SECTION-3-同僚


「おっ! いたいた!」


 グローブが医療室から退出してからしばらく歩いていると明るい声が聞こえて来た。

 十代半ば程の女性、金髪は肩にかかるぐらいのセミロング、彼女はグローブの同僚であるアイリス・クレイステラ。彼女もまた《錬成者》の一人である。

 そして、彼女の後ろからもグローブが見知った相手がぞろぞとやって来た。


「おりゃ―――!」


 ドダン! と、何かが爆発した音。


「!?」


 全員がグローブの元に到着する前に、突然、アイリスが彼に向かって突撃してきたのだ。

 先程の爆音は、アイリスの強烈な脚力で床を踏んだときに発生したもの。踏んだ場所は、若干陥没しており、やや焦げ付いているようにも観られる。

 その勢いはまさに発射されたミサイルに匹敵する。比喩ではなく、まさしくそうなのだ。

 咄嗟の所でグローブが体を左に傾けると、アイリスが通り過ぎて、すれ違い際に高スピードで生まれた軽い衝撃波によって僅かにグローブの体がよろめく。

 殺人タックルを行ったアイリスは、軽く舌打ちして、ザザザザと音を鳴らしがら通路へ着地。おそらく、グローブの後ろに誰もいなかったからこそ、彼女は攻撃をしかけたのだろうが、万が一、誰かいた場合、深刻な被害になっていただろう。


「危ないだろ?

 責めるように睨むグローブの視線をアイリスが不満そうに受け止める。


「ひどいなぁ。女の子の熱い抱擁を受け止めべきでしょ、ここは」


「あれはそんな優しいものじゃない。完全に危害を与える気だっただろ?」


「ええ、なんのことか分からないですけど~」


 惚けるアイリスにグローブは額に青筋を浮かべる。


「グローブもアイリスもどっちも悪いわよ」


 鈴の音のような透き通った声が聞こえた。

 そこでようやく、アイリスに続いて残りの者達もやって来たようだ。

 声の主の名はプラン・クリザンテーム。グローブの傭兵仲間の女性であり、アイリスとよく仕事を組む《錬成者》だ。雪のような白い髪に人形のように整った顔、スレンダーな身体。その冷静な様子と凛とした美貌から《雪姫》と称されている。

 ちなみにアイリスにも異名があり、敬意を込めて《爆裂ガール》と揶揄されている。

 当然、なぜそう呼ばれているかは見て分かるだろう。

 もっとも、その容姿や明るさで彼女にもファンが多いのだが。


「プラン、なんで俺とアイリスが同罪なんだよ」


「そうだそうだ。全部悪いのはグロりんだ!」

「アイリスは黙っててくれ」


 疲れた顔でグローブがアイリスに沈黙を求めるが、本人も内心で無駄だと思っていた。

 ちなみに、アイリスという少女は自身や他人を呼ぶ時に、適当な愛称をつけて呼ぶことがある。必ずではなく、その時の気分で変えているようだ。

 そんなアイリスと気だるそうにしているグローブを交互に見て、プランがその綺麗な顔を顰めさせながらそれぞれに文句を告げる。


「グローブはまた私たちに黙って任務をしに行ったこと。アイリスは半分ふざけてながら、制裁のつもりで攻撃を仕掛けたこと。貴女身体スペックは高いのだから、下手したら誰か大怪我させたかもしれない」


「そんなヘマしませんよ~」


「そうね。もし貴女そんなことを起こしたら、それはワザと。余計に質が悪いわ」


「ブーブー! アイちんそんな悪い子じゃないよ。なんかこれだとアイちんだけ悪者みたいじゃんかぁ!」


「先も言ったけど、どっちも悪い。で、グローブ。前に任務するときには一声かけてって言ったわよね?」


 それまでアイリスを咎めていたプランの矛先がグローブへと変った。

 《イクシード》の《錬成者》たちが行う任務には、規則的に非番の者が同行しても良いことになっている。

 これは新人育成や、自主的な信頼関係向上を目論んでのことだが、逆に誰も同行しなくても責められる言われは存在しない。


「ごめん」


 だが、グローブは自分に非が在ることも認めたのか、申し訳なさそうに謝罪した。

 別に他者の任務に同行するのは、参加する人間に別の任務がない限り自由なのだが、プランとアイリス、その後ろに控えている二人はグローブと仲が良く、最近調子が悪いグローブに気遣って、自分達に任務がなければ彼の任務に同行すると前々から言っていたのだ。

