SECTION-1-錬成者


 巨大なビルの中。その上層部。

 薄暗く、何かの工場のような空間。鋼の床を踏みつけて、青年、グローブ・アマランスは真っ直ぐと駆け出した。


「撃って!」


 喉太い掛け声と大量のマズルフラッシュと共に、数丁のサブマシンガンから雨のように鉛玉が飛び出す。

 たった一人の男に対して、数人の兵士が十分な距離を保ち、秒速三〇〇メートルを超え、毎分四〇〇〇発発射する銃弾。鋼の雨を真面に浴びせられれば、一人の人間など一瞬の内で蜂の巣、それすら生ぬるい肉片と化す。

 

 だが、それは相手が常人であればの話だ。

 

 グローブは向かってくる銃弾全てを認識し、怖れなく真っ向から迎え討った。

 手に握るのは黒い両刃の大剣。

 柄の部分がモーターのようなものが組み込まれており、機械じみたフォルムから、ただの鉄塊でないことは容易に想像できるだろう。

 グローブの容姿は赤髪に黒い瞳、目と同色である黒のジャケットとズボンにブーツという黒だらけの格好。肌は白く、顔もまだ若い。長身であるが細身で、自分の身長に近い黒い大剣を振り回すことは、それだけの情報なら心許無いと感じる。ましてや、剣で近代兵器である銃を相手にすること自体が無謀であろう。

 しかし、無謀はどちらであったか、誰もがその瞬間に知る事になる。


 グローブは自分に向かってくる銃弾をその得物で簡単に薙ぎ払った。

 

 一度ではなく、連続。巨大な刀身はまるで質量など存在しないかのように縦横無尽に向かってくる銃弾を次々と金属音を奏でながら弾いていく。

 圧倒的に優位であったはずの兵士たちはその光景に驚愕した時、既にグローブは彼らの眼前にいた。

 横に一閃。それだけで兵士たちは叫び声と共に地面へと吹き飛んだ。何も斬られたショックで転んだわけではない。

 グローブが放った斬撃の威力が凄まじく、衝撃によって兵士たちは投げ捨てられたゴミのように吹き飛ぶ。細身でありながらも、服の上から引き締まった筋肉がついていると分かるが、それでも簡単に複数の人間を吹き飛ばすほどの膂力があるとは思えない。

 コロン、とグローブの足元に何かが転がった。

 ゴッ! と、凄まじい衝撃波が広がる。

 手榴弾。有効殺傷範囲は半径二〇メートル。吹き飛んだ味方諸共葬ることも厭わず、容赦なく敵であるグローブに投げ込んだのだ。

 誰が投げたのか説明までもない。敵対する兵士たちにとってグローブは淘汰すべき侵入者。敵ならば情け容赦は無用。


 むしろ、彼の正体を解っているため、形振り構わない全力で相手をしなければ、狩勝てないのだ。


 捲き上がった煙の向こう側に、悠然と立っているグローブの姿。ある者は驚愕し、ある者は恐怖し、そして、またある者は畏怖と怨念を込めて吼える。


「この《錬成者トライド》めが!」


 現在、人類は限られた化石燃料や自然発電の設備を維持する為に、多くの戦争を繰り返していた。

 だが、度重なる戦争により、戦火によって資源を奪うために自らの資源を費やした結果、奪うはずだった資源も失われるという本末転倒な展開を繰り返している。

 なにより大量の人命が失われた。血は血によって粛清され、混沌に乗じた犯罪で益々世界は苛烈さを増す。

 戦争で活躍する《ÜG》の存在もあり、数十年前に比べ、世界人口六割が戦火によって消失するまでに到った。

 この資源競争の時代。打開策として生まれたのが《錬成者》である。

 一人の人間をありとあらゆる方法で人体改造を施し、単体の兵器として運用する。

 一度限りのミサイルとは違い何度も運用でき、戦闘機のような大型兵器と違いメンテナンスコストも抑えられる。

 なにより人という矮小さを活かし、最低限の被害のみで目標を鎮圧できることが大きなメリットになった。

 その性能によってはそれまで戦場に君臨していた《ÜG》や大型戦艦に届く力を持ち、誕生してから現在まで目まぐるしいまでの戦果を上げている。

 最低限のリスクで最大限の結果を得られる《錬成者》の存在は瞬く間に世界中に広がった。個人の力によって戦況は激変し、テロリストは駆逐され、大量殺戮兵器とは違い無用な命の消費がなくなった。

