第5話 守ってあげたい
アリッサは王城に駆け込んだ。
ジローがよりによって宝石を盗んだ犯人にされてしまっているのだ。
天地が逆さまになってもありえない。
「だから会わせてって――一応、あたしの使い魔なのよ」
「取り調べしているうちは誰も面会できない。どうすることもできないな――あれ、きみか」
ひげのないドワーフ。アリッサは記憶をたどる。たしか街に入る時に会った――名前、何だっけ。。
「ヴォルトさん! どうしてここに?」
「俺は警備隊長やってるって言っただろ。本来はこっちが俺の仕事場だよ」
「ああ、なるほど。じゃなくて。……えっと、あれがそんな大それたことできるはずないんです。頭悪いし口も悪いし下品だけれど、宝石なんて盗むはずが――」
「魔法のように宝石は消えたらしい。きみも知っての通り、俺たちドワーフは魔法にうとい。外からの誰かの仕業にちがいない。それに現場にいたし、奴には消える能力がある」
「そう、それ! ジローは逃げ足だけはめっちゃ早いんです。その気になれば逃げられたはずなのに」
「ああ、それはね。きみのためだよ」
「……はい?」
「使い魔が消えれば契約主、つまりきみに嫌疑がかかる。なかなか
「――まったく、本当に、馬鹿だ、あいつ。迷惑かけてるのは一緒じゃないの」
アリッサは頭をフル回転させる。
「ヴォルトさん、そもそもあたしたちがこの街にやって来たのはポラリスさんからの手紙を持ってきたからよね? いうなれば使者のあたしたちを信用しないということは、ポラリスさんをも信用しないのと同じでしょう」
「その理屈には無理があると思うが、まあ続けて」
「ハイエルフである彼女はあたしとは比較にならないくらい強大な魔法使いよ。彼女の顔に泥を塗るつもり?」
アリッサは息を一つ大きく吸い込んで、言った。
「あたしに捜査させて。事件を解決するわ」
ヴォルトは驚いたようにアリッサをじっと見て、それからニヤリと笑った。
「こりゃまた大きく出たもんだ、アリッサ。まあ上と掛け合ってみよう」
「ありがとう、ヴォルトさん」
「俺も奴が犯人とは思えないし、宝石が戻ってくるなら文句はない。ただし覚悟しとけよ、不可解な謎がきみを待ってるぜ」
「……謎? 謎って何?」
「魔法のように消えた、って言ったろ。大勢の見ている目の前で、<グラムサルのブルーベル>は消失したのさ」
「ジロー!!」
アリッサは両手を広げて駆け寄る。
「アリス~~!!」
ジロー、アリッサの姿を認め、泣きながら飛びつこうとする。
二人はハグを――せず、アリッサの固く握られた拳がジローのボディに突き刺さった。
「げぼっ……!」
地面にぺしょっと落ちてジローは悶絶。
「あんたはまったくいっつもいっつも迷惑ばっかりかけて! 本当に盗んでないんでしょうね!」
「信用……してなかったのかよ……」
「確認はしなくちゃ。さあ一部始終吐いちゃいなさい」
「その前にアリッサ、きみにもこれをしてもらう」
ヴォルトは無骨なアンクレットを取り出した。よく見るとジローも同じものをしている。
「こちらに位置がわかるアイテムだ。勝手に外したり街の外に出たら、きみたちは永久指名手配されるのでそのつもりでいるように」
「あぁやだなあ。囚人扱いだわ」
「扱いじゃなくて、そのものなんだよ。まず俺が事件の概要を話そう。俺は警備隊長だし、その場にもいたからな」
「犯人はあなたね! ……ごめん、冗談よ。お願いします」
ぺこりとアリッサは頭を下げた。
* ヴォルトの証言 *
事件は金庫室で起きたんだ。
大金庫の扉が奥の壁にあり、反対側に出入り扉がひとつだけ。窓はない。出入り口の外側には警備が二人、怪しい誰も通ってないことを証言している。こいつらは俺もよく知っている連中だから、信用していいだろう。
<グラムサルのブルーベル>は現在、ネックレスに加工されている。王妃が身に着けることになっていたんだ。
執事が金庫室の鍵を開け、王と王妃、行政大臣とその召使の女性、執事、俺と部下の警備三人が中に入った。
大金庫は王にしか開けられない魔法がかけられてる。王が金庫を開け、執事が見事な青い宝石を金庫の中から持ってきた。
みんなその美しさに目を奪われていたな。大臣が召使に命じてワゴンを持ってこさせた。
ワゴンには豪華な布が敷かれ、宝石にふさわしい細工をされた箱がひとつ乗っていた。大臣は執事から宝石を受け取り、自ら箱の中に収め、一度箱のふたを閉じた。
そうして王妃の前に箱の乗ったワゴンを運んだ。王妃は箱を開けた。
――もうその時には宝石はなかった。箱は空だった。
部屋の中は大騒ぎさ。大臣は空の箱を確かめ、持ち上げて王に中を見せた。
全員のボディチェックをしたかったが、王や王妃を調べるわけにもいかんだろう。なにせそこにいた人物はみんな身元が知れているわけだ。むしろ怪しいやつが入れるわけもなく、あとで別室で――という話に落ち着いた。ネックレスなんてかさばる代物だし、持っていればすぐにバレる。
そうしたところで、ワゴンからジローが転がり出てきたのさ。かなり酒臭かったな。
消えて逃げようとしたから焦ったぜ。
「逃げたらお前の主人どつきまわすぞ!」って怒鳴ったら大人しくなった。
本人は否定しているが、事実上魔法を使ったとしか思えない消え方ができるし、現場で魔法が使えそうな奴はこいつしかいないんだ。
宝石は持ってなかった。どこかへ転送してしまったか飲み込んだかしたんだろう、というのが大方の意見だ。
* ジローの証言 *
俺はアリスと別れて、屋台でしこたま酒を飲んでいた。
うるさいのはいないし、そこそこ金はあったし、天国だったな。そのせいで少し飲み過ぎた。
正直、よく覚えていないんだ。確かに俺には次元の隙間を見つける力があり、壁をすり抜けることもできる。だけどそれは俺たちジャッカロープが持つ能力であって、魔法が使えるわけじゃない。
そこらへんを勘違いしないでほしいぞ――ドワーフには無理かもしれないが。。
城に入ったのはたぶん、茶目っ気だな。がらんとした部屋に入り込んだのは覚えてる。強い眠気が襲ってきてたんだ。床に寝てしまうのには本能的抵抗があったので、巣穴に似た狭いところに潜り込むことにした。いま考えるとそれがあのワゴンだったんだな。
俺は寝てしまった。何か物音がして目が覚めたら光が差し込んでて……外で大騒ぎしてる。出ようとして足をひっかけ、派手に転んでしまった。
俺は盗んでないし、そもそも盗む動機がない。
この街には立ち寄っただけで、すぐに出発しなきゃならないんだろ? そこらの小さな
俺は無実だ。
* 執事の証言 *
私が大金庫から宝石を取り出したのは事実でございます。
このような大役、そう何度もあることではございませんので、緊張で手が震えましたのを覚えております。
あのずっしりとした感触、重み。そして海を映したような、美しい青。決して幻像のたぐい、あるいは偽物ではございません。
確かに宝石を取り出し、大臣に手渡し致しました。その間一瞬たりとも目を離してはおりません。
宝石消失の事実は事実、叱責も甘んじて受けましょうが、私には賊――おそらくはあの喋る使い魔でございましょう、他に誰ひとり不審な人物はいないのですから――がどうやって宝石を持ち去ったのか、見当もつかないのでございます。
* 大臣の証言 *
あのいまいましい畜生が犯人に決まっておる。
腹を裂いてでも調べるべきなのだ。城にやすやすと忍び込みおった。その事実だけで嫌疑は十分だろう。
宝石が出てこないのは魔法で隠したか――。
そのへんは白状するまで拷問するしかない。まったく、王の目の前で恥をかかされたのだぞ、ワシは!
* 召使の証言 *
大臣様をお手伝いいたしましたのは私です。長く大臣様にお仕えさせていただいております。
大臣様が直接王妃に手渡しするなど不敬でございましょう? ワゴンを準備し、仮に収める箱を用意いたしまいた。
まさかそこに賊が潜んでいようとは……。
執事が大金庫から宝石を取り出している間にワゴンと箱を大臣様の前に運びました。。
大臣様が宝石をお受け取りになり、箱にお入れになりました。
それはもう、絶対に確かでございます。
あの騒動の後ですか?
