」
『予想はしているだろうけど、いきなり現われた《ÜG》が暴れているよ――おや?』
「どうした?」
『ああ。今、
‡
街に在住する《錬成者》たちは突如現れた《ÜG》を撃退するべく急行していた。
屋根から屋根に飛び移る様は、まるで東洋の忍者のように素早く、その身も黒い専用服に身を包んでいた。
彼らの頭の中には、《ÜG》はいったいどこから? という疑問があった。
この街は大した拠点もなければ、物資も豊かとは言い難い。態々、どこかの国、あるいはテロリストが《ÜG》を出してまで襲う価値などないように思える。
──だが、守る価値なら彼らにはあった。
この街には愛すべき知人、友、家族がいるのだ。嘗て一度、大きな戦争によって傷ついた街。当時、なにもできなかった当時の自分達を悔い、今度こそは守れるようにと、己を犠牲にして《錬成者》になったのだ。
どこの誰だか知らないが、自分達の街を襲う者は許さない。
「目標、発見!」
「全員、その場で待機!」
先行していた自警団の《錬成者》の一人が《ÜG》を目撃すると、彼らを仕切っている隊長の掛け声に合わせて、全員が跳躍を止め、別々の屋根や屋上に着地し、暴れ回る《ÜG》を視認する。
《ÜG》は四足歩行の獣のような形態をしていた。簡単に説明すると首が長いライオンだろうか。
全長、およそ十メートル近くある巨体に、背中には三連装のレールガン。長い首の先にある獅子のような頭部は、ぐるりぐるりと長い首を蛇のように動かしながら、周囲を見渡していた。
「
長い首で直接周囲を探索することで索敵能力を高めた機体だ。単純な火力も高く、無防備な一般市民や堅牢でない建物を軽く蹴散らせるだろう。
幸いなことにマフートの周囲に生きた人影はなかった。生きた人間は全員逃げ切ったのか、あるいは全員が逃げ切れなかったのかは彼らには分からない。自分達がすべきことは、目の前の敵の排除であり、感傷はその後だ。
「フォーメションBで行くぞ。どこの誰だか知らんが、俺たちの街を好き勝手にしてくれた御礼をたっぷり払わしてやれ!」
『了解!』
掛け声と共に全員が一斉に跳躍して、自分たちの何十倍はある巨体に向かう。
彼ら総員は八名。一見、あまりにも無謀に見えるかも知れないが、彼らは戦闘に調整された《錬成者》。
仮にこちらも《ÜG》を出動されてば被害は増える。だからこそ、《錬成者》での対応だ。
慢心をするつもりはない。自分達はただ、いつも通り、日頃の訓練や、調整された性能を発揮するのみ。
まずは先行していた二名の《錬成者》が手に持っていたバズーカを両肩に担いでから同時に放つ。四つの砲から放たれた弾は真っ直ぐとマフートに着弾し、爆発を生み出した。
広がる炎の向こう側から、グオン、と無傷のマフートがバズーカを放った《錬成者》に狙いを定める。ガコン、と背中の三連装レールガンを回転させ、担いでいたバズーカを投げ捨てていた《錬成者》二人に銃口を向けた。
それを邪魔するように待機していた三人の《錬成者》が左右、背後から連射性の高い散弾銃を浴びせて動きを鈍らせる。三人で生みだしたのは僅かな時間、三方向からの散弾によって微動したマフートであったが、構わずレールガンを放った。
空気を焼く音。だが、仲間たちによって生み出された僅かな時間により、常人では考えられない速度で、既に初撃を与えた二人の《錬成者》はその場を離脱する。
マフートが放ったレールガンは誰もいない場所を爆せ、焼き付かせるだけだった。その間も三方向からの散弾の雨は止まず、絶え間なくマフートに牽制した。
所詮は牽制。装甲車をモノの数秒でハチの巣にすることができる強力な散弾は、それを上回る強固なマフートの装甲に小さな窪みを作るだけだった。
されど牽制。彼らは無駄に銃弾の消費を行っているのではなく、己の役割を確実にこなしている。
バズーカを捨てた二人も背中に抱えていた同型の散弾銃を構えて牽制に参加する。彼はらその場には留まらず、縦横無尽、かつ互いに一か所には固まらず、それぞれバラバラに散弾を撒きながら時折マフートが放つレールガンをやり過ごす。
《錬成者》は《ÜG》に比べて、人という身であるため、小柄な体躯を活かし、臨機応変な対応ができる。
十分な脚力、明確な判断力を持ってすれば、自分達よりも巨大な《ÜG》と渡り合い、更にその上、打倒することも可能なのだ。
ゆえに彼等が行っているのは勝利のための布石。決め手は既に指している。
マフートを中心に、五方向から散弾が乱れる最中もマフートがレールガンを既に離脱して誰もいない場所に放った。
その瞬間を、物陰から近づいていた一人の《錬成者》が駆ける。
手に持っているのは五人の持っている武装とは異なる、銃身が二股に分かれた巨大な銀色のビームライフル。
散弾で注意を引きつける間、彼は近づき、絶好の機会で飛び出した。
マフートの懐、獣で例えるならば腹の真下にやってきた《錬成者》は、手に持っていたライフルを頭上に狙い定めて、一気に引き金を放つ。
光が迸った。視界が一転、緑色に染まる。
《錬成者》が放ったのは高出力のビームライフル、第二世代のL・Aだ。
人が持てるサイズで、要塞の壁すら簡単に打ち抜く強力な兵器。もっとも、反動や重量で常人では当然運用することは敵わず、《錬成者》ですらこれを持てば、他の装備は持てないほどの重量だが、それに見合うだけの火力はある。
散弾が与えた僅かな傷を判断材料にし、あのマフートの装甲は自分達が所持する高出力のビームライフルには抗えないと結論を得た上での行動だ。
万が一を想定して至近距離からの攻撃。これで強力なバリアーを所持していたところで展開する前に撃ち抜ける。
仮に展開したところで、至近距離からでの攻撃ならば大きなダメージを与えられる
――はずだった。
彼らが次に目にしたのは、その場で地面に伏せるマフート。
撃沈したのではない。
急激な動作で、叩きつけるように自分の身体を地面に叩き付けたのだ。
誰かが叫ぶ。それはマフートの懐に潜り込んでいた《錬成者》の名前。
彼は、マフートが叩きつけるように地面に伏せたため、そのままビームライフル諸共、潰された。
のっそりと、マフートが四足の足で立ち上がると、誰かが小さな悲鳴を溢した。それで他の《錬成者》も気づく。マフートの腹部から、僅かにポタポタと流れる物体。
あれはオイル漏れなのではなく、人の――。
「止まるな、撃て!」
唸るように叫んだのは、全体を指揮するため、仲間の一人と戦場から僅かに離れた場所に居た隊長。その言葉で収縮していた心が動き出すが、既に遅い。
まずはもっとも近くにいた《錬成者》が、まるで猫が鼠でも捕えるかのように、マフートの前足が振り落とされる。
狙われた《錬成者》がすぐさま離脱しようとしたが、動こうとした時にはすでにマフートの前足は眼前、そのまま先程の仲間同様呆気なく潰される。
「さっきよりも、速い!」
その光景に愕然したのは《錬成者》達の隊長だった。全体を把握していただけに、マフートの動きが先程よりも速くなっていることを誰よりも先に勘付く。
まさか、油断させるためにわざと動作を遅くしていたのか?
