SECTION-2-イクシード


 《錬成者トライド》。

 個人による武力制圧を可能とするため、最低限のリスクで最大限の結果を得られる。

 その存在は瞬く間に世界中に広がったが、《錬成者》には問題がある。

 《錬成者》精製するにはそれ相応の技術、設備が必要。また、精製に見合った人材確保も重要。元々のスペックが高いほど上質な《錬成者》が精製される。

 結果として、《錬成者》は限られた大国と組織だけが生み出すことができる産物となった。

 仮に《錬成者》を精製できても、組織の規模、技術力によって、その性能に差が生まれる。

 実際、同じ《錬成者》であったとしても、塵芥ほど存在するテロリストによって生み出された《錬成者》と、錬成者戦なども考慮され、これまで幾度も戦果を上げている《錬成者》のグローブでは実力が違いすぎた。

 しかし、他にも《錬成者》には問題があった。

 それは無理を超えた人体改造は肉体に様々な害を生み出すことだ。よって志願者や強制徴収以外方法で人材確保することの困難を高める。

 現在では用途に応じて《錬成者》を調整し、ギリギリで日常生活を可能できるようになっているが、スペックを追究すれば、その分、人体に負荷は過大し《錬成者》たちには様々な弊害が生まれることになる。

 

 その事を知り、《錬成者》の在り方を否定した民衆の声は多い。

 

 だが、今更、《錬成者》を世界から消すことは不可能に近い。

 実際、《錬成者》の登場によって無意味な消費が減少された。仮に多くの政府が《錬成者》を禁じた場合、それを破ったものが更なる脅威を撒き散らすことになる。

 大きな力を持つ国、団体ほど《錬成者》を常備している。その活動は最低限に抑えている。

 抑えれば抑えるほど自分の手の届かない場所、見えない場所が被害に曝される。

 

 それによって生まれたのが《イクシード》。

 

 《錬成者》を大量に保有している私設武装組織。

 大国が《錬成者》の大量保持、または運用をすればするほど、《錬成者》という存在が非人道的、また自然に反する行為などという民衆の反感を極力避けるために、どの国にも属していないこの組織が《錬成者》でしか対応できない紛争鎮圧やテロ行為の阻止を行うことが活動目的。

 名目上、正体不明の傭兵部隊や謎の武装集団などとなっているが、その誕生に各国の連合が関わっていると噂されている。

 あくまで噂であり、《イクシード》に所属する末端構成員はその誕生を知らない。

 また、《錬成者》を戦場へ派遣する以外にも、《錬成者》専用の武器L・Aの開発、《錬成者》の研究他、一般市民レベルからの依頼や、食品開発など様々な分野の商業にも手を広げていた。

 組織構成は人種多様で、無国籍の者も多く在籍している。あくまで、国や団体などに属さない、個人が運用する組織として存在しているのだ。

 《錬成者》が満足に確保できない小国にとっては、大国に匹敵する武力を持つ《イクシード》を良く思わない国も少なくないが、逆にその存在によって自国の治安が守られ、救われた国も少なくはない。

 必要悪。今では《イクシード》の活動も《錬成者》同様に現在の世界にとって、なくてはならない存在になっていた。

 その《イクシード》には様々な拠点がある。

 世界中で活動していく上で数多くの拠点は必要であり、小規模のものは徐々に増やし、大規模な拠点は更なる設備増強と多くの作戦を行っていた。

 

 《イクシード》が保有する拠点の一つ、《空中移動要塞カーディナル》。


 下は白い雲、周りは青い空ばかりの場所にある、その巨大な黒色の物体は見ているだけで重々しく、浮かんでいること自体が不思議に感じるだろう。

 全体が松ぼっくりの様な形のガーディナルは空中を移動しながら各地に《錬成者》や《イクシード》の構成員を投下、回収を行っている。

 要塞内には様々な施設が設けられており、移動用の小型飛行船や強襲兵器が着艦されている格納庫。《錬成者》が扱うL・Aの整備室。作戦会議室。構成員のための生活スペースに娯楽施設。

 そして、構成員の体調を管理する医療施設。構成員には《錬成者》も含まれる。


「また無茶しやがったな、アマランス」


 医療施設の中にある治療室の一つ。そこには任務から帰還したグローブ・アマランスが丸椅子に座っており、対面に座る白衣を着た中年の男が彼を睨んでいた。


「レポートを見る限り、空中での大スイングが一番の原因だな。筋肉繊維が何本か千切れて、再生された後がある。ちなみに脱臼はいまも継続中っと」


「随分と脆くなりましたね」


「なに人ごとみてぇに言っている。自分の身体のことだろうがボケ」


 そう言いながら男は手に持っていたカルテでグローブの頭を叩く。

 《錬成者》であるグローブにはこの程度痛くも痒くもないのだが、その顔は不満そうに歪ませていた。

 そんなグローブの反応など無視して、白衣の男、スギ・ノジマは丸椅子をくるりと反転して、傍に設置されたデスクの上にある紙束を捲る。


「他にも目立たないだけで損傷が激しい。報告を見ると、ランクD相当の《錬成者》の直撃を受けたそうだな」


 《錬成者》には性能の目安としてランク付けがある。

 下からE、D、C、B、A、Sと上がっていき、Sランクレベルであれは国一つを単体で殲滅可能なに性能を持つらしい。

 グローブ・アマランスの《錬成者》ランクはA。

 最高位のSに次ぐランクだけに、単体の戦力では破格レベルの性能を持つ。中には単体で都市一つを壊滅できる能力の者も存在するのだ。

 そして、報告であったとおり、推定であるが、グローブが交戦した《錬成者》たちのランクはD。それだけの性能差がある。

 しかし――。


「不意を狙われた、と書いてあるが、ランクAのお前がたかがDレベルの狙撃に反応できないわけねぇ。眼球の状態も以前と比べて悪い。時折、見えなくなる時あるじゃなねえか?」


「…………」


 グローブはなにも答えない。事実であるように無言の肯定を示す。

 《錬成者》は人間兵器と呼称させるレベルまで身体能力などを高める。

 その過度な人体改造は当然、肉体に様々な害を生み出すことになった。

 弊害は様々だ。スーパーコンピューター並みの計算速度をするために、脳内へ大量の薬物を投与した結果、時折幻覚を見る。異常なアドレナリン摂取で常に獣のような興奮状態になる。痛覚を遮断させるために神経を弄った結果五感に異常を生む。

 このような理由で志願者や強制徴収以外方法で人材確保することが極めて困難であり、また素養がなければ同じ人体改造を施してもスペックに差ができるのだ。一般的に《錬成者》が嫌悪対象であるのも、これが一つの理由であろう。

 現在では用途に応じて《錬成者》を調整し、相手によればデミリットなしで、日常生活を可能できるように技術も向上している。

 だが、性能を追究すれば、その分人体に害は増えて、《錬成者》は強さを引き換えに過酷な運命を背負うことになることが《錬成者》に成る者の必然だった。

 グローブもまたその一人である。


「余命数カ月とか言ったが、この分じゃ一カ月、下手したら一週間、最悪明日死んでも不思議じゃねえ」


 グローブが単体で都市を殲滅できる一歩手前までの性能を手に入れた代償、それは彼の寿命であった。

 グローブは全体的に身体能力を向上させている。通常の人間は本来の能力の三割ほどしか普段は出していない。それをグローブは身体能力を向上させた上で、百%の能力を出し切っていた。

 結果、彼の体は磨耗することになる。人間が普段三割ほどの能力しか出せないのは本能的に肉体の負担を無くすためである。そのブレーキを壊し、更に改造を施し、常に限界まで酷使すれば自壊するのも無理はない。

 こうなることをグローブは分かっていた。理解した上で《錬成者》となった。

 なにも《錬成者》になるだけなら、そこまでの犠牲は要らない。

 未発達であった昔ならばともかく、現在の技術で平均的な性能の《錬成者》を持つならノーデミリットで力を得ることも可能だ。

 無論、それにはそれで相応の技術が必要であるが、グローブが所属する《イクシード》は大国に匹敵する《錬成者》関連の技術を持っているのだ。

 だが、グローブは更なる力を求めた。どんな苦境も覆すほどの力を求めた。

 この身がどうなろうとかまわない。ただ強くなりたいと渇望した。

 

 今でもグローブが思い出すのは、あの時の光景。

 自分達を助けてくれた緋色の雄姿。

 あの姿に憧れて今まで駆けてきた。


「そうなったら、それまでです。こうなる事は分かっていたし、覚悟もしてます」


 その結末が若くして死ぬことであっても、グローブは構わなかった。それが自分で選んで生みだした運命なのだ。

 そんなグローブにスギは再び手に持っていたカルテで彼の頭を叩く。


「っ、なにをするんですか?」


 今度は舌打ちをして相手を睨む。

 痛くはないが、不用意に攻撃されるのが好きな訳でも、気にしない訳でもない。


「その台詞、てめぇのダチ公の前で言えんのか?」


「言う訳がないでしょう」


「だろうよ。アイツら、今のてめぇの状態を知ればてめぇを袋叩きにしてから、二度と動けねぇように縛り上げんだろうなぁ」


 その言葉で想像したのか、グローブの頬に冷や汗を流がし、その顔を曇らせる。

 グローブの現状を知るのは彼の主治医であるスギと一部の上層部のみ。スギがダチ公と呼んだグローブの同僚は彼の現状を知らない。

 《錬成者》に関することは秘密事項であり、その性能や弱点などは口外禁止となっている。

 無論、規律を破り《錬成者》同士が互いの事を教え合うことや、作戦のために参加する《錬成者》の性能を把握することはあるが、基本的に《錬成者》の情報は隠蔽するものだ。

 ゆえにグローブの現状を他の同僚は知らない。それどころか、グローブは家族と呼べる者達にすら話していないのだ。


「心配かけたくない、か。胸糞悪い言葉だせ。そうやっててめぇのことを大事に思ってる奴らをてめぇが既に傷つけているじゃねぇか」


「人はいずれ死にます。俺はそれが速かっただけ。もしも俺の事で泣くなら、俺が死んだ時だけで十分です。今は必要じゃない」


「はっ! そうですかよ」


 スギは吐き捨てるようにぼやくと、手に持っていたカルテをデスクに放り投げて、かわりに一枚の紙が挿んでいるバインダーをグローブに渡す。


「そんな自分勝手な野郎に新たな任務だとよ。上の連中もどうやら、お前を早く殺してみてえだな」

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