SECTION-6-危険信号
街外れの高原。
そこには数台のコンテナを抱えたトラックが止まっており、その中の一台、助手席で暇そうに腰をかけていた男がぼやく。
「なぁ、こんなところに目標が本当にいるわけ?」
「自分はそう聞いております」
運転席に座っていた男が機械のように答えると、助手席の男、ラウレル・アーデンは舌打ちをし、運転席の男は内心本日何回目かの冷や汗を流した。
このラウレルという男は見るからに危険な男だ。鼻が高く、無精髭、東洋系の顔立ちで、瞳は鋭く、中年。一目見ただけで関わりを避けるたくなるような男だった。
実際、彼に関して運転席の男は良い印象を持たない。命令違反は数知れず、悪い噂ばかり付きまとう。
それでも自分たちが所属する組織で、高い立場に君臨しているのは、その実力が極めて高いからだろう。
だが、それを踏まえても運転席の男は隣に座る彼を好きになることは絶対にあり得ないだろう。実力以上にこの男の人格は異常なのだ。
「ああ、なんで俺がくそメンドイ仕事しないといけない訳よぉ?」
「それは万が一、敵対勢力との戦闘を考慮してでしょう」
本当は無視したかったが、そうはいかない。
仮に実行した場合、酷い目に合うのは目に見えているのだ。
「敵? 敵ねぇ……。敵ってどこよ?」
ラウレルは死んだ魚のような目で離れたに街を見た。
「目の前にはうっとしいほどゴミ山みえてぇに人間がわんさかいるつまんねぇ街だけじゃねえぇか?
はぁ、なにが人類は多く死んだんだよ。まだ、四十億もいんじゃねぇか。おまけに資源を気にして気にして、派手な戦争も最近ではめっきり減ったもんだ」
「隊長、あまりそのような言葉は――」
思わず発してしまった言葉で運転手の男は身体が凍りついたように固まる。
つまらなさそうに窓の向こうを眺めていたラウレルが自分を見つめていたからだ。
「なぁ、お前の名前、なんだっけ?」
「ゆ、ユウゲ・ショウと言います」
「ユウゲ? ユウゲ、ユウゲ君よ。俺たちは所詮戦争屋だ。戦争がなきゃあ生きれない存在なのよ。分かる?」
「──解ります」
彼にも言い分があったが、ラウレルの言葉は真実だった。
自分たちの給料は戦争があってこそ生まれている。
それに、幾らいけ好かなくても相手は上司だ。首を縦に振って損はない。
彼の反応を見て満足したラウレルは、うんうんと頷きながら笑った。
「だったらさ、生きるためには努力しないといけないよな? 誰だって知ってる。当然だ。それが解らねぇ糞カスな働かざる者は、餓死しやがれだ。じゃあ、俺たちも生きる努力しないといけないよな?」
「は、はい」
まるで異界にでも連れてこられたような空気の中、彼は頷くしかなかった。
そして、ラウレルはその反応を見て、満足そうに彼の肩を叩いた。
「いや! 物解りいいな君! 俺は隊長としてそんな部下好きだぜ!」
「はぁ……恐縮です」
ラウレルは叩いていた手をそのまま彼の腕に添えて、にやりと笑う。
「よし、なら、マフートだせ」
「は?」
呆然とする彼に対してラウレルは次々に指示を出す。
「モードは自動操縦索敵型、オーダーは目標以外の全敵戦力殲滅ってとこだな」
「ま、待ってください! て、敵とは?」
次々と指示を出してくる上司に思わず彼は問うた。
すると、ラウレルはすぐ不機嫌な顔になる。
「ああん? 決まってるだろ? こっちの大事なお姫様を隠している。悪い連中がぎ~しっり詰ってる、あそこだろ?」
ラウレルの言葉を聞き、彼は絶句した。
次には瞬間には声を荒げて激昂する。
「し、正気ですか!? 害のない一般市民を! それにあそこには他の構成員も!」
「数十人で何時間も女一人見つけられない奴らなんぞ知るか。掃除もできる、騒ぎに乗じて目標が出てくる。退屈もなくなる。いいこと尽くめじゃねぇかよ」
「そ、そんなこと、できません!」
彼の言葉を聞いたラウレルは不思議そうな顔になった。
「ほう、できないの?」
「あ、当たり前でしょう! これは完全な命令違反だ!」
彼らの任務は目標を穏便に安全確保すること。
ラウレルが下した命令はテロ行為そのもの。道徳的に考えて拒絶するのは当然である。
「ふ~ん、命令違反するとどうなるんだ?」
「そんなの、処罰されて――」
彼の言葉が止まった。
いつの間にか、ラウレルが彼の肩に置いて在った手から、ナイフが飛び出しており、その刃が自身の首筋に当てられていた。
「隊長の命令を聞かないのも、十分処罰の対象だよな?」
「ひっ!」
首筋に冷たいものを感じ、全身から汗という汗を流しながら目を見開く彼に対し、ラウレルは優しく嗤いかける。
「まぁ、心配すんな。どの道、このまま目標を逃がしたほうが、うちどころか、マジで世界全体の損害なんよ。
たかが、街一つ消えようが、結果だけ出せば文句はねぇ。処理なんてどうでもできる。てめぇは俺の命令に従って、黙ってやればいいんだ。OK?」
「は、はい」
彼は小さく頷いてから、すぐに端末を起動した。
善意を持っていても、彼は自分の命が惜しい。逆らえば、それが無くなることでラウレルの目を見て解った。
仮にラウレルの言うとおりにしても自分は命令通り行っただけで問題はない。
そう心の中で何度も言い訳をしながら、十万人を殺すかもしれないプログラムを打ち終える。
「オールグリーン。システム起動します」
途端、自分たちが乗っていたトランクが抱えていたコンテナが震える。
すぐに外にいた人間が何事かと騒ぎだしたが、彼は構わず実行した。
「マフート、発進!」
ドゴン!