「総員、直ちに撤退しろ!」
疑問を奥にしまいながら、すぐさま、部下に指示を飛ばす、が既に遅いのだ。
蹂躙が始まる。
隊長の指示に従い、マフートの後方に控えていた《錬成者》の二人が後退する。マフートは後足を蹴り上げるようにして、地面を捲き上げながら逃げる二人を襲う。
空高くまで跳躍した《錬成者》が捲き上げられた土埃を浴びるもの、マフートの後足からは逃れることができた。
だが、視界を遮っていた土埃がいきなり晴れると、マフートの尻尾が巨大な鞭のように空中にいた二人をまとめて薙ぎ掃った。吐血し、そのまま地面に叩きつけられるものの、今だ生きている。
そこへ標準を合わせたマフートの三連装レールガンが容赦なく放たれ、動けない二人は回避することが敵わず、そのまま跡形もなく焼失した。
「てめぇ!」
目の前で仲間を殺された《錬成者》が激昂し、マフートの背中に飛び乗った。
「いかん、離れろ!」
その隊長が出した指示を彼は無視し、足元にあるマフートの装甲に向かって、散弾を放つ。
距離が近い分、マフートの装甲が見るからに傷ついていることが分かり、彼の口元から笑みがこぼれた。
が、自分の攻撃が有効と《錬成者》が感じた瞬間、背中の三連装レールガンは彼に向けれられ、そのまま吹き飛ばされた。
「あっ」
次々と仲間が殺される光景に一人の《錬成者》が呆然と立ち尽くし、マフートの頭部が狙いを定める。
「させん!」
《錬成者》の隊長が手に持っていた別の高出力ビームライフルをマフートに向けて放つ。
しかし、撃ち出された緑色の熱線は、マフートに当たった瞬間、四散するように消え去り、その光景に愕然とした瞬間、マフートの頭部が長い首からハンマーのように振り落とされ、目の前でまた部下を彼は失った。
だが、消沈する暇など相手は待ってはくれない。
「おい! お前は本部に戻って状況を報告しろッ!」
自分の傍らで硬直していた部下に彼は一喝するように指示を飛ばす。
「で、ですが――」
「心配するな。ここは私が食い止める」
「そんな!?」
「もたもたするな! これは、命令だ!」
「っ!? 御武運を!」
ようやく指示に従い、残った部下が立ち去ろうとした瞬間、マフートのレールガンがこちらを向いていた。
「撃たせるか!」
既に待機状態であった高出力ビームライフルを構えて、マフートより先に引き金を引く。閃光が迸る中、背後で残った部下が離脱する気配を感じながら、視界が晴れた瞬間、やはり無傷のマフートを見て舌打ちをする。
「奴の装甲は対ビーム兵器用のコーティングがされているとでも言うのか!」
もはや役に立たないであろうビームライフルをその場に捨て、手持ちの手榴弾を構える。
これで相手を倒せるとは思わない。
しかし、せめて一矢報いたい。
それが叶わないと知りつつも、彼はマフートを睨み、心の中で口惜しさを感じさせる。
人間兵器と蔑まされようとも《錬成者》となった結末がこれだ。一体、なんのために人の身を捨てたのか分からなくなる。
近年増加する人間兵器の《錬成者》と過去から存在する殺戮兵器の《ÜG》。
その二つに兵器として明確な優劣は存在しない。ただ、《錬成者》のほうがコストの削減ができるだけで、単純な殲滅力ならば、どちらの性能がより高いかに決まる。
《錬成者》が《ÜG》を圧倒することもあるだろう。
だが、このように《ÜG》が《錬成者》を蹂躙することもあるのだ。
レールガンで吹き飛ばされるか、あるいは多くの仲間のように、その巨体で圧殺されるのか?
残った彼は手榴弾を構えながらも、諦観したようにマフートを見据える。
レールガンの銃口が光る。
その瞬間、彼は飛び込むつもりでいたが、想定以上にレールガンの弾速は速く、気づいた時には視界が白く染まっていた。
その光が、吹き飛ばされる。
「な!?」
最初に見たのは黒。
その色に仲間の生き残りがいたのかと一瞬考えるが、すぐに否定した。
幾ら《錬成者》であっても、向かってくるレールガンの弾を弾き飛ばす芸当は自分達にはできない。
「無事なのは、アンタだけか――」
声は随分と若い男のものだった。
突如として現われ、レールガンから彼を助けた青年――グローブ。
彼は振り向かず、レールガンの弾を弾いたことで蒸気を放っていた黒い大剣を、眼前のマフートに向けた。
「後は俺がやる」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます