SECTION-4-任務
五月蠅くとも賑やかな昼食を四人共にした後、グローブは彼らと別れて、とある一室に向かった。
「グローブ・アマランス、参りました」
「入れ」
「はッ!」
姿勢を正して扉の前でグローブが言うと、中から短い声が返って来た。
声に応じると、そのままグローブは部屋の中に入る。
中には黒皮の椅子に腰をかけながら、執務机にある書類や、空中に映し出されているモニターを見ている中年の男性がいた。
グラジオラス・バーグラー。《イクシード》に所属する歴戦の戦士にして、ここ《空中移動要塞カーディナル》全権を指揮する指令官であり、グローブたち《錬成者》の直属の上司に当たる男だ。
彼はグローブを一瞥すると、手元と端末を操作し、空中モニターを映し出す。
「早速本題だが、君が行う任務はそこに映っている〝彼女〟の捜索になる」
モニターに映っているのは一枚の写真。まるで病人の診察服なようなものを着こんだ少女。
見た目で予測される歳はグローブより下の十代前半。陶器のように白い肌。髪の生え際は白であり、徐々に毛先に近づくにつれて淡い桃色と変色している。
眠っているようなので瞳の色は分からないが、とても幻想的で美しい少女だとグローブでも理解した。
「指令、彼女は?」
「我々は《フェイバー》と彼女を呼称している」
「《フェイバー》、ですか・・・・・・」
聞き慣れない言葉にグローブは眉を寄せる。グラジオラスの言い回しから、少なくとも、眠っている彼女自身を示す名前ではないことをグローブは察した。
「《フェイバー》とは、新型の《錬成者》の名称ですか?」
「違う」
「では《フェイバー》とはいったい?」
「機密である」
「彼女の名前は?」
「不明。あるいは存在しない」
「・・・・・・彼女は一体何者なんですか?」
「それも機密だ」
要領のない返答ばかりで、グローブは苛立ちを募らせる。
その内心を見過ごしてか、グラジオラスは持っていた書類を手放し、脚を組んでグローブを静観した。
「君の疑念は理解できる。だが、任務遂行において不要でしかない。君はただ、とある事情で行方不明になった彼女を捜索、保護すればいい」
納得がいかないとばかりにグローブは拳を握りしめた。
彼女はどこの誰なのか?
どんな経緯で行方不明になったのか?
何故、自分達イクシードが捜索して保護しなければならないのか?
そもそも、人探しならば人海戦術をしたほうが効率いい。だが、今回の任務は、特定の人選、限られた人数だけの捜索のようだ。そうでなければ、態々、個別で指令自身が任務を言い渡さないだろう。
グローブは疑念と同時に、今回の任務の機密性の高さを感じるが、それらを全て自分の内心で圧し止める。
どの道、自分は任務を遂行するしかない。むしろ、人探しならば拠点制圧などよりも楽だろう。ツルバキアが言った「一見は気負う必要もない任務」というのも納得が出来る。
「グローブ・アマランス。謹んで任務を受けさせていただきます!」
‡
グローブは機密事項以外の任務の詳細を聞き、任務自体は明日のためそのまま退室した。
その後、武器のメンテナンスや任務先とその付近の地形を調べる。
これは万が一の逃走経路を把握するためだ。それらをギリギリまで頭に叩き込んでからグローブはようやく就寝をした。
翌日、グローブはツルバキアと合流してから、カーディナルに停泊している小型飛 行船に乗り込み、《フェイバー》と呼ばれる少女が居ると予測される現地に赴く。
自分たちを送った小型飛行船が空に消えるのを見送った後、グローブは隣で蹲っていたツルバキアを見る。
「大丈夫か?」
「ごめん、今、話しかけないで――うっ!」
顔を青くし、吐き気を抑えているツルバキアを心配そうにグローブは見つめる。
ツルバキアは感覚が鋭敏に強化された《錬成者》であり、その弊害で乗り物に弱い。搭乗前に《イクシード》製の酔い止めの薬を飲んでいたそうだが効果は今一つだったようだ。
仕方なしにグローブはツルバキアの背中を擦っていると、しばらくして「もう大丈夫」と声をかけられる。
「まったく面倒な体質だ。今日は君だけでよかったけど、他の奴らはこうなった時はいつもからかうからね」
まだ顔を少し青くしながらも、ツルバキアは立ち上がり、自分の得物が入っている縦長のケースを持った。
今回の任務はグローブとツルバキアの二人だけ。
彼らに知らせていないだけで別動隊がいるかも知れないが、現状参加していることを確認できるのは自分たちだけだった。
グローブは自身の得物である、大剣型のL・Aが収納されている黒いケースを背負い、眼前を見下ろす。
グローブたちの前にはコンクリートジャングルの街が広がっており、彼らが居るのはそこから離れた街を一望できる丘だった。
「しかし、これだけ大きな街だと、本当に二人で探すのは一苦労どころじゃないな。特に俺はツルバキアと違って、目が良くないから地道に歩くしかないぞ」
「確かに、僕は肉眼でも望遠鏡並みの視力を持っている。人探しなら、ここからでもできるけど、君はこの街を探索しなければならないね」
ツルバキアは狙撃手に調整された《錬成者》だ。
スコープ越しでなくても、数キロ離れた場所にある本を読めて、感覚が鋭敏なのも、空気の流れを感覚で計算させるために強化されているのだ。
そんな彼なら本職は狙撃であっても、人探しという役目は適任だろう。
ゆえに人選として自分が選ばれる理由は理解できるが、索敵など得意ではないグローブが動員されていることがツルバキアには解せなかった。
「君がこの作戦に動員された理由。直接戦闘行為が発生する可能性を考慮してか、あるいは、お先短い君を出来るだけ使い潰すつもりかな?」
「どちらもありそうで、なんとも言えないな」
ツルバキアの推測にグローブは両肩を竦める。
《イクシード》は決してお優しい組織ではない。敵や裏切り者には当然容赦がなく、働く人間にも多大な労働を強いることなんてよくある話だ。
中には危険と隣り合わせの部署も組織であるが、それでも自ら《イクシード》を脱退するケースは極めて少ない。
そんな事情ゆえ、行く当てがない人間も多くはないが、《イクシード》は働きに見合うだけ報酬がいいのだ。
勿論、報酬を度外視して、仕事自体に生き甲斐を見出している人間も少なくはない。
そして、グローブはその両者であった。
自分で選んだ道でもあり、《イクシード》の活動には現状不満はない。報酬も重要だ。既にグローブは自分だけなら一生遊んで暮らしていける金銭を稼いでいる。
しかし、それでも足りないほどできるだけ多く稼ぐ理由が彼にはあった。
だから何であろうと、自分なりに動くしかない。
「ここで考えても仕方ない。俺は街に入るがツルバキアはどうする?」
「僕はここでしばらく見てから、別の高台に移動することにするよ。ここでの作戦終了時刻は一八時予定。衛星で目標の子が街から離れたことを確認できたら切り上げだけど、一応、一三時には連絡を取り合おうか」
「わかった」
ツルバキアの言葉にグローブが頷く。
《イクシード》は作戦行動のため、数機の軌道衛星を飛ばしている。
大まかな位置であれば衛星だけで事足りるが、このような人混みが激しく、建物が込み合った場所では、衛星よりも人手で捜索したほうが効率いい。
仮に衛星が目標を特定できても、その場にやはり人が向かわなければならないので、どの道人手は必要なのである。
グローブはツルバキアと軽く別れの挨拶をしてから、目的の少女が居るらしい街に赴いた。
‡
グローブがやってきた街はどこかスラム街とオフィス街が入り混じったような風貌をしていた。
ところどころ、薄汚れひび割れている壁や道路、ビニールシートを屋根にしている露店が立ち並ぶ中、妙に小奇麗な建物がチラつく。
激動の資源枯渇時代に入ってから、こういった街は珍しくない。
他国、あるいはテロリストから被害に遭いながらも、何とか立て直し、所々戦火の残滓を残しながら、懸命に復興しようと努力する人々。
ここに行き交う人々の中には癒えない痛みを抱えている者も少なくはないだろうが、それでも彼らは明日のために生きている。
自国の防衛手段が整い、治安も安定する先進国に比べれば決して良い街とは言えないかもしれないが、グローブはこの街を好ましく思う。
少しだけ感傷に浸りながら、気を改めて目標の少女を探した。
