第6話 ダンスのように抱き寄せたい

 どこかで小鳥の鳴き声がする。

 アリッサは檻の中で目を覚ました。横でジローが大の字に眠りこけている。

 うーんと腕を伸ばす。野宿も慣れてきたが、牢の石床は芯から冷える。ヴォルトが差し入れてくれた毛布がなかったら眠れたかどうか――アリッサはその当人がいることに気づいた。

 ヴォルトが牢の前に座り込んで、こっちを見ている。

「レディーの寝顔を眺めるなんてデリカシーに欠けるんじゃない?」

 感心したような呆れたような不思議な顔をしていたヴォルトは、それを聞いて笑った。

「やあ、起きたかい。たいていの捕まった奴は、眠れないもんだがな。きみは大物だよ」

「まあ順応力だけは自信あるわ。それにジローは神経が安物なだけ」

「む……なにか悪口を言われている気がする」

 突然むくりと起き上がったジローは、きょろきょろとあたりを見渡した後、再びこてんと横になった。すぐにいびきが聞こえる。

「うらやましくなるわ、たまにだけど」

 アリッサは毛布をたたんでヴォルトに返した。

「ありがとう」

「構わない」

 アリッサはヴォルトの顔がかなり好みだと思った。立てばアリッサのほうが背は高いが、筋肉質でがっしりした腕は相当に力がありそうだ。

 ――やだ、何考えてるんだろう、あたし。

「どうかしたかい?」

「……べつに」


「アリッサ、この件が片付いたらゆっくり飯でも食わないか」

「あなたのおごりでいいなら。実はおみやげにだいぶ散財しちゃって、倹約に励まなくちゃいけないの」

「旅は続ける予定なのかい?」

「ん……そのつもり。あたしけっこう食べるから驚かないでね?」

「飲み食いの事なら俺たちドワーフにはそうそう勝てないと思うぜ」

「そうだった」

 アリッサは笑った。

 ヴォルトは檻の鍵を開け、即興に踊ってみせてからアリッサに手を差し伸べた。

「笑顔が素敵だと言われたことは?」

「あいにく女学校だったから。後輩からはあるわ」

「そりゃあもったいない。どうぞ、姫」

 ヴォルトの手を取る。意外とひんやりした手。

 ――あたしの方が体温高い?

 アリッサは引かれるまま、檻を出る。

「苦しゅうない。さて行きましょうか。ほら起きてっ!」

 照れ隠しにアリッサはジローを軽く蹴とばした。



 ひとつの部屋に事件の関係者が集まった。とはいっても王と王妃は別だ。

 『自分のものをわざわざ盗む理由がない』というアリッサの意見に皆が納得したためだ。事件の起こった金庫室ではなく、会議室のひとつを片付け、椅子だけが置いてある。

 ヴォルトを含む警備兵が四人。城の執事と大臣、その召使。そしてジロー。

 王と王妃を除けばそれで全員だ。

 名探偵、みなを集めて『さて』と言い――まさかあたしにその機会があろうとは。

 アリッサは言った。

「さて、みなさん」


「この事件の特徴は、という点にあります。盗むだけなら宝石が金庫に戻されるまで、王妃がずっと身に着けている――その間の方がむしろチャンスは多いでしょう。しかしその前に事件は起きた」

 ヴォルトが発言する。 

「王妃に近づくのは容易なことじゃない。そこは強調しておきたいな」

「なるほど。ただパーティーに紛れるのと、出入り口がひとつしかない室内――どちらが侵入するのに容易だと思います?」

「まあ、確かに」

「みんなが見てる前で宝石が消えた、それも密室で――そう聞けば、誰でも思うでしょう。使と」

「そうとしか考えられないではないか」

 大臣が言った。

「犯人はそう思わせたかったのだと思います。でも実際はもっと、手垢のついたような方法でした」

 アリッサは部屋を見渡した。

「ヴォルトさん、大臣が空の箱を持ち上げてみせた時、中に敷いてあった布はありました?」

「いや、なかった。白木の底が見えていたよ」

「魔法を使ったのなら、宝石だけを盗んでしまえばいい。中の布や台まで盗む必要はないでしょう。犯人は魔法を使ったんじゃない、と思います」

「しかし、現に宝石は――」


「つまり、


「どういうことだい?」

「底を抜いた外箱の中に、もう一つの薄い、たぶん金属製の箱が重なって入っていたの」

「重なってた――?」

「ワゴンにも仕掛けがしてあった。天板には中箱が通るだけの穴があらかじめ開けてあって、敷布で覆って隠されていた。その布にも切れ込みが入っていたけれど、箱が乗せてあったから見えません。外箱は引っかかる、中箱は摩擦で押さない限り落ちない、そういう仕掛けです」

「え……?」

「犯人は外箱のふたを閉める時にを押した。宝石の入った内箱は敷布の切込みを通ってワゴンの上段に落ちる。下段で寝ていたジローが目を覚ましたのはその時の音ね」

「しかし、箱には底はちゃんとあったぞ? 大臣が持ち上げて王に中を見せたんだからな」

「薄い板を外箱のに軽く止めておいたのです。外箱のふたを閉める時にその板が中箱の上に落ちる。板ごとぎゅっと押し込めばいいだけ。くさびのように縁を斜めに削っておけば、少し力を出して押し込めば固定され、もともと底があったように見える。空の箱を見せたのはその動作を自然にするためだった」

