フルアライブ

貫咲 賢希

PROLOGUE 炎の中で

「なんで、こんなこと・・・・・・」


 気づけば、泣いている少女が目の前にいた。

 身動きがとれない青年は、自分が守ろうとした彼女だと気づき、様子を確認する。

 照らされる赤い炎が迫りくる空間。毛先に向かうにつれて白から淡い桃色となっている可憐な髪は埃と煤でくすみ、白い肌も土塊で汚れていた。

 しかし、目立った怪我らしいものはなかったことに安堵すると、次に疑問が浮かぶ。

 彼女は黄金の瞳を揺らしたまま、とても辛そうな顔でこちらを見ていた。

 外傷もないのに何故そのような顔になるのだろうか? 

 表面的に見当たらないだけで、内臓に損傷を与えてしまっているのか?

 どこか痛いのか?

 そう問おうとして、咽び上がり、赤い血を吐き出してしまった。


「あっ!?」


 更に彼女の顔に悲痛の色が増したとこで、ようやく理解する。

 ああ、どうやら彼女は自分の身を按じているようだ。

 彼女は優しいから。自分のほうが余程危険だというのに、ここに居座って、自分に気を使ってくれている。

 それが堪らなく嬉しかったと同時に、どうしようもない罪の意識を感じた。

 途端、視界が歪み、前がよく見えなくなる。

 これは自業自得だ。自ら選んだ道であり、そこに後悔はない。

 だからこそ、結果として地獄に落ちることになったとしても、誰も恨むことはない。

 ゆえに、誰かを道連れにすることだけは絶対にしたくはなかった。

 それにどの道助かったところで、自分に先はなかったのだから―――。

 

 余命、数か月。それだけの短い時間か生きられない。

 

 たとえ奇跡が起きてこの場から生きながらえた所で、その生は直ぐに枯れ果てることになる。

 最後まで戦えるようにと、その瞬間が訪れるまで万全に動けるよう〝調整〟されているが、それもここまで損傷が激しければ関係ない。

 右腕は動かず、両足も動かない。体中に数え切れないほどの傷や火傷を負っている。血は絶えず流れ続け、今でも命を擦り減らしている。唯一の救いは、感覚があまりないため、苦痛をそこまで感じないことだろうか。

 このまま死ぬことが怖くないかと問われれば、嘘になる。

 まだ、やりたいことはあったし、会いたい人もいる。

 

 死んでしまったら、今もなお、動こうとしない彼女に不幸が降りから……。

 

 そんなことは駄目だと、朦朧とする意識を研ぎ澄ます。

 このまま消えるわけにはいかない。


「!」


 彼女が驚愕したように、目を大きく見開く。

 できるだけ安心させるように表情を崩したつもりだったが、その様子からして失敗だったようだ。

 ならばせめて、おぼつか無い感覚を集中させ、辛うじて動く左腕で脱出口を指差そうとする。首が上手く回らないので、ちゃんと方向を示せたか気がかりだった。

 彼女は何故か呆けた目を細め、自分をじっと見つめる。

 意図を察してくれたかは分からず、ただ、察してほしいと祈るばかりだ。

 どれだけ時間が経ったか知らない。

 ただ一つの間が入れてから、彼女は何かを決意したように頷いた。


「──うん」


 彼女は瞳に涙を溜めながら笑みを浮かべる。

 ああ、なんて美しいのだろう。

 炎の明かりで彩られた煌びやかな微笑みが、あまりにも綺麗で、この体中が温かくような気持ちになるのは、きっと炎の熱や体の損傷ではないだろう。


 ―――よかった。


 最後にこの笑顔が守れたのならば、それだけで自分がしたことは間違いではなかったと誇れる。

 まどろみに誘われるようにその意識が消えようとする。

 青年が最後に胸に抱いたのは、彼自身にとってただの自己満足だった。

 誰かに愚かだと罵られようが、自分は自分らしく在れた。

 だから、胸を張れる。自分の人生を全力で駆けた。ならば落とし所としては丁度良い。

 そうやって、心の奥を満たし、彼、グローブ・アマランスは息を引き取った。

 

  ‡


 十年前――。


 今でも思い出すことができる最も古い記憶も、炎の中だった。

 七歳。自分の意志など何も定まっていない幼い子供の頃、ただ日々を両親や友達と共に過ごしていただけの安穏とした日々。

 

 唐突に起きた。

 

 覚悟なんてしてなかった。耳を壊すような音が聞こえた瞬間、視界が暗闇に包まれ、気づいて眼を開けると、自分は瓦礫の間に挟まっていた。

 幸いなことに、小さな子供の身体だったため、瓦礫の隙間から抜け出すことができ、自分はその光景を目撃する。

 赤い、全てが赤い。

 見慣れた筈の風景は爆風で崩れ去り、自分が先程居た場所が、自分の家だったことにも気づかず、ただ、突然知らない場所に連れてこられたようで呆然としていた。

 夢だと願った。だが、体中にできた擦り傷の痛みと、肌に触れる熱気、口から侵入して来る濁った空気がそれを許さない。

 消沈してきた心から、込み上がるように感情が溢れる。それを声に出して吐き出す時だった。

 

 泣き声を聞こえる。


 今思えば、この泣き声を聞かなければ、先に泣いていたのは自分だっただろう。

 それが自分の知る人間のものをだと知った時、安心したと同時に、声の主を探しだす。

 ほんの数歩、瓦礫の山から遠ざかり、辺りを見渡すと自分と同い年の女の子を見つけた。

 駆け寄って声をかけると、女の子は益々泣き出した。女の子は幼馴染で、いつも自分より確りしているのだが、この時だけはとても頼りない存在に見える。

 だが、仕方のないことだと思う。

 突然こんなことがあったのだ。驚いて、泣いてしまうのも無理はない。自分も彼女が泣きださなければ、大声で泣いていた。

 口下手な自分が彼女を宥めることもできずに、仕方なしに泣いたままの彼女を背負って歩きだした。

 何かあったのか? 近くで大きな火事でもあったのか? 

 自分は幼馴染を抱えながら、そんなことを思っていた。

 なんとあまりにも幼稚な発想なのだろう。ただの火事であるならば、このような廃墟になるはずもない。

 それすら理解できない自分は人の声が聞こえるほうに向かっていた。微かに聞こえる物音、人のざわめきを道標に、自分は一歩一歩、歩いて行く。

 ただ、人が居るとこに行けば自分達は助かる。そう信じて前に進んだのだ。

 そして、ようやく、移動する人の姿を見た時、彼は自分の背中にいる幼馴染に大丈夫だよ、と声をかけた。泣き疲れたのか、幼馴染の反応は無反応だったが、構わず歩き出す。

 これでようやく自分達は助かる、人が移動する大通りに足を運んだ。



 そこで目の前が赤くなった瞬間────先程までいた人通りが跡形もなくいなくなっていた。



 不思議な出来事で呆然とする自分。背中にいた幼馴染も、突然止まった自分の顔を不安げに見る。

 ガション! という、機械音と共に自分の視界に、ソレは現われた。

 子供などと比べるまでもない、数メートルはある巨体。銃口が二本ある戦車に、六本の足を無理やり付けたようなソレは、鋼の装甲を炎に照らしながら、真っ直ぐと銃口をこちらに向けていた。

 

 次世代過剰戦略兵器──Überschuss Strategie Waffen Gang。


 通称、《ÜG》。ウィヴァンションズ・ガング、ウージーとも呼称されている。


 自分もニュースで見たことがある巨大な機械。

 従来の兵器よりも数段機能が上回った軍用兵器の総称であり、形態は様々。

 発祥はドイツ。人型や、蟲のような形態のモノまである。独自のフォルムにより、場所の選ばない運用に優れている。当然火力も従来の兵器と比べるまでもなく高く、現在世界で最も運用されている戦争の道具だ。

