第3話 朝陽の中で微笑んで
アリッサとジローは、揃って遥か上を眺めていた。
「道がこんなだなんて知らなかったわ」
「道がこんなだなんて知らなかったぜ」
ルート000は途切れ、断崖絶壁が二人の前に
そしてそこには、岩肌に上向きの矢印が打ちつけてあった。
「これ、上に登れってことかな」
「上に登れってことだろうな」
「あんた案内役じゃなかったの?!」
アリッサはジローの両ほっぺを掴んで揺さぶった。
「ほにゃらふぇ――ぶるるる。<ルート000への行き方>はちゃんと案内しただろ?」
「――うっ」
「仮に終着点まで行っていたとすればだな、すでに俺はモッテモテになってるはずだ。どう見える?」
「ただの変態角ウサギ」
「正直な意見をありがとうよ。まあ落ち着け。あそこに喫茶店があるみたいだからお茶でも飲んでいこう」
「ちょっと待って。こんな人っ子一人いないようなところで、喫茶店?」
「看板があるぜ」
<カフェ アルフヘイム>
「……真夜中に出発して三時間くらいかな。そんな時間に開いてる? 変じゃない?」
「考えてたってしょうがないだろう。俺は行く」
たたっとジローは明りのこぼれるログハウスの方へ走る。
「ああ、もう――罠だったらどうすんの! 仮にも使い魔ならちょっとは主の言うこと聞け――っ!!」
ちっとも聞きゃしない。
ため息をひとつついて、しかたなくアリッサは後についていった。
重厚な木のドアを開けてみると、そこは――いたって普通の喫茶店だった。
「あら、お客さん? 珍しいわね、いらっしゃい。あ、バイクはもっと店の近くに止めてね」
「あ、はい」
ただし、そこにいた女性は普通ではなかった。
柔らかい物腰のその女性は光り輝いていた。比喩でもお世辞でもなんでもなく。
「エルフ……ううん、ハイエルフだ……初めて見た」
「俺もだな。どうもはじめまして」
「あら、しゃべれるのね? アルミラージ?」
「俺はしがないジャッカロープでして。メニューを見せてもらえるかな、お嬢さん」
「こら、ジロー!」
「ごめんなさいね、ゆっくりしていって」
「ジロー、そんなになれなれしくしゃべらないで。こっちが緊張するわ」
アリッサが小声で文句を言うと、ジローは驚いたような顔で振り向いた。
「俺は相手によって対応を変えるなんてしないぜ。たとえその相手がドラゴンでもな。おっ、ウイスキーがあるじゃないか。わかってるなお嬢さん。ロックでひとつ」
アリッサがのぞき込むとメニューの文字はゆらゆらと揺れ、まったく違う文字になった。<スペシャルコーヒー>。
「その人が欲しいものが出るようになってるんだ……すごい」
「見た人によって内容が変わるってことか?」
「そうよ」
コーヒーとウイスキーを持ってきたお姉さんが答える。
「あの、少しお話していいですか?」
「大歓迎よ。久しぶりのお客様ですもの」
「えっと、あの――」
「まずは名前を聞かせてくださいお嬢さん」
「こらジロー! 失礼でしょ!」
「名前――そうね、ポラリスと呼んで」
「ポラリス……」
ハイエルフは<真の名>を簡単には漏らさない。愛称みたいなものなんだろうとアリッサは思った。
「夜に燦然と輝くただ一つの星――素晴らしい。とてもいい名前だ」
ジローが呟く。
「このウサギさんほんとお上手ね? あなたが躾けたの?」
微笑みながらポラリスが言う。
「いえ、元からこんなんです……」
「えっと、ポラリスさん、どうしてこんなところでお店を?」
「そうね、色々と理由はあるのだけれど……基本的にはあなたみたいな人に会ってみたいってことかな」
「ここまで来れるのはほとんどいないだろうけどな。うん、いいスコッチだ。スモーキーだけど舌に感じる甘さと余韻がある――ボウモアかい」
ジローは相変わらず余計だ。
「あたしみたいな人?」
「そういえば、まだお名前をうかがってなかったわね?」
「俺はジロー。こっちの貧相なのがアリス。まあ、俺が案内してやってるってわけだ」
「だれが貧相よ! スレンダーな体型って言いなさい。あとあたしはアリッサ」
「貧乳って言わないだけ感謝しろ――痛え!」
ポラリスの胸を見ながらほざくジローの尻を、アリッサは思いっきりつねる。
「どうしてあなたたちは<ルート000>を行こうと思ったの?」
「誰も見たことのない景色を見てみたい、っていうのが強いと思います。人のいない砂浜に一歩一歩足跡を残していくような快感っていうのかな。学校を卒業する前に――まあ、意地ってのもあるんですけど」