 尤も、《錬成者》を生み出すには、相応の設備が必要であり、元なる人材が必要だ。結果として、《錬成者》は限られた大国と組織だけが生み出すことができる産物となる。

 グローブ・アマランスもまた自ら《錬成者》という世の〝生贄〟になった存在だ。

 

 グローブが所属するのはどの国にも属さない《イクシード》という武装集団。

 

 独立した資産運用によって、グローブを含めた《錬成者》を大量に保持し、その《錬成者》たちを使い、様々な企業、あるいは国家からの依頼を請け負っている。

簡単にいえば傭兵会社紛いのことをしている組織だ。

 今回、グローブが担当する任務の内容は、現在交戦しているテロリストの壊滅。


「ちくしょう! リベリアに《錬成者》がいるなんて聞いてないぞ!」


 テロ組織の一人が吐き捨てるように唸る。

 彼らの目的はリベリアという小国の制圧、資源独占。貧困の中、私欲を満たす上層部に代わり、自分たちが資源を管理するという名目だが、ようは独り占めしたいだけなのだ。

 小国であれば、多少の軍備はあれど、他国から最新鋭の武器の調達、必要な人材を揃えれば目的を達成することも簡単だ。国は更なる混沌に転がり、資源は更に枯渇するが、実行した自分たちだけは満足できるだけの利益は得られる。そのはずだった。

 だが、それもたった一人の《錬成者》によって無駄になる。

 そんなことは許されるはずがない。

 残虐非道と罵られることは知った上で為そうとした。それが突然現われた相手に叩きつぶされるだけのテロ集団ではなかった。

 逃げ出すテロ集団を追うように、通路を駆けるグローブだったが、次の瞬間、何かに気づいたように眉を寄せ、床を蹴り素早く後退した。

 

 ゴン! と、周りが揺れ、振動が響き渡る。

 

 突如として、グローブが通過しようとしていた場所に、一人の大男が現われた。

 スキンヘッドにどこかの軍服から覗かせる体は隆々とした筋肉で構成され、体の大きさはグローブの二倍はありそうだ。

 足元は十センチ以上陥没しており、両手にはグローブと似た様な機械作りの大槌。大男は肉食の獣のような眼光をグローブに向けて、獰猛に口を端に寄せた。その間に先程グローブと交戦していた兵士達は全員退避したようだ。

 スキンヘッドの男がグローブを睨む。


「散々暴れてくれたが、ここまでだ、優男」

「《錬成者》か・・・・・・」


 グローブの静かな呟き、大男は目を大きく見開いた。


「御名答!」


 《錬成者》はなにも大国だけの特権ではない。

 こういったテロリストたちも、金や時間さえあれば、《錬成者》を手に入れることも可能なのだ。

 次の瞬間、まるで雷が落ちた様な衝撃が辺りに伝わった。

 ドウ! と、大男が握っていた大槌の片側が、ジェット噴射のように燃え上がり、大槌全体が震え上る。

 凄まじい振動だと、傍から見ても分かるほどだが、大男はなにも感じてないかのように握り締め、点火されたジェット噴射の勢いと共に、大槌をグローブ目掛けて叩きつけのだ。

 グローブは跳躍で大男の頭上に回避しており、彼が先程までいた場所は、爆弾が弾けた跡のように小さなクレーターが出来ていた。グローブがあのままそこにいれば、その体は跡形もなく消し飛んでいたと想像しても不思議ではない。

