番外編2 レオノーラ・オークウッドの悩み

 レオノーラ・オークウッドは、帰宅前に校内の見回りをしていた。

 まだ明かりの点いている部屋──錬金術特有の雑多な器具がひしめく中に、ぶつぶつと呟く人物を見かける。

 ホリー・エヴァンス。レオノーラが校長をつとめるイスキエルド魔法女学園の教師であり、優秀な錬金術師でもある。

 水晶玉で<遠視>をしている様子。

「のぞき見していたのですか、ホリー。あまりいい趣味とはいえませんね」

「学校でその呼び方はしないでくださいな、校長」

「それほど気になるのならついていってあげればよかったのに?」

 軽い冗談のつもりだったのだが、ホリー・エヴァンスは水晶玉から目を上げ、ぶすっとした顔で答えた。

「そんなみっともない事ができますか」

 レオノーラは苦笑する。治療薬パナケイアを生徒にくれてやったようだが、その品物がいったいどれだけの労力と細心の注意を必要とするものか、その生徒は知っているのだろうか。


 ――まったく、意地っ張りなんだから。


「生徒はみな、あなたを怖がっています。もう少し柔らかな言い方とか、できないものですか」

「社会に出れば、厳しいことはいくらでもあります。今のうちに壁を経験しておいた方がいい。私はのある壁のつもりです――そのくらいできなくてはむしろ心配ですわ」

「わざわざ鬼教師を演じることもあるまいと思うのですけどねえ」

「そこはそれ、私の趣味ですから」

「まったく」

 ふふふと笑うホリーを見て、レオノーラはため息をついた。

「あの生徒――特にあなたに反発しているみたいね」

「才能は素晴らしい子だと思います。ただ、全体を見通すような思考がまだ未熟で、目の前のことにとらわれてしまう」

「それは<若い>ということですよ」

「そうですね、きっとあの子はよい魔法使いになるでしょう。短気さが一番の問題のような気もするけれど。私にだけつっかかってくるのが不思議ですわ」


 ――あなたは気づいていないようですが、あの生徒は若い頃のあなたにそっくりですよ。


「だからそういうことを当人に言ってあげればいい、といっているのです」

「……生徒がつけあがるようなことをするつもりはありません。校長、私はもう少し仕事をしていきます。戸締りはちゃんとしておきますからご心配なく」


 首を振り振り、レオノーラはかつての教え子の部屋を後にする。


 ――やれやれ、手のかかること。生徒たちも、も。


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