 この惨状は全て《ÜG》が行った事であり、愚かなことに、自分はそんなモノに近づいてしまった。先程の人波は、《ÜG》から逃げており、そして、居なくなったのも《ÜG》の仕業だ。

 操縦席の中で、ただ引き金を引くだけ。それだけで、《ÜG》は数十人、あるいは数百、数千。モノによれば万単位の命を一瞬で蒸発できる殺戮機械。

 恐怖で震え上がる。

 何故、自分達が襲われないといけないのか分からない。

 だが、このままでは殺されるのは分かった。

 

 逃げ出したい。

 

 しかし、脚は恐怖で竦んでしまい、地面に膝から付けてしまった。

 今からでは逃げられない。否、仮に動けたとしても、先程の人波のように一瞬で殺されてしまうだろう。

 ああ、自分は助からない────そこで、自身の命を諦めてしまった。

 呆然と、自分に銃口が向けられるのを眺める。


 背中でぎゅっと、後ろから服を握りしめられた感触がした。


 そこで、自分は思い出す。

 そうだ、自分は一人ではない。訳も分からず、泣きだしていた幼馴染がいた。

 消えかかった心が蘇る。

 彼女には何度も助けてもらった。

 自分のモノを諦めるのはいい。でも、他人のモノまで勝手に諦めるのは、今まで助けてもらった彼女への恩を仇で返すようなものだ。

 かっこ悪い。そう思った瞬間、自分は抱えていた彼女を放して、驚く彼女に覆いかぶさるように抱き倒す。

 自分の中でもがく彼女に申し訳ないと思いながらも、彼は動かなかった。

 どの道、これでは二人とも助からない。ならば、せめて自分が覆いかぶさることで、彼女を守ろうとした。

 所詮は子供の浅知恵。

 たかが、子供一人肉壁になろうとも誰かを救うことはできない。

 それでも、そんな無駄な行為を彼は必死にした。彼女の身体が隠れるように、自分の身体を背に向ける。

 

 風を切る音―――続けて、雷が落ちた様な轟音。

 

 風圧が自分の身体に迫る。

 幼馴染の身体を抱きしめながら祈る。

 万が一の確率、それより低い確率、奇跡が起こるなら彼女を助けて欲しいと願う。

 心の中で、必死に祈る。


 ―――祈りながら、ふっと疑問が芽生えた。


 先程の衝撃からどれほど時間が経った? 《ÜG》はどうなった?

 何よりも長い時間祈っている自分を不思議と思った。

 恐る恐る、後ろを振り返った。

 真っ二つ。

 自分達を狙っていた《ÜG》は、その巨体を中心から二つに分けられて、バチバチと漏電させながら黒煙を双方から上げていた。

 訳も分からず、自分は幼馴染を解放し、幼馴染も自分が見る光景に唖然とした後、同時に《ÜG》の残骸の近くで佇む人影を見つけた。

 若い男だった。背中越しで、コートを羽織っており、顔などを確認していないが、彼から感じる雰囲気はとても大らかで、身体付きでも成人した男性だと分かる。

 そして、炎の熱さを周りから感じるのに対して、彼には別種の温もりを感じた。

 

 涙を流した。

 

 知らない相手だが、ようやく見つけた親のような気がして、瞳が涙で溢れていた。ああ、やはり泣き虫は自分のほうだと内心自傷する。

 彼は自分たちに気づいたのか、くるりとこちらに振り返り、その手に持っていた自身の身長に近い剣を右肩に担ぎながら、にっかと笑う。


 その光景を―――今でも覚えている。


 御伽話にあるような正義の味方の如く、自分たちを助けてくれた勇姿。

 だが、見るだけの幻想では感じられない温かさに、その輝かしさに、ただ憧れた。


「安心しろ。お前たちは俺が守るから、大丈夫だ」


 自分達の涙を晴らした、笑顔に心が救われた。



 その瞬間、自分は思ったのだ。

 あの姿に憧れたから、いつか自分もこんな人になりたいと願った。

 その決断が自身を更に破滅に追いやることを、その時の自分が知ったところで、その気持ちはきっと揺るがなかっただろう。

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