「意地?」
「その話をしてたら先生に鼻で笑われました。くだらない、って。でも本当に<ルート000>はあったし、本当に終着点に世界でいちばん古い樹が立ってるのかもしれない。願いが叶うとか抜きにしても、行ってみたいんです」
「<生命の樹>――カバラや世界樹の伝説のもとになった、というあの樹のことね」
「知ってるんですか!?」
「ええ。本当にある。あなたがたどり着けるかどうかは別として。ここには魔法使いでもかなりの素質がある人しか来れないし、学校って言ったわね? ひょっとしたらイスキエルド魔法女学園?」
「そうです」
「レオノーラは元気にしてる?」
「レオノーラ……?」
「レオノーラ・オークウッド。古い知り合いなの」
「オークウッド校長とお知り合いなんですか!? 朝の挨拶くらいしか接点ないですけど……元気だと思います」
「よかった。アリッサ――あなたは魔法使いになりたい?」
魔法女学園をもう卒業しようというアリッサは、技術的にはそこらの魔法使いと同等といえる。
ただ、ポラリスが言っているのはそういうことじゃないと思った。
「もちろんです」
「幅広い知識も、柔軟な思考も、自らを律する理性も必要な、大変なことよ? それに魔法使いは、なったらそれで終わりじゃない。新しい知識を学んだり、鍛錬し続ける必要がある」
「――あたしは、それでも、魔法使いになりたい」
ポラリスは微笑んだ。
「とにかく<ルート000>をまっすぐ進みなさい。それはあなたの道でもある」
「え?」
「ただ……ちょっと道から外れて遠回りすることになるけど、ひとつ頼みたいことがあるの」
「何ですか?」
「もうすこし先に行ったところで道を下りるとドワーフの国がある。そこに手紙を届けてほしいの。大きな市場があるから、そこで休憩がてら見物するのもいいでしょう。お願いしてもいいかしら」
「はい! もちろん」
「助かるわ。これと……中に入るための通行証。一緒に持っていって」
「ありがとうございます! ドワーフの市場かあ……」
「でもよ、道は崖でとまってたぜ。どうすんだ?」
預かったものを大事にアリッサはしまい込むと、コーヒーを飲み終えた。
「まあ何とかなるって」
「もうちょっと休んでいった方がいいと思うけどなあ」
「あんたは飲みたいだけでしょ。もう日が昇ってきたわよ」
「じゃあ徹夜ってことじゃんかよぉ。動物虐待だあ」
「『下僕は契約に従い、その口を閉じよ』」
「うぐぐぐ」
「じゃあポラリスさん、ありがとうございました! あ、お代払ってない!」
「いいのよ、店は趣味みたいなものなんだから。<ルート000>は迷うことも多いから、気をつけて」
「はい!」
アリッサは勢いよくドアを開けた。
そして、落っこちそうになった。
「……え? え――!?」
<カフェ アルフヘイム>は店ごと樹に持ち上げられ、まるでツリーハウスのようになっていた。
横に伸びる太い枝は、何とかバイクでも通れそうだ。
その先にまっすぐ道が続いている。
ジローをナイトウォーカー2000の荷台に放り投げ、慎重に枝を渡る。バイク型箒は地上すれすれに飛んでスピードを出すように特化している。落ちたらたぶん、死ぬまではいかないだろうが、ナイトウォーカー2000はバラバラになってしまうだろう。
アリッサはなんとか渡り切り、振り返った。
朝陽にきらきらと光るポラリスが手を振っている。
「ほんとうにありがとうございました!」
アリッサは再び幻想の道を走り始めた。
「あの人はずっとここにいるのかな、<ゲートキーパー>みたいに」
しゃべりが復活したジローがぼそっと言った。
「校長の知り合いだっていってたじゃない? たぶん
「認められた、ってことでいいのか?」
「この頼まれごとが片付くまでは、わかんない」
「俺の渋い魅力のおかげだな」
「まあそれはないけど」
「ポラリスさあーん、アリスがいじめるよぉーっ」
「アリッサだって何べん言ったらわかるの、あんたは!」
道は続いている。地平の果てまで。
*** ディディの物知りメモ(次章予告) ***
こんにちは、ディディです。今回は<
構造を大きく分けると、
また、
では次章、
『WANDERERS』
です。
よろしくね♡
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