背中で大きな爆発音と衝撃を感じ、トラック全体が揺れる。
ラウレルはその状況を楽しげに笑った。
「はははは! やれば、できんじゃん!」
そうやって、ラウレルは手に持っていたナイフを、引いた。
ビチャリと鮮血が窓にかかる。
‡
炎の中、幼いグローブと幼馴染を助けたのはサルトリ・イバラという男だった。
彼は《イクシード》と呼ばれる組織に所属しており、今回は自分達が住んでいた国を襲撃した団体を鎮圧するべく、仲間と共にやって来たのだ。
彼等の活躍によって戦火は徐々に鎮まり、次の朝が訪れる頃には戦いは終わる。
結果として、多くの人間が彼らに助けられた。
同時に多くの人間の命が亡くなった。
その中には、自分たちの両親も含まれている。
家族にもう会えないと、泣き出す幼馴染を宥めている中、自分達を助けてくれたイバラが再び自分達の前に現われた。
そのまま身寄りを無くした自分達に、彼は自身も世話になった孤児院へと招く。
新たな場所で戸惑う自分達にイバラは言った。
「もう、ふたりぼっちじゃねぇ。これからは俺達が家族だ」
その言葉で、再び救われた。
この孤児院では戦火で身寄りを無くした子供たちが多く集まり、互いに支え合って暮らしている。イバラ以外の人間も、自分達を温かく受け入れてくれた。
傷の舐め合いと蔑まれようが、自分達にとってそこは第二の故郷になった。
世界では、今でも多くの戦場が生まれる。同時に居場所を失った者が増える。
その度にイバラや他の人間が、自分達と同じような子供を何人か連れて来た。
徐々に人数が増える中、孤児院の経営は決して楽ではない。
だが、それでもまともな生活を送れたのは、イバラを含めた何人かの孤児院出身者からの援助があったからだろう。
中には孤児院を抜けてからは、ほとんど関わり合いを持とうとしない人間もいたが、自分達を守ってくれた家を守る人間もけして少なくはなかった。
守られながら、自分と幼馴染は自然と、今度は自分達が守る立場にならないといけないと決意する。
頭が良かった幼馴染は孤児院経営のため、様々な事を学ぶために学校へ通った。
自分は、イバラと同じ道を進むことにした。
すなわちは、イバラと同じ《錬成者》となり、傭兵として戦いに身を置く。
その事を話した時、イバラは反対した。
もっと平和な道があるはずだと説得されたが、自分は諦めなかった。
結局、根負けしたイバラは、《イクシード》の養成所を自分へ紹介する。
《錬成者》は成ろうと思えば誰でも成れる。
だが、性能が高い《錬成者》は、素体も性能が高くなければならない。《イクシード》では養成所のカリキュラムをこなした者にだけ《錬成者》の調整を行うのだ。
そのカリキュラムは厳しいもので、自主的に脱退する者は全体の七割、その内残った人間でも《錬成者》へ調整されることを許されるのは年に数名ほどだけである。
イバラの思惑としては、すぐに辞退することが狙いだったのだろう。
仮に残ったとしても、正式に《錬成者》になれることは難しいと思っていた。
だが、彼は耐えた。
どれだけ吐こうが、どれだけ血を流そうが、何度ころぼうが、何度も立ち上がれなくなろうが、泥だらけになりながら這いずり、頭が壊れそうになるまで罵声を受けても、諦めることはなく、我武者羅に努力し、《錬成者》に成ることを夢見た。
《錬成者》は憧れるような素晴らしい存在ではないと、その頃の自分は既に知っている。
戦場での浪費を最小限に抑えるためだけの人間兵器。あるいは力を求めて人間を捨てた化け物。そんな誹謗中傷を受けることを知りながら、ただ目指した。
時には毛嫌いしていた《ÜG》も動かした。
時には自分より幼い相手を傷つけた。
時には友人と思っていた相手を、その手で殺した。
気づけば自分は《錬成者》になり、イバラの目の前に立っていた。
想いを裏切り、《錬成者》になった自分を、彼は蔑むことも、嘆くこともせず、最初に出逢った頃の笑みのまま、自分の頭を撫でる。
「頑張ったな」
その時の感情をどう表現したらいいか分からない。
胸が苦しくて、目が焼けるように熱く、頭の上に置かれた手の温もりが、ただ心地よかったことを覚えている。
それから元々はイバラが招いたこともあり、自分と彼は共に行動することになる。
「初任務で死ぬ奴はいるけど、俺がさせねぇから」
「おいおい、《錬成者》は無敵じゃねんだ! 無茶すんなよ。ああん? 俺が言えた義理じゃないって? 俺は無敵だから良いんだよ!」
「なぁ、あれからどうしたんだ? はぁ? なにそれ? 鈍感だな、お前」
「よう少しは上手くなったな。まぁ、俺のほうが強いがよ!」
「その先輩というのも他人行儀で胸糞悪いな」
「けど今更呼び捨てやら、さん付けでも癪だし……よぉし、これからは兄貴と呼べ! 元々、お前は俺の弟分だから問題ないだろ?」
いつもその背中を追い掛けていた。
いつか、隣に並べるようにと強くあろうとした。
助けてもらうばかりの自分ではなく、今度は自分が彼の助けになりたいと願った。
闘いの最中、くだらない話で困らされて、呆れられて、何度も勇気をくれた。
何かを為す度に、彼から褒められることが、嬉しかった。
彼を呼ぶ度に、自分は一人ではないと思えた。
だが、兄貴と呼んだ男は、もういない。
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