第4話 Wanderers

 どれくらい走ったろうか。

 <隠された道>だけあって人には出会わない。そのかわり人の住む領域では見かけない、なものたちがそこにはいた。

 途中ハーピィたちのふん爆撃をかろうじてかわしたり、チョウチンドラゴンの疑似餌にひっかかって食べられたり(鼻の穴から脱出した)――。

 なんだかんだありつつもアリッサとジローは旅を続ける。宿屋が見つからなければテントを張って野宿して。

 いつしか景色が荒野へと移っていた。


「ここらへんからいったん<ルート000>を下りるんだよね――ポラリスさんに頼まれたやつ」

「別にほっといてもいいんじゃね?」

「馬鹿。ハイエルフを怒らせたらどんなことになると思うの。あの遠くに見えるのがドワーフの国……?」

「たぶん」

「まあ、行きましょうか」

「へいへい」


「おうっと。<ルート000>に慣れちゃうと普通の道は反応が鈍く感じるわね」

 通常の道に出ると、<ルート000>はすうっと見えなくなった。本当にあったのが信じられなくなるほど。

「寄り道なんてめんどくせーなー」

「まだ言ってる。ちょっとくらい羽根を伸ばしてもいいから、好きなお酒でも飲んできな」

「お、ラッキー」

 ぐるりと壁で囲まれた都市が近づいてきた。隣に広い空き地があり、いくつか自家用飛行機型箒プレーンが止まっている。辺鄙へんぴなところだが、知っている人は知っているらしい。

「あれがドワーフの街、グラムサルみたいね……」

「思ったより大きいな」

「<彷徨さまよえる街>グラムサル。噂を聞いただけだけど、一度行ってみたかったんだ――こんなところにあったのね」

「ああ、はな。鉱山の近くに集まった移動式の工房が元になった街であり、今は王様のいる国でもある。都市国家ってやつだな。いい鉱物を掘りつくすと街自体が分解し、他の場所に移るという――」

してるけど、あんただって行ったことないんでしょ?」

「もちろん!」

 すぱあんとスリッパでツッコむアリッサ。

「痛いな。ほら、門番が不思議そうに見てるだろ」

「ああ恥ずかしい、芸人と間違われてたらやだな」

「それ、面白いかも」

「あたしはごめんだよ!!」


 城壁の前に、小銃をかついだドワーフの門番がいた。

 アリッサより背が低く、赤毛。しかし鍛えた、筋肉質のがっしりした体つきをしている。ただ少し他のドワーフと違う感じがするのは何故だろう――ひげをそっているからだろうか?

 アリッサの視線に気づいた彼は、彼女が押しているナイトウォーカー2000とジローを眺める。

「お嬢ちゃん、猿回しじゃなくてかい? 変わってるね」

「違いますっ!」

 真っ赤になって否定するアリッサ。

「そっちこそ――女性ならともかく、男性でひげをそっているドワーフなんて初めて見たわ」

「俺には人間の血が四分の一入っててね――クオーターってわけだ。他のやつみたいにきれいに揃わなくて、貧乏くさくなっちまうんだな。それなら全部そっちまえ、ってこと」

はジャッカロープ。ただのウサギじゃないわ。あたしの連れよ」

「――にしちゃ扱いかよ」

 ジローがぼやく。

 門番は陽気に笑った。綺麗に笑う人だ、とアリッサは思った。

「からかって悪かった。俺はヴォルト・セデーン。警備隊長をしてる」

「アリッサ・メイフィールド。もうすぐ魔法女学園を卒業予定です」

「通行証はある?」

「あ、あります――それにポラリスさんから手紙を預かってきました」

 警備隊長になら渡しても大丈夫だろう。これでも完了というわけだ。

「なるほど。フム――本物のようだ。<大樹の淑女>から? OK、俺が渡しとくよ」

「<大樹の淑女>?」

「彼女らは大きな木を住みかにしてるから、そう呼ばれてるんだ」

「――ちょっと待って。って」

「知らなかったのか? 三姉妹なんだよ。ナヴィガトリア、ポラリス、キノスラ。有名だよ」

「ポラリスさん、何も言ってなかった……」

「まあ、ハイエルフは俺たちみたいに兄弟だからってベタベタしない。単に言い忘れてただけだろう」

「……フォローありがとう、ヴォルトさん」

「どういたしまして」

「あの、いつもこんなに厳重なんですか?」

 工芸品を作るのが主な産業だと聞いていたが、作った品物を売るのも大事なはず。客は多い方がよかろうに。

「今日はね、アリッサ、俺たちドワーフの王の即位二十周年祭があるのさ。っていうか、それでやって来たんじゃないのか。<グラムサルのブルーベル>って聞いたことあるかい? 世界最大級のサファイアだ。そいつが御開帳されるし、あちこちでどんちゃん騒ぎをやってる。素晴らしき日にようこそ!」

「だったらみんな入れて、ぱーっと騒いだ方がいいじゃねえか」

 ジローが口をはさむ。

「俺たちだってそうしたいんだが、<グラムサルのブルーベル>を盗むって予告したアホウがいてな。まず無理とは思うが、手を打たないわけにもいかないってわけだ」

「いかにも怪しげな女もここにいるしな」

「あんたが言うな、変態角ウサギ」

「じゃあ、楽しんでいってくれ」

 ヴォルトは小銃を肩にかつぎなおすと、手を振った。

 アリッサは中へと歩きながら、ぼそっと。

「……なんかかっこいい人だったね」

「お? ようやく色気づいたか?」

「うるさい、万年発情期」



 街の中に入ると、二人はその騒々しい光景に圧倒された。

 建物はきっちりとした作りで、そのうえに祭りのための花がいたるところに飾ってある。広い通りは人でにぎわっていて、街の半分はすでに酔っぱらっているんじゃないかと思えるほどだ。

「うんうん、いい雰囲気だ。血が騒ぐぜぇ」

「まずは宿を探して荷物を預けるの。それから街に行こう!」

「お姉さーん、俺と飲まなーい?」

「まだ早いってば!」

 そろそろジローの扱いにも慣れてきたアリスは、短い尻尾をむんずと掴んで荷台に放り投げた。魔素動力マナエンジンをスタートさせ、かろうじて通れる道路をゆっくり流す。

「でもほんと、凄い人出ね」

 森の中に立つ魔法女学園の寮住まいをしているアリッサは、これほどの規模の街に行く機会がなかった。見るもの全てが珍しい。

 宿に部屋を借りて――祭りの期間中、料金が上乗せされるのはまあ仕方ない――荷物を預け、アリッサとジローは街に繰り出した。


 アリッサより背の低いドワーフたちがほとんどなので、急に背が高くなったような錯覚に陥る。これはこれで新鮮な眺めだ。

 宿の主人に聞き込んだバザールへ向かう。屋台が立ち並ぶ区画。売られているのは色とりどりの服に工芸品、指輪にネックレスに時計に――。

「うわあ……」

「全部見て回ろうって一日じゃ無理だぞ。あ、ほらドーナツ売ってる。チョコがけがいい」

「あんた酒飲みのくせに甘党? 変なやつ。あー、でも食べたいね。おじさーん」

 まだまだ資金は豊富だ。ギャビーやメグ、ディディにどんなおみやげ買っていこう。イザベラにはたぶん馬鹿にされるからあげなくていいかな? でもねると面倒だし――まだ旅が終わったわけじゃないから、かさばらないのがいいな……。


 女性の買い物に数分で飽きたジローは、腰を落ち着けて酒を飲みたくなった。

「アリス、俺別行動したい――」

「あーこれかわいい、でも色がちょっとかな。そっちも見せて」

「おーい」

 聞いちゃいねえ。ジローはアリッサのふくらはぎを軽く噛む。

「痛っ! 何すんの」

「俺、宿に戻ってるからな」

「じゃあ後で合流しよう。あんまり人様に迷惑かけるんじゃないわよ。一応使い魔なんだからあたしにも責任あるし」

「わかってるよ、うるさいな。……で、飲み代貸してくれ、

「こいつこういう時だけ――まあお祭りだから許す。ちゃんと返しなさいよ」

「はいはい」(←返す気ゼロ)



 三時間ほどがあっという間に過ぎた。

「もうこんな時間か……宿に戻るとしようか」

 ようやく満足したアリッサは今にも沈みそうな夕日を建物越しに仰ぐ。知らない土地での夜は要注意。外のように魔物の心配をする必要はないが、街中なら街中の危険というものがある。