 グローブは、まったく一切の焦りも浮かべず、空中で態勢を立て直そうとし、不意に現われた人影に体を吹き飛ばされた。

 グローブは壁に叩きつけられ、現われた人影は反動でもあったかのように反対側へ大きく飛ぶ。


「おまけえぇ!」


 更にグローブが叩きつけられた壁へと、少し離れていた場所に隠れていた猿のような顔の小柄な男が、口径は自分の体の半分、全体は自分の体以上はある巨大なライフルを向けて、躊躇わず引き金を引いた。

 閃光が迸る。

 気づけば、クローブがいた壁に円状の空洞が生まれ、風を切る凄まじい音と鉄を焦がす熱を感じた。

 男の得物は《Traid Exclusive Srategic Limit Break Arm》、略称、L・A。

 基準値に達した《錬成者》は先程のグローブが行ったように通常兵器が放つ銃弾を見切り、中には鋼鉄の刃を通さない筋肉と肌を持つため、通常の武装は使用対処共に《錬成者》では玩具以下の代物になり下がる。

 よって《錬成者》のために開発された特別な武装がL・Aである。

 秒速七千メートル、音速を遥かに超える超弾速のレールガン。

 第一世代型L・Aライジングオーバー。通常の人間はその重量で持つ事も叶わず、仮に引き金を引けば発砲の衝撃で体の一部が欠損するだろう。

 また大男が持っている大槌もL・Aだ。熱燃料で加速されたハンマーは戦車の装甲すら打ち砕く、第一世代型L・Aシールドブレイカー。

 その大槌を持った大男は責めるように、さきほどグローブを撃った男を睨む。


「弾の無駄遣いだ。俺達二人でもやれた」


「確実にさっさとやったほうが早いだろ? その方が被害も少なくなるだろうしよ」


「それでも本番前に消費は抑えるべきだ。特にお前のそれは、一発でどれだけの金が掛かると思っているんだ?」


 彼らはテロ組織が準備した《錬成者》である。

 大国や大きな組織に所属しているわけではないので、無尽蔵のように弾の消費は避けたい。《錬成者》が持つ、L・Aの第一世代は、従来の大型兵器を小型化したものがほとんどで、製作に必要な技術面が高い代わりに、コスト面が低い。

 それでも、貧困に苛まれる小国を襲うような集団には高い出費で、何度も運用すれば、最悪赤字になることだって有り得る。


「それでも万が一、二人のどっちがおっちんだら、そのほうが面倒だろうが」


「だから俺達だけでやれたと、くっそ。お前もなにか言え────」


 奇襲をしかけて遠くに移動したもう一人に声をかけようとしたが、違和感がした。

 薄暗い空間の中でも、《錬成者》の視力を持ってすれば、遥か後方に離れた相手でもはっきりと視認できる。

 先程、奇襲を仕掛けた味方である《錬成者》が、通路に這い蹲って全く動いてはいない。

 警戒と臨戦態勢を整えようとした時には、大男は自分の頭上を何かが過った気配を感じた。


「ぎゃああああああああ!」


 断末魔は先程会話していた猿顔の男のものだった。

 慌てて大男がふり向くと、そこには涼しい顔で佇んでいる先程自分たちが倒したと思っていた青年、グローブがいた。


「て、てめぇ!」


「これぐらいの攻撃すら対応できない《錬成者》とはね」


 涼しい顔で初めて、グローブはこの場で口を開いた。


「失敗作か、ただ《錬成者》用の射撃L・Aを撃つだけに調整されただけなのか。これなら俺を壁まで持っていった奴のほうが、まだ《錬成者》としてはやれるかな?」


 その《錬成者》も、グローブが吹き飛ぶ際に、反撃として片手で放った大剣の、まるで大砲のような刺突の一撃で絶命し、その体は反対側に吹き飛ばされたのだった。


「アンタはどうだ?」

「この、くそががああああああ!」


 大男はシールドブレイカーに内蔵されたジェットエンジンを点火さし、再びグローブへ叩きつけようとする。

 轟音が鳴り、グローブの体は僅かに沈む。

 グローブは先程までようにかわすのではなく、大剣を盾のように平たくし、片手を刀身に添えて、戦車の装甲すら撃ち砕く鉄槌を難なく受け止めたのだ。

 足元は衝撃によって少し陥没するものの、グローブの五体自身はなんら影響を与えたようすはなく、驚愕の形相の男を刀身越しに冷ややかに見つめていた。


「何を驚いている? 二回見て、これくらいの威力なら回避する必要もないと判断しただけだ。

 それとも何か? 強化改造された自分は最強なんて夢でも見ていたのか?」


「なめるなぁああ!」


 無理やり振り抜くようにして、大男はシールドブレイカーをグローブの剣から離し、追撃するように、軌道を変えてグローブを襲う。

 これは発射されたミサイルの軌道を無理やり変えることと同義だが、《錬成者》の筋肉は断絶することはなく、獲物に食らいつく獣の如く敵を襲う。

 再び、金属音の激音。グローブは再びその手に持った大剣で見事捌いた。

 大男は先程のように驚愕する間もなく、連続して紅蓮を吹く鉄槌を振るうが、返ってくる結果はただ重なる金属音のみ。大男の壮絶な猛攻も、グローブにとっては驚くに値しない出来事でしかない。

 数十合ばかり、お互いの武器をぶつける合間、グローブが大男の隙を突くようにして一気に前に出た。

 特攻してきたグローブに対し、大男は近づけさせないように追撃をするが、その鉄槌を掻い潜り、グローブは走り抜けるようにして、大男の胴体を狙って凪ぐ。

 再び金属音が重なる音。それだけ先程と変わらないが、奇妙な事に武器と武器の激突ではなく、巨大な刃が人体を斬った時に奏でた音。

 否、斬ったというには、大男の胴体は服が破けているだけで、そこから覗く肌は健在で傷一つない。

 距離をとったグローブはその様子に眉を寄せ、大男は余裕を取り戻したかのように笑みを浮かべる。


「俺の肌は一度剥いでから特殊な素材の人工肌を被り、ミサイルすら防ぐことを可能にした! 更に痛感遮断も完璧! 倒すなら耐大型兵器殲滅武装でも持ってきやがれ!」


「ああ、そうする」


 大男の言葉にグローブは短く返答した。


 バッチィィイン! と。


 瞬間、けたたましい炸裂音と共に、薄暗かった通路が青い光に灯された。発光源はグローブが握る大剣からである。

 《錬成者》には通常の武装は意味がない。ゆえにその代わりとなる《錬成者》専用となるL・Aが存在する。ならばこそ、《錬成者》であるグローブがL・Aを所持していることも当然の起立だ。

 だが、青い電気を放ちながら周囲を照らし続ける大剣は先程見せたレールガンや、大男が持つシールドブレイカーよりも、数段上の存在感を放つ。

 それもそのはず。機械とは常に新しい物が開発されている。大男が持つシールドブレイカーは第一世代、グローブの大剣はそれ以上の代物だ。

 大剣の刀身から伸びた青い輝きを放つ電流は、二メートルはある刃となり、ところどろろ稲光のように放電している。輝きと共に感じる熱は凄まじく、あらゆる鋼鉄や大地すら溶断できそうだ。いや事実、できるのだ。

 無論、大男の特殊な肌など、青い電流の刃の前では普通の肌と変わらぬだろう。

 それを悟った大男は苦渋に顔を濁し、眼前に映る脅威を前にして全身から汗を噴きだす、が、恐怖を振り払うようにして「うおおおおお!」、と、雄叫びをあげ、シールドブレイカーのエンジンを最大出力で噴射させる。

 斜め上段、やや鉄槌の先端は後ろに流し、ただ振り落とすだけに特化した構えでグローブに対峙する。乾坤一擲。防御を無視しての一撃で全てを決めるようだ。

 既に男は相手が自分よりも格が上だと悟っている。威勢だけではとても勝てることができない相手。だが、仮にも自分はプロだ。ここで逃げては何のために、普通の人間を捨ててまで《錬成者》になったのか解らなくなる。

 ならば捨て身でも、この一撃に勝負を賭けるしかない。

 大男の意気を察したグローブは静かに相手を見据えた。そこに侮辱や嘲笑といったものは感じられない。

 バチバチと、青い電流の刃を纏う大剣から発せられる放電だけが静寂に響き続ける。

 

 双方の硬直は数分だったか、あるいは一瞬だったか―。

 

 ボン、と破裂する爆発が起きた。紅蓮の炎を灯していたシールドブレイカーのジェットエンジンが突如、爆せた。

 瞬間、大男の体躯が急激に加速により、グローブに向かって突撃する。

 最大出力で点火したシールドブレイカーは自身を担い手ごとミサイルの如く目標へ飛ばしたのだ。

 このとき大男のスピードは音速の領域まで達していた。

 普通の人間であれば、この距離で、迎撃も回避も手遅れだと気づいた時にはその鉄槌によって跡形もなく粉々にされていただろう。

 だが、グローブは秒速七千メートルという音速を遥かに超える超弾速のレールガンの攻撃を凌いだ男だ。たかが音速の速度であれば十分に回避も迎撃もできる。

 しかし、それは大男も承知していた。

 だからこそ、男が狙ったのは渾身の一撃は敵ではなく、敵と自分との間にある床だった。

 ドゴン! と地面が激しく揺らいだ瞬間には彼らの足場はなくなった。彼らがいたのは廃墟とされたビル、そのほぼ最上階に近いフロアだったのだ。

 鋼を打ち砕く一撃は音速まで加速させたことにより数倍の威力を高めて、彼らがいたフロアを倒壊させた。

 グローブは足場がなくなり、無重力になったことにほんの一瞬だけ驚きはしたものの、恐怖は感じない。冷静に対処すれば崩落に巻き込まれて死ぬことなど《錬成者》には有り得ないのだ。

 グローブは空中に投げだされたまま、青い電流の剣を一閃する。

 連続された破砕音が崩落の中、更なる騒音をまき散らす。二メートルはある電流の一閃で、グローブの視界を遮っていた瓦礫は砕け散り、粉塵はその強烈な剣風で残らず吹き散らされた。

 グローブの視界が晴れた、が、その死角を狙うようにしてシールドブレイカーのジェット噴射でこちらに突撃する大男がいた。

 彼の狙いは崩落によって撒き散らされた瓦礫の中に紛れて、足場のない空中でグローブの死角をつくことだ。

 彼は笑みを浮かべていた。幾ら音速を超える弾速に対応できようとも、足場もない空中では満足に動きは取れない。ならば、空中で先手を取れる自分が勝利を掴める。

 グローブの顔は焦りも恐怖の色も感じられない。気が動転して反応を示されないでいるのかと思うと彼は腹から湧きあがってくる衝動を抑えきれなかった。


「はははははあああああああああああああっ!」


 爆笑しながら、大男は一瞬でグローブの眼前に迫り――


 その鉄槌を叩きつけようとして、できなかった。


 自ら制止したわけではない。そんな理由など、どこにも存在しない。

 だが、敵に向かって叩きつけるはずの動きが、まるで痺れたように動けなかった。

 グローブが空中で放った剣戟。

 あれはただ視界を晴らすために瓦礫を薙ぎ払ったわけではなかった。

 本命は自分を狙う相手の動きを奪うこと。青い電流の刃は放電を常に捲き散らせて、周囲の瓦礫を襲い、グローブの死角をとったと思い込んだ男にも被害を与えのだ。

 食らった電撃はダメージらしいダメージを男には与えていない。

 いや、だからこそ、男は驚異的な頑丈さを持つ鋼の肌と痛感も遮断していたため、気づけなかった。放電を受けたことにより彼の筋肉は痺れて硬直してしまったのだ。

 それは本来一瞬の出来事。痺れもいずれは自然になくなる。

 