 これは完全な厚意。四人は以前からグローブに何度も助けて貰っていた。そもそもこの集まりはグローブが中心になって集ったと言っても過言ではない。

 だが、今度は自分達が力になりたいと思っていた矢先、その厚意を無下にされたら納得できないものがある。

 その気持ちを理解しているのか、グローブは殊勝な態度で顔を濁していたが、プランは不満そうに眼を細める。


「声かけるくらい余裕はあったと思うけど?」


「まぁまぁ、そのくらい―――」


「そう責めるものでもないよ、クリザンテーム」


 周りで一際身体大きい男が宥めよとする前に、横から小柄な少年が冷静な物腰でプラムに指摘した。


「僕等がグローブの任務に同行するのは、正直言うなら自分勝手な行為であり、グローブは僕等を誘う義務はないのだから」

 

 彼の名はツルバキア・ゲインシュテット。グローブ達の間柄の中では最年少で、彼もまた《錬成者》である。細いスタイルに、黒い髪。幼さが残る線の細い顔。意見大人しい印象を受けるが、ツルバキアという少年は言う時はかなり言う。


「クリザンテームの気持ちも理解できる。だが、グローブの気持ちも少しは考えてくれ。僕達、《錬成者》の任務が気軽なものじゃない。遊びに行くような感覚で簡単に同行を頼めるわけでもないだろ? それとも君は、グローブが仲間の命を軽んじるような図々しい人間だと思っているのかい?」


「誰もそこまでは―――」


「言ってないだろうが、言っているようなものだよ。グローブに僕達の任務同行を強要させることはつまりそう言うことだろ? そうでないなら、仲間の命を大切に思う彼に対して、逆に負担を強いる本末転倒の結果だよ」


「・・・・・・・・・・・・」


 そこまで言うと等々、プラムは黙ってしまった。だが、その瞳に宿る感情は変わらず、氷のような冷やかさでツルバキアを睨んでいる。


「おいおい、二人ともそこまでに―――」


「スト――ップ! ここで喧嘩しても意味ないとアイちんは思うよ!」


 険悪な雰囲気の中、大柄な男が何かを言う前に、アイリスがプラムとツルバキアの間に入り、どこぞの審判の如く、両手をクロスさせて、手の平をそれぞれの顔の前に向ける。


「というか、というか。事の発端はやっぱりグロりんが勝手に任務行ったことだと思うんだよね。二人がグロりんのせいで争ったのもソレだ。やぁ、モテモテだねグロりん!」


「これはモテるとは違うと思うけど―――」


 若干呆れ顔のグローブを無視して、アイリスは右手の人差し指を高らかに上げる。


「よって、裁判官であるアイちんはグロりんに皆のご飯を奢る刑に処する! ついでにプラムとツルばんは互いに言い過ぎた事を謝る! それで問題完全解決!」


 そう宣言したアイリスはやり切ったような満足げな顔を浮かべた。一瞬、その場が静寂すると、グローブが諦めたように溜息を吐く。


「それで気が済むなら俺は良いよ。プラムとツルバキアもそれで良い?」


 訊ねてくるグローブに対し、プラムは少し疲れた顔で、ツバルキアは変わらず涼しい顔で返答する。


「アイリスの言うとおり、これ以上言い争っても変らないし私は構わない。それと、言い過ぎて、ごめんなさい」


「僕も問題ない。でも、グローブはプラムにはきっちりと謝罪すべきだ。彼女が言い過ぎてしまうくらい君を心配したのは事実なのだからね」


「そうだな・・・・・・。プラム、本当にごめん」


「べ、別にもう本当に今回は良い。それと、ツルバキアも悪かったわ」


 少し頬を染めながらプラムはグローブから視線を逸らし、ツバルキアに謝る。


「君が僕に謝る必要もないが、僕自身に非があったのは認めるよ。さっきは言いすぎた、悪ったね」


「よしよし、仲良くできたとこで、食堂にレッツゴー☆」


 そうやってアイリスが先導で四人が食堂に向かおうとしたが。


「おいおい、俺を無視するなんて酷くね!?」


 その叫び声を聴いて振り向いたグローブが驚いたように目を丸くした。


「モモヤ、いたんだ」


「さっきからいたぞ! ガチで気づかなかったんかい!?」


 大柄の男、モモヤ・サダハルは信じられないように愕然とする。

 彼もまた《錬成者》であり、グローブ達と親しい間柄なのだが、仲間の間で扱いが酷い。


「いや、誰かアイリスとツルバキアの後ろにいるなとは思ったけど、モモヤとは本当に気づかなかった。ごめん」


「あっ! モモいたんだ。分からなかったよ」


「本当に、デカイのに存在感ないね」


 申し訳なさそうにするグローブに対して、アイリスとツルバキアは白々しい素振りで言ってのけ、プラムは哀憫の眼差しをモモヤに向けている。


「なにその扱い! さっき皆で一緒にグローブの迎えに行こうって言ったじゃねえか! いるのは当たり前だろ!」


「え? モモ、誘ったっけ?」


「なに、アイリスは意外そうな顔してんだよ!? 大勢で出迎えてもグローブが嫌がるだろと渋ってた俺を無理やり連れてきたのはお前だろ!」


「そんなこと言って。本当はモモもグローブに逢いたかったんでしょ?」


 そうやって面白そうに訊ねるアイリスにモモヤは両腕を組んでから、難しい顔をする。


「そりゃあ、俺だって最近調子悪そうなグローブが心配だし、ちょっくら顔ぐらい見たいとは思ってたけど――」


「え? もしかして、モモってそっちの人?」


 冷や水をかけられたようにアイリスが急に真顔になる。その様子にモモヤが首を傾げる。


「そ、そっち?」


「ごめん、私気づかなかったよ。まぁ、恋愛は個人の自由だと思うよ」


「おいおい、何言ってんだよ、このアンポンタン! なんか変な誤解してないか!?」


「誤解? ほうほう、誤解と。ではでは、モモはグローブのこと好き?」


「へ? そりゃあ好きに決まってんだろ」


「グローブ逃げて! お尻狙われてるよぉぉぉおお!」


「なに言ってんだコイツ!?」


「なぁ、そろそろモモヤをからかうのは止めにして――」


 その光景を見かねたグローブが助け舟を出そうとしたのだが。


「そんなこと言ったらグローブと一緒に風呂も入れないし、一緒の部屋で寝れねえし、遊ぶこともできないじゃねぇか! そんなん嫌だぁあ! まともな友人がいなくなる!」


 モモヤは自ら墓穴を掘る発言をしたことで、グローブの顔は引きつり、何故かプラムはグローブを庇うように前に出る。

 モモヤという男性は同性愛好者ではないのだが、このような失言や失態などをかなりの頻度で繰り返す。それが弄ばれる原因の一つなのだが、モモヤは懲りずに今日も馬鹿な発言をした。しかも、割と純粋な行動なため救うことも難しい。

 なまじ本気とも取れる言葉に、アイリスの眼が獲物の隙を見つけた鷹の如く光る。


「クロはとれた! あとはこれ以上被害者が増える前に警戒勧告をカーディナル中にせねばなりませんな」


「へッ! 何が警戒勧告だ!」


「おや?」


 やられてばかりが気に入らなくなったモモヤは強気な言葉をアイリスに言い放つ。


「そうやって俺をおちょくっても無駄だぞ。お前が変な噂を流そうが、どうせまた俺達が馬鹿騒ぎをしているだけだって聴き流されるのがオチだ」


「ほうほう、それはアイちんへの挑戦状と見做してよろしいですかな?」


「おう、いいぜ! 好きなだけ無駄な噂話を広めて、てめぇの信用を落とすがいい」


 にやりと笑うモモヤに対し、アイリスは愉快そうにくすりと笑う。


「ふむふむ、モモがそう言うなら冗談だったんだけど、本当に警戒勧告を出しましょう。後で泣いて許してくださいと言っても知らないよ~」


 アイリスはそう言い残すと直ぐに多くの人が集まる広場まで通路を走っていった。

 その後ろ姿を見て、モモヤは鼻で笑う。


「行きやがったよ。まぁ、どうせ無視されるだろうからいいけどよ」


「本当に良いのかい?」


 自身満々で踏ん反り返るモモヤにツルバキアが声をかけた。


「確かにクレイステラは冗談をよく言い回るけど、彼女はこのガーディナルの中ではそれなりに人気がある。クレイステラが言う冗談も、周りの人達は明らかに嘘だと分かってるものは、冗談話として笑いながら聴き流しているよ。