 少年三人がしゃべりながら走ってきて、両手に荷物を持ったアリッサと軽くぶつかった。

「あ、ごめんなさい。きれいなお姉さん」

「ん? ん……気をつけるんだぞ」

「はあい。いこうぜ」

 うん、見込みのありそうな子たちだ。アリッサは感心した。

 と、財布につないでおいた不可視の糸が引っ張られる。ぶつかった時にスられたのだ。

 本当に見込みのありそうな子たち――別の意味で。


「気づいてないな? いかにもって感じだったからな。ちょろいぜ」

 リーダー格の少年が笑った。

「見たか、あのマヌケ面、なあ――」

 三人はどっと受ける。

「マヌケ面はお姉さん、ちょっとショックだなあ」

 いつの間にかアリッサが背後に立つ。

「げ、いつからそこに!?」

「きちんと返して謝れば許したげる。もし――」

 驚いた少年たちは、話も聞かずに逃げ出した。

「最後まで聞けっての。『両足よ地面の束縛から自由となれ、浮遊フライ』」

「わあ――」

 アリッサの魔法で一メートルほど宙に浮いた少年たちは、もがくものの逃げる事ができなくなった。

「さてどうしてくれようか」

 きらりーんとアリッサの両眼が光る。

「げっ、魔女かよ!?」

「うわー殺されるー」

「ごめんなさい生き血を抜かないで、ゾンビにしないでえ」

「しないわよ! あたしゃ死人使いネクロマンサーじゃないし。ドワーフって魔法にうといんだから……はい、さっさとあたしの財布を返す。素直に返せばコーヒーくらいおごったげるわ」

 ぐー。

 少年たちの腹の音が盛大に鳴った。

「……腹にたまるもんの方がいい」



 アリッサたちはとりあえず食事のできそうな店に入った。

 ものすごい勢いで食事ファストフードをかき込む三人を見て、アリッサは感心するやら呆れるやら。

「ねえ、名前くらい教えてよ。あたしはアリッサ」

「俺はシリウス。こっちはデネブにスピカ。俺たちはあぶれ者イレギュラーズなんだ。孤児の集団さ。盗みは悪い――そりゃそうだけど、食わなきゃ死んじまうってのも現実」

「ふーん、大変なのね……施設はないの?」

「孤児院? 職員がピンハネしてて子供こっちにはあんまり回ってこねーから、脱けだすやつも多い」

「……そう」

「ま、おねーさんに言っても状況を変えられるとは思ってねーし、同情もごめんだ」

「盗みと言えば、<グラムサルのブルーベル>を盗む予告をしたやつがいるんでしょ? あんたらの仲間だったりしないよね?」

「無理無理。警備がすごいから。近寄ることさえできないさ。そーいや予告した奴は使だって噂だぜ。おねーさんじゃないの?」

「あたしのわけないでしょ。宝石の事なんて今日ここに来て初めて聞いたんだから。いくらドワーフだって、対魔法の警備だってしてるはず。……してるよね……」

 不吉な予感を振り払いつつ、アリッサはトールサイズのラテをずずっと吸い込んだ。

 突然店のBGMが止まる。

「ん?」


『速報です。<グラムサルのブルーベル>が盗まれた模様。であり、確保されています。しかし宝石は所持しておらず、すでに仲間の手に渡ったものと――』


 ぶーっ!!!

 アリッサは盛大に噴いた。むせる。

「わ、きったねー」

「げほ。いったい何やってるのあいつは!!」 

「犯人知ってるの? やっぱりおねーさんが……」

「ちがーう!!」

 アリッサは三人の少年を見つめた。


「ね、おねーさんにちょっとだけ雇われない?」






*** ディディの物知りメモ(次章予告) ***


 こんにちは、ディディです。今回はドワーフについてお話します。

 基本的にメジャーな種族はこの世界にもいると思ってください。ドワーフは背が低いけれども骨太のがっしりした体格で体毛が比較的濃く、女性もひげを生やしていることがあります(伝統的ファッションの一つです。最近は剃っている人も多くなりました。男性の方はひげの濃い方が男らしいという観念が強く、ほぼ全員がのばしています)。

 意外に手先が器用で、工芸品などの職人にもドワーフは数多くいます。もちろん個人的な性格もあり一概には言えませんが、陽気で裏表があまりなく、酒飲みでお祭りが好きな、つきあいやすい種族です。

 魔法は不得手で、魔法使いはほとんど見かけません。通常のドワーフは迷信深く、過剰ともいえるほど魔法を敬遠する傾向があります。

 魔法が文化と密接に関わっているエルフとは相性が良くありませんでしたが、交流が多くなるにつれて偏見も少なくなり、この頃ではむやみにエルフを嫌うドワーフは少なくなりました。特に近代に出された、<H10>と言われる人型種族会議の<平等宣言>の精神からいっても、ある種族だからといって差別や攻撃をするのは恥ずかしいことといえます。


 では次章、

『守ってあげたい』

 です。


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