あの容姿ならば、一目で分かるだろうが、当然ながら、そんな姿を目撃していない。むしろ、あれだけ容姿が整っていれば、不埒な輩に拉致されても不思議ではない。
嫌な想像をして、苦虫を噛みつぶしたように顔を顰めたグローブは、人が多く行き交う大通りから離れ、人気がない奥へと足を向けた。
ビルとビルとの隙間、高い壁で挟まれた迷路でも歩くように、グローブは奥へ奥へと足を進めた。
暗がりで埃っぽい道、途中何度か襤褸布を纏った浮浪者、あるいは如何にもガラの悪い人間とも擦れ違ったが、目的の少女は見当たらず、更にグローブは奥へと進む。
徐々に僅かばかりの人にすら擦れ違うこともなく、猫一匹すら見かけぬほどの奥まで行ったグローブはそろそろ引き返そうかと思った矢先、その場所に辿りつく。
「池?」
グローブが思わず奔った言葉通り、そこには巨大な池のような水たまりがあった。
周りを廃墟染みたビルに囲まれた、円形状の広い水面は半径二~三キロとグローブは目測する。
その池は何処までも静寂で、水面は周りの建物や空ばかり映し、虚ろな空間を作り出していた。
更に観察すると廃墟染みたビルと池の間には、何かが吹き飛ばされたような瓦礫の山が存在し、街中にしては奇妙なこの場所がなんであるかグローブは理解する。
「爆撃で出来たクレーター。水は衝撃で地下水脈でも掘り当てたんだろうけど」
同時にここに人気がない理由も予測できた。
ここがグローブの予測どおりならば、嘗ては人が多く死んだ場所になる。余程無遠慮な者でなければ、地元の人間は好んで寄りつかないのだろう。
本来は踏み入れるべきでないだろう場所にグローブは足を入れた。
「静かだな。けど、人が死んだ場所はどこもこんなものか……」
瓦礫を超えて、徐々に池を目指しながら、グローブは脳裏に昔の記憶を辿る。
爆撃によって、紅蓮に飲まれた失われた居場所。
あそこも、今ではこんなに静かになっているのだろうか?
炎の熱さも、無数の嘆きも、多く零れ落ちた涙さえ、全てが虚無の彼方に消えてしまったかのように、沈黙だけが続く場所になっているのだろうか?
池の目の前まで到着したグローブは、波打ち立てない水面を見て、故郷を想う。
それは―――酷く寂しい。
「ああ、駄目だな」
少し、目が熱くなった自分に対して自虐する。
命を削るまで調整を受けても、泣き虫は治らない。
できるだけ人前では泣かないようにしている。
しかし、人気が少ないと涙腺も緩んでしまう。
ポチャン。
「ん?」
グローブが感傷で涙する前に、静かだった水面から波紋が生まれる。
魚か? グローブがその場所を目に向けた瞬間――それは現われた。
「ぷはぁ!」
──言葉を失う。
全力で息を吸い込むようにして、少女は水面から抜けだし、全身を晒した。
天からそそぎ込まれる太陽に照らされた髪は白く、先端に近づくにつれて淡い桃色になっており、絡みついていた水滴を光の粒子の如く撒きながら風に靡かせている。
汚れを落とした肌は真珠のように白く透き通るような艶やかさを感じさせ、長い睫毛の奥から覗かせる黄金の瞳は宝石のように輝いていた。両手を広げ、空を掴むかのように腕を伸ばし、大きく呼吸をする。ただの深呼吸だが、それはとても生き物らしい活力がある仕草で、彼女が作り物や幻想の類でないことを証明していた。
嘆きの傷跡、朽ちて誰もいない空間、ただ静寂だけが満たすその場所を、彼女は一瞬で輝かせる。まるで泥水の花の様だ。辛ければ辛いほど、それは眩く魅せる。
美しいと、一目で誰しもが想うであろう。
グローブは先程の惨たる想いは消えさり、目の前の彼女に、心を奪われていた。
「え?」
そこで、ようやく少女は自分以外の存在に気づく。
両者互いに沈黙。再び静寂がその場を満たすと思いきや、少女は瞳を潤ませがら見る見る内に頬を朱に染めあげる。
「あ――」
そこでグローブはようやく気づいた。
少女はなにも身に纏っていない。自分はそんな彼女をマジマジと見ている。
「ふえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん!!」
乙女の悲鳴が、空高く響いた。
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