第8話 満月のフォーチュン

 グラムサルを離れ、アリッサとジローは本来の目的である<ルート000>へと戻る道を走っていた。

 辺りは岩と荒野しかない、殺伐とした風景が続く。

 土埃か砂か、風も茶色い。

 それでもだんだんと山脈の方へと近づいてきた。


 前方には岩山をくりぬくようにトンネルがぽっかりと穴をあけていて、道はその奥へ吸い込まれている。

 休憩がてらいったんナイトウォーカー2000を止めて、観察してみる。

 どうやら行くしかなさそうだ。

 <出られないトンネル>――なぜ出られないのだろうか? いったい何が待ち構えているのか?

「入ってみないとわからない、か」

「どうせなら景気よく行こうぜ」

 アリッサとジローは顔を見合わせる。どちらからともなく吹きだした。

 ナイトウォーカー2000のランプをつけ、二人はスピードを上げてトンネルに突入した。


「……なんて長いトンネルだ」

 ジローがぼやく。もう十五分も走っているのに、いまだに抜ける気配がない。

「ひょっとして……」

 アリッサはいったんバイク型箒を止め、トンネルの壁に落ちていた石で大きく×を書いた。

 再び走り出す。

 しばらく走ったあと、前方の壁にさっき書いたばかりのしるしを見つけた。

「やっぱり。だわ」

「堂々巡りしてんのか。姑息な罠だな」

「戻ってみる」

 アリッサは向きを変え、来た方向に向かって走り出す。

 またもや、あの×印が見えた。

「<出られないトンネル>か――どっちも永久ループになってるわけね」

「で、どうする?」

「考えられるのは方向感覚を狂わられているか、転移する魔法で知らないうちに移動させられているのかのどちらかだと思う」

「トンネルの壁に沿って走ってるんだから方向感覚うんぬんってのはないな」

「確かに。転移魔法っていうのはどうしても違和感を生じさせるはず。暗いトンネルの中にせよそれを感じさせないっていうのはとても高度な魔法よ」

「感心してる場合じゃないぜ。抜けださないと」

「忘れないで。何も魔法を使うのは人間に限らないってこと。<出られないトンネル>――出られなかった人たちは、どうなったと思う?」

「どこかで骨になってるか……」

「抜け出すには、まず転移するポイントを確定することが先決。荷物は少し置いておいて、壁に線を書きながら進もう」

 ナイトウォーカー2000をその場に置き、落ちている石で壁に線をつけながら二人は歩いた。

 換気のために天井付近で回っているプロペラの回転音が、反響で唸り声のように不気味に聞こえる。

「線を書きはじめた場所に戻ってきた」

「もう一回。今度はゆっくりと、線が不自然に消えてないか注意しながら行くの」

「はいはい」


「ここだな」

 線が途切れる一歩前までやってきた。よく見るとごく細い、糸のようなものが何本も貼ってあり、かすかに揺れている。

「暗い穴の中――糸――なにかイヤーな予感がするぞ」

「同感。獲物が元気なうちは手出ししてこないんだと思う。あたしがみるから、その後どうなるか見てて」

「わかった。十分気をつけて」

「――あんたがそんなこと言うなんてね。ほら、あんたの特技の壁抜けで何とか出られないの?」

「壁を抜けても土が詰まってるからな。次元の隙間もなさそうな感じだ──というか、を探して巣を張ったんだ。つまり、アリスが喰われたら結局俺も出られないのさ。俺のために頑張れ」

「そーいう奴よ、あんたって」

 アリッサは無造作に歩いて糸に触れる。ぷつんと切れる。感触も何もないな――と思った時、転移が起こった。

 アリッサの姿がかき消えたあと、ジローは破られた糸の方を見る。どこからか小さな蜘蛛が湧いてきて、みるみる糸を張り直していく。

 五秒もしないうちに再び前と同じようになった。

 ――転移魔法のトリガーらしい糸。貼り直す五秒の間にすり抜けられれば、俺だけは脱出できるかも。

 しばらくしてアリッサがナイトウォーカー2000に乗って現れた。

「どう?」

「糸が張り直されるまで五秒だ。その間に抜けられれば可能性はある」

「自分だけ逃げようとは思わなかった?」

「いや、まったく。はははーのは」

「わかりやすいねーあんた。魔法陣描くからちょっとどいて」

「どうすんだ?」

「転移には転移。向こうにも描いておいたから、のよ。乗って。飛ばすからねっ」

 いったん距離を取り、速度を上げて突っ込む。

 糸を切って転移させられる――その直後に向こうに描いておいた魔法陣が発動。

 こちらの魔法で瞬時にさっきまでいた、糸のある直前の場所まで戻ってきた。

 勢いもそのままだ。

 注意を払っていなければまったく気づかないだろう一瞬。まだ小蜘蛛たちは糸を張り終えていない。

 アリッサとジローはかなりの速度で通過する。

「抜けた!!」

 ジローが叫ぶ。トンネルの出口が見えた――ものすごい叫び声が背後で聞こえた。

 急に明るい外に出た。トンネルを抜けたのだ。目が追いつかず、一瞬視界が白くなる。

 目が慣れて恐々と後ろを見るジロー。上半身は女だが下半身は蜘蛛の怪物がトンネルから姿を現した。

 ナイトウォーカー2000の速度には追い付けず、悔しそうに戻ってゆく。

「アラクネーか――確かに人喰いの奴らだな」

「トンネル自体を巣にしてしまったのね」

「しかしあんなでかい奴って聞いたことないぞ」

「んー、知能も高いあんまり関わりたくない相手。他の魔法を使ってこなかったぶん、幸運ラッキーだったわね」

「ちょっと、あれ見ろ」

「んー?」

「<ルート000>だ。ようやく戻ってきたな」

「なんか壮大に回り道しちゃった気がする」

「まんざらでもなかったくせに」

 ヴォルトの事でからかおうと思ったジロー。てっきりアリッサが怒り出すと予想していた。

 けれどアリッサは大人びた顔で、さらりと受け流した。

「それもまた旅、なのよ。ジロー」



 <ルート000>に戻ってさらに旅を続ける二人。陽が落ちてきたがどうやら泊まれそうな家もない。今夜はテントを張って野宿だ。

「そういえば、そろそろ満月だな」

「何、急に」

 ジローの様子がどこかおかしい。いつになく口数が少ないし。

「満月の夜に変身でもするっての?」

「一年にいっぺんだけ変化が起きるんだ。俺は離れたあっちの草むらにいるから、夜中に近づくんじゃないぞ。気にしないで寝てろ」

 夕飯の支度をしながらアリッサは軽く聞き流していたが、いつになくマジな口調のジローに思わず振り返った。

「へえ、ジャッカロープが変身するなんて聞いたこともないけど」

「別に宣伝はしてないからな」

「まあ他の種族のことなんて全部知ってるわけじゃないもんね――凶暴になったり?」

「とにかく、ケガしたくなきゃ近づくなってことだ」

 歯切れの悪い返事をするジロー。真空パックのカット野菜から作ったシチューを器用にスプーンで食べる。

「ふーん……」

 その場では、アリッサも深く追及はしないでおいた。


 深夜。

 <視覚阻害>の魔法を自分にかけたアリッサは、煌々こうこうと照る満月の下、匍匐ほふく前進でそっと近づいて行った。

 ――苦しそうだったら助けられるかもしれないもんね。

 そんな建前だったが、もちろん99%野次馬根性である。


 ジローを見つけた。

 いつもなら高いびきのはずが、ぼうっと立って月を見上げている。

 ――え? マジなの?

 アリッサは背筋に冷たい汗を感じた。

「ぐぅるるる……」

 ジローの、いつもは黒い瞳が紅く燃える。

 両腕が痙攣し始めた。

「うぅおおおおぉぉぉ――」

 ジローが叫ぶ。満月の下で。

 アリッサは息をのんで見守った。


 そして――


 鹿のような角が両方とも、ぽろりと落ちた。


「あーすっきりしたっ」


「それだけ!?」

 思わず立ち上がるアリッサ。

 ジローは角のあったあたりを手で押さえ、振り向いた。

「いやん♡」



「あはっはははは、ひひーっ、めちゃウケる」

 アリッサは笑い転げた。ぶすっとしたジローが小声で言う。

「絶対笑うと思った。だからあんまり言いたくなかったのに」

「まさか、角の生え代わりの季節だったとはね。あははは」

「むーっ。俺たちには大事件なんだよ」

「かわいいよ、普通のうさちゃんみたいで」

「ちぇっ」

 翌朝、テントを片付けて、荷物をまとめる。

「おそらくあれが、<最果ての樹>だと思う」

 道のはるか向こうに、ぽつんと樹のようなものが見える。

 距離はどれくらいだろう。しかし恐ろしく大きい樹なのはわかる。

「さあ、行こう。ジロー――ぷぷっ」

「笑うなーっ!!」


 もう少しだ。もう少しで――。






*** ディディの物知りメモ(次章予告) ***


 こんにちは、ディディです。今回はジャッカロープについてお話します。

 ジャッカロープは主にアメリカの草原に生息する種族です。

 鹿のような角を持ったウサギ、というのが一番わかりやすいでしょうか。この世界では人語を話せるほど高い知能を持ち、魔法こそ使えないものの――次元の隙間を見つけ出し、あらゆるところに潜り込む能力を有します。

 ドイツにも亜種がいますが、牙や羽根を持たないところをみるとジローさんはやはりアメリカ産まれだと思われます。

 

 ではいよいよ最終話、

『Hello,Friends』

 です。


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