 この状況下で、その一瞬は致命的かつ決定的だった。

 

 既にグローブは剣を上段に構えていた。

 自分から動く必要はない。なぜなら向こうからやってくるのだから――。

 天から落ちる稲妻の如く、青い電流の刃が振り落とされる。

 その刹那、グローブは相手の顔を一瞬だけ見た。なぜ自分が動けないのか理解できない呆けた表情。それに一切の慈悲も与えずグローブは振り抜く。

 剣の一撃というには馬鹿らしいと思えるほど、その在り様は無残だった。強烈な電撃を纏った刃を受けた男の体、まるで熱されたナイフがバターでも斬るかのように滑らかに両断され、別れた体も放電を直に受けたことにより焼け焦げ炭化した。

 

 ガラガラ、と。瓦礫が降り落ち、激しい倒壊を重ねる。

 

 しかし、度重なる破壊は暫くすると収まった。

 彼らがいたフロアの五階分下のフロアにできた瓦礫によって積まれた山から、這い出るようにしてグローブは姿を現す。

 大男の死体は見当たらない。

 いや残っていたとしても、もはや死体とも呼べぬ代物になっているだろう。

 そこに罪悪感をグローブは持たなかった。

 当然、相手は敵であり、私欲によって混沌を生み出そうとしたテロリストだ。

一切の同情はない。むしろ――あるのは激しい憎悪だけだ。

 それを表すかのように、苛立った眼差しで瓦礫を見下ろした。

 そこでグローブの懐が震えた。それに気づくと青い電流が消えた大剣を瓦礫に突き刺して、懐にある通信機に手を伸ばした。


「こちら、カイム4」


 自分のコードネームを告げて応答するグローブ。

 ちなみにカイムとは『芽』という意味らしいのだが、なぜそのようなコードネームなのかはグローブ自身理解してない。案外余計な情報を外部に洩らさないために、わざと意味のないものにしたのかもしれない。


『こちらバックス5。今のビル半壊により敵勢力は半ば無力化されたようだ』


 後方で支援する味方からの情報にグローブは頷く。

 先程のフロアの崩壊により残っていたテロリストの仲間たちが巻き添えで死亡、あるいは準備していた設備や武器などが無駄になっても不思議ではないだろう。


『これ以上錬成者による単独行動は不要だと判断。事後処理は別動部隊が行うのでカイム4は直ちに帰還を』


「了解」

 

 グローブは命令を聞きいれるとそのまま通信を切った。

 《錬成者》は単独、あるいは小規模の構成によって作戦を遂行し、その後の事後処理を別の部隊が行うのは珍しいことでもない。

《錬成者》は驚異的な戦力を単独で発揮できるが、あくまで単位としては個人。

 無力化された敵残存戦力の捕縛や現場検証などはその他の大勢で行った方が効率良いのである。

 グローブは一度、瓦礫の山を一瞥した後、すぐさまその場を去ろうとした。


「!?」


 彼の視界が歪んだ。

 唐突に襲った眩暈。それも僅か一瞬の出来事。けして負傷したわけではない。

 だが、グローブの体は奮えた。

 凍えるような身体を抱きしめる。全身に汗を吹きだし、必死で湧きあがって来る恐怖を抑える。

 大丈夫だ。まだ、生きている。剣を振るう事もできる。


「・・・・・・まだ、だ。まだ、戦える。戦える限り、生き抜いてみせる」


 念じるように呟いた後、グローブは振り切るように今度こそその場を去った。


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