はい、空になった箱とワゴンは私が片付けました。大臣様がそうお命じになられたので。
それが……なにか?
「ふうん……。そのワゴンは結局どうなったの?」
アリッサはヴォルトに質問した。
「ワゴン? それが重要か? 召使が片付けたと言っていたが……箱の方じゃなくてか?」
「箱も見たいんだけど――」
「まだ証拠品として捜査本部に置いてある」
「見ていい?」
「俺が一緒ならな」
「何をやっとるかあ、貴様ら!!」
顔を真っ赤にして怒鳴り込んできた人物がいた。
「うわぁ、あれ誰?」
「ゲハルト大臣。あの部屋にいたひとりだ」
「どうして容疑者がふらふらと歩きまわっているんだ? 証拠隠滅を図るか、逃亡する恐れが大いにあるだろう!! 檻に入れておけ!」
「そこに居合わせてすらいないあたしにどうやって盗むことができますか? 恐れながら、大臣もまた容疑者のひとりです」
「何だと? 使い魔を差し向けたではないか! ワシを犯人呼ばわりするか、この小娘が!!」
「まあまあ、まだ捜査中であります」
ヴォルトが割り込む。
「自分たちは魔法に関しては素人同然、魔法学校で好成績を収めた彼女にアドバイスをいただいていたのであります。事件の
「む、望んでいるとも。だが最大の容疑者を野放しにしていいのか、とワシは言っているのだ」
「自分が見張っております」
「使い魔など見捨てて逃亡するに決まっているだろう――」
「あたしとジローは」
今度はアリッサが口をはさんだ。
「契約上は主従関係ですが、一緒にここまで旅をしてきたんです。あたしは友達を見捨てたりはしません」
大臣の目を見返す。アリッサは意外に余裕のある自分に気づいた。
――エヴァンス先生に比べれば。
「勝手にしろ。このまま宝石が出てこなかったら、ヴォルト、おまえはクビだ」
ゲハルトは靴音高く去っていった。アリッサとヴォルトは顔を見合わせる。そのうちに自然と笑っていた。
「なかなか押しの強い人物ね」
「きみも相当だけれどね。あの大臣は魔法嫌いで有名なんだ。もう、きみに任せるしかないかな」
「あの、話は違うんだけど、宝石を盗むって予告があったんでしょう? その予告をした奴はどうなったの?」
うーんとヴォルトは頭をひねった。
「そいうや、あれから何も反応はないな」
「ジローっていう予定外の犯人が出てきちゃったからね……」
アリッサはヴォルトと連れ立って証拠品のある部屋にやって来た。箱は本当に空で、内側に木目が見えている。
「ああ、
「確か真っ赤な布とはめ込むようなへこみのついた台が中にあったはずだ、言われてみれば」
「そんなのを一緒に盗む必要なんてないはずよね」
「――確かに」
アリッサは箱の底板を軽く叩いてみる。ぺこっと頼りない音。
「……じゃあ、ヴォルトさん。
「いまさら紹介されなくても、知ってるよ。俺らは奴らの天敵みたいなもんだからな。それより、俺なりに事件を調べなきゃ――」
「これ以上ジローを問い詰めたって情報は出てこないわよ。大丈夫」
アリッサは、ふふんと笑った。
「謎なら、もうわかってる」
*** ディディの物知りメモ(次章予告) ***
こんにちは、ディディです。今回は銃器についてです。
火薬と銃は対魔法使いに非常に有意として急速に発展しました。その脅威に魔法使いたちも攻撃だけではなく防御にも力を入れ、防弾着の性能も上がってきたのです。
ちなみに有名な銃器メーカーのひとつはドワーフの会社です(そこのショットガンは芸術品とさえいえます)し、意外にもエルフはリボルバーを好む人が多いです。たぶん精巧に出来たおもちゃ、ぐらいの感覚でしょうけれど。
ただ私たち魔法を学ぶものにとって銃は<安易な力>として下に見る傾向があり、持ちたがる人はほとんどいません。
では次章、
『ダンスのように抱き寄せたい』
です。
よろしくね♡
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます