番外編1 カーリーン・ウェストの告白
わたしはひとりでも平気。
わたしの顔には傷があります。
酒に酔った父が――その頃はほとんど一日中酔っぱらっていましたが――ささいなことで激高し、暖炉の灰に突っ込んであった、焼けた火かき棒をわたしの額に押しつけたのです。皮膚が焼ける吐き気のするような臭いを今でも鮮明に憶えています。
わたしは驚きと痛みで大泣きしましたが、父も母も医者に連れて行ってはくれませんでした。母は父を恐れていたし、父は世間体を恐れていました。
両親から逃げるために、わたしは寮のあるイスキエルド魔法女学園に入りました。幸い試験をパスし、国の援助がかなりもらえましたので。
少しでも傷が隠れるよう、前髪を伸ばし始めたのもその頃です。世間の好奇の視線から身を護る壁として。
できるだけ透明でいるように気をつけました。自分の存在を消したかった。だから、あまり人と親しく話すこともありませんでした。どこか場違いな、人間の世界に迷い込んだ気の弱い化け物――そんな感じだったと思います。
わたしはひとりでも平気。
そんな毎日の中に、突然あのひとは現れたのです。
教室のドアをを思い切りよく開け、よく通る声で、
「カーリーン・ウェストはどこ?」
あのひと――イザベラ・ブレッセル。ブレッセル家といえば――今でもお城に住んでいる、超のつく資産家の貴族です。政治家にも強いコネがあるとか。……そんな、いわば雲の上のひとが、よりによってわたしなんかに何の用があるんだろう。
「ふーん、あなたね」
わたしより頭一つは高い、モデルのようなすらりとした体。それに、なんて強い意志を宿した瞳だろう。見とれているうちに、あのひとはさっと手を伸ばし、わたしの髪をかき上げました。
パニックになったわたしは、思わず飛びずさりました。
「な、なにするんですか!」
触れられた顔が熱くなっています。真っ赤になってしまっているに違いありません。
「そんなに仰々しく隠すものだから、さぞどろどろした恐ろしい顔なのだろうと思ったのだけれど――ただの普通の女の子じゃない。拍子抜けだわ」
あのひとはにっこりと微笑みました。
「こないだの試験、あのアリッサ・メイフィールドと張りあったそうね? わたくしには強力な味方が必要なのです。ぜひ友達になってくださいな」
差し出された手。
「わ、わたしは、その……」
「お
「いえ、そんな! ……でもわたしなんか……」
「
「いまわたしの顔を見たでしょう? そんな人と並んで話したりするのは――嫌じゃないのですか?」
「まあわたくしと並んだらたいていの人はみすぼらしく見えるものだから、そんなことは気にしなくても大丈夫よ。ああ、傷? そんなの鼻が高いとか低いとかとぜんぜん変わらない。誰も気にしないわ。そうは思わない、みなさん?」
――気にしないのはあなただけです……。
わたしはそう言うかわりにふうっと息をつき、おずおずとあのひとの手を握りました……。
あのひとはわたしを、醜い傷のある化け物からただの女の子に変えてしまいました。
そんなに笑う人だとは思わなかった、とクラスメイトに言われたほどに。
どんなに偉大な魔法使いでも、きっとできないだろう奇跡。
眩しいあのひとはいつも、わたしの憧れでした。
あのひとのようになりたいと思いました。けれどもやっぱり、そんなことは不可能です。
わたしは太陽にはなれない。
わたしはひとりでも平気。
でも、あのひとのそばにいたい。
――はじめてそう思ったひとでした。
わたしはしあわせでした。ただそれも長くは続かないこともまた、わかっていました。卒業してしまえば、あのひとと逢う機会すらないでしょう。
もともとわたしがいるのとは全く違う世界――社交界の華――のひとなのですから。
だから、せめて。
紅い薔薇を七本、お別れの時に贈ろうと思います。最後に一言だけ。
あなたが好きでした。そして、これからもずっと――。
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