 ヴォルトは思わず立ち上がった。

「アリッサ、ちょっと待て」

「あとは召使に命じてワゴンを片付けさせればいいんです。宝石が消えた箱の方に注意が向けられているので、乗せて運んだだけのワゴンはあまり注目されないでしょう。見事密室から宝石は消えてしまいます」

「そ、それじゃあ……!」

「そう、手品です。魔法を使ったように見せかけたかった。犯人は魔法嫌いを公言してたので、疑われるのを避けることができる」

「つまり、犯人は……」

「大臣が主犯、召使が共犯――というより命令されただけでしょうが、知っていたことには変わりない――でしょうね」


「くだらんたわごとだ。取るに足らん頭の中からひねり出したにしては面白かったが、すべて想像ではないか」

「証拠があれば納得していただけますか?」

「そんなものがあるのならな」

「あれを持ってきて」

 が押されてきた。

 ガタン、と大臣が立ち上がった。

 アリッサが布を取る。

 箱が通るだけの四角い穴があけられたワゴン。

 大臣は歩み寄り、大きな目でじろりと見る。

「馬鹿な……いや、違うな。これは別物だ」

「ご慧眼けいがんですね、大臣。これは城にあった同じタイプのワゴンから、友人たちが徹夜で作ったものです」

「証拠を捏造ねつぞうしてまでワシを犯人扱いするのか、小娘!」

「大臣」

 アリッサは大臣の一喝に怯まずに、じっと見つめ返す。


?」


「なに?」

「大臣がワゴンのひとつひとつの特徴を記憶しているとは思えません。何故、これとあの日に使われたワゴンがとお判りになったのです? オリジナルはではありませんか?」

「それは――」

「裏庭で、何かを燃やした跡がありました。それも友人たちが見つけています。これはその場所にあった金具です。このタイプのワゴンにしか使われないことを確認しました。実は、こちらが本命の証拠です」

 アリッサは黒くすすけた金具を出した。

「どうして燃やしてしまわなければならなかったのでしょう? ありふれたワゴンなんか戻しておけばいいはずなのに――ワゴンに細工がしてあることが発覚すると困るからですね、大臣? 魔法でもなんでもないことがバレてしまう――」


 召使が立ち上がる。

「実は私が――」

 大臣はそれを手で制止した。

「いいんだ。――どうやらワシの負けのようだな」



 一瞬の静寂。大臣はぽつりと言った。

「確かきみが街に来たのは昨日だったな?」

「はい。楽しませていただきました」

「巻き込んですまなかった――ワシが犯人だ。宝石はワシの私室に保管してある。折を見て犯人から取り戻したと公表するつもりだったが……あんな形で犯人が出現するとは、ワシも思わんかったよ。召使にはワシが命令したのだ。彼女を責めんでやってくれ」

「どうしてこんなことを?」

「ワシももう年寄りだ。魔法というやつはワシらの生活を変えてしまう――それは便利なのだろう、だが古いやり方にもそれなりにいいところがあるのだ。全てが変わってしまうのはやりきれなくてな。わずかでも警鐘を鳴らしておかねば気が済まなかったのだ」

 ヴォルトら警備が進み出る。

「大臣」

「見苦しい真似はせん」

 大臣はアリッサを振り返った。

「ああきみ、これに懲りずにまたこの街に寄ってくれたまえ。――お願いだ」

「もちろん、必ず」


 ヴォルトが笑いながら近寄ってくる。アリッサとジローの追跡アンクレットを鍵を使って外した。

「やったな。本当に事件を解決しちまった」

「本当は大臣とワゴンを直接結び付ける証拠はないんだけどね。ワゴンなんて知らない、としらを切り通されたらどうしようもなかったわ。言い方は変だけど、犯人がしっかりした人物でよかった」

「そんなことはどうでもいいさ。アリッサ、見事だった」

「――ありがとう」

 満面の笑みで握手を求めてくる。アリッサが手を出すと、激しく上下に振った。


 ――ああ、これで彼とも別れなきゃいけないんだ。


 アリッサはぎこちなく笑った。






*** ディディの物知りメモ(次章予告) ***


 こんにちは、ディディです。ようやく話も佳境を迎えてまいりました。

 そこで今回は、主演のアリッサをゲストに呼んでありまーす。

「こんにちは、アリッサです」

 アリッサ、すっごくいちゃいちゃしてましたね?

「いや、話の筋だし。しょうがないじゃない」

 ほんと? それだけ? 密着されると汗臭かったりするの? え、どうよ。

「あ、圧が強いよディディ」

 では話はガラッと変わってハイエルフについてです。

「……終わり? あんた感想聞きたいだけで呼んだでしょ!」



 えー、ハイエルフはエルフの中でも、より古く精霊に近い種族といわれています。

 もともとエルフは自然と調和する技術に優れ、人間よりも長命で知的好奇心も旺盛、しなやかな体と夜目の利く眼をもち、魔法も得意なのですが、<変化>を好まない性質もあり、頑固で偏屈な性格も知られています。結果、積極的に世界に関わろうとせず、交易などもわずかです。

 ハイエルフはそういったエルフの源流みたいなもので、寿命は1000年を超すともいわれ、災害レベルの魔法を操るらしい半分神様みたいな存在です。当然めったにお目にかかれるものではありません。



 では次章、

『Sweet Dreams』

 です。

 よろしくね♡

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る