 でも、少しでも真実味が帯びている話ならば、普段とは違ってその話を信じる人も少なくないと思うね」


「マジかよ」


「更に君は違うだろうけど、本当に同姓愛の人間はいるんだ。噂を真に受けたその人たちが、君に言い寄って来る、とも有り得るね。君は否定しても、相手は照れ隠しだと思い盛り上がったあげく、思わず貞操を奪っちゃうかもしれない」


「アッ――――! アイリスさん、待ってください!」


 顔を真っ青にしながらモモヤは尻を抑えてアイリスの後を追った。その後ろ姿を、けしかけた本人はやれやれと呆れながら息を吐く。


「だから君はからかわれるんだよ。ねぇ、クリザンテーム。悪いけど二人を追って事態を収拾してくれない?」


「なんで私が」


「僕だと火に油を注ぐだけだしね」


「自覚あるならしないで・・・・・・」


「冷静かつ容赦ない君が本気出せば二人も沈黙するでしょ? 僕は後から任務で疲れてるグローブとゆっくり行くから」


「だから、なんで私が貴方たちの不始末を片づけないといけないの?」


「別に君がグローブと二人っきりになりたいなら、僕は更なる混乱を撒き散らすため二人を追うけど?」


「迷惑だからやめなさい! ああ、もういいわ。私が行けばいいんでしょ、まったく・・・・・・」


 これ以上言っても無駄だと悟ったプラムは観念する。


「なら、広場で二人を止めとくから、貴方たちは後から来なさい。寄り道したら許さないわよ」


 プラムは忠告を残し、迷惑そうな顔で二人の後を追った。

 完全に二人きりになったことを確認すると、「で?」とツルバキアがグローブに訊ねる。


「診察の結果どうだった?」


 その言葉を聞いたグローブは、ぎょっとしてから慌てて周囲を見渡す。その様子にツルバキアはやれやれと溜息をした。


「周りに誰もいないよ。僕にもそれぐらいのデリカシーあるさ」


「三人を態々追いやったのはワザとか?」


「ワザと半分、趣味半分だね」


「まったく厄介だな、相変わらず・・・・・・」


 グローブは呆れながら苦笑する。

 彼は自分の身体の問題を誰にも打ち明けるつもりはなかった。

 しかし、《錬成者》たちの中でも感覚が鋭敏なツルバキアはグローブの身体異常を直ぐに見破ったのだ。

 これが別の誰かなら更なる問題に発展しただろうが、ツルバキアはこの事実を他の誰かに教えることなく、グローブと秘密を共有する。

 ツルバキアは他の皆がグローブをどう想っているかは知っていた。

 隠されたら哀しむだろうし、それが手遅れなら嘆くだろう。ボロボロの身体で尚も戦おうとする彼を必死に止めるだろう。

 だが、ツルバキアはそれをしなかった。別に彼はグローブのことをなんとも思っていないわけではない。

 ただ、自分の気持ちよりも、命が僅かな友の気持ちを優先しただけだった。


「このまま戦えば、余命一カ月って言われたよ」


「大分減ったね。このままではなんてことない任務で戦死するほうが速いかも」


 坦々と言うツルバキア。今更、嘆いたところでなにも変りはしないので、彼はありのままの事実だけを受け止める。

 平然とするツルバキアにグローブは内心安堵しながら軽口で返す。


「なんなら次の任務辺りでもやばいかもな」


「ああ、それはない」


 ツルバキアは断言した。


「君がする任務は僕も参加するからね」


「む、そうなのか?」


「まだ内容を知らないのかい?」


「ああ。あとでバーグラス指令官の所に行くさ」


「そうかい。まぁ、一見は気負う必要もない任務だから心配しなくていい」


「一言余計なモノが混じってるのは気のせいじゃないな?」


 『一見』という単語に慰ぶしむグローブに対し、ツルバキアは態度を変えず返答する。


「どんな任務であろうと変らないさ。君の背中は僕が守る」


 そんな意外な言葉を聞いてグローブは眼を丸くする。言った本人は、当然のことを告げるように言った。


「君には一回でも多く馬鹿騒ぎに付き合って貰う。それが僕等を助けた君の責任だ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る