第2話 隠れた道の探し方、教えます

 そういうわけで<ルート000捜索隊>が結成された。

 メンバーはアリッサ、寮で同室のギャビー、メグ、ディディ。気まぐれイザベラとその子分のカーリーン。

 前髪が目を隠してしまうほど長いカーリーン・ウェストは、筆記だけならアリッサよりも成績のいい秀才で、イザベラの実質的なブレーンである。細かい文字でびっしりと書かれたレポート用紙を広げてみせた。

「調べた結果、それらしい文献がひとつ見つかりました。『真理の証言』に<隠された道>に関する記述があります。これが<ルート000>を指すのかは確信が持てませんけれども――」

「まあ、手がかりがほとんどないんだから、当たってみるしかないんじゃないの」

 ディディの正論。みんなもうんうんとうなずいている。カーリーンは続けた。

「文献にはこうあります、『隠された道は世界と世界の狭間はざまにある。そのままでは見えず触れることもできない。見つけるには案内役、次元を超える能力を持つものが必要だ。――例えば角の生えたウサギジャッカロープの如く』」

角の生えたウサギジャッカロープ……? なんか最近聞いたような」

「聞いたっつーか、どこかで見たよねえ」

 アリッサとギャビーが顔を見合わせる。

 ぽん、とメグが手を叩いた。

「前にあった。あれじゃない?」

 その場にいたほとんどの子の動きが、ぴたっと止まった。

「「「――あいつか!!」」」

「え? なになに、何のこと?」

 とまどうイザベラに、アリッサが説明する。

「イザベラは知らないか。学生寮の地下にまるまるワンフロア洗濯機と干し場があるんだけど、そこからパンツが盗まれる事件が続いたのよ」

「……それは乙女の敵だわね」

「犯人の目撃はされるんだけど、どうしても捕まえられなかったの。逃げ足がとんでもなく速くて」

「でも、タネがわかれば手はあります」

 カーリーンが言った。

「捕獲作戦、始めましょう」

「おー!!」


「で、どうしてあたしがパンツ出さなきゃなんないわけ?」

 学校裏の森に集合したメンバー。いったん寮に戻り、取ってきたディディがむくれる。森の中にぽつんと置かれたディディのパンツ。

 ギャビーが笑いを必死にこらえながら、

「じゃんけんで負けたんだから文句言わない。餌よ餌。今どきないけどね――なんて。ぷぷ」

「なんで笑うの、ギャビー!」

 アリッサが二人を制する。

「しっ、静かにしなさいよ。――来たわ」

 ウサギがひょこひょこと現れた。ポシェットを斜めにかけ、鹿のような角を持つジャッカロープ。

 きょろきょろとあたりをうかがう。パンツを見つけ、匂いを嗅いでみる。

「やめて――っ!!」

 顔を真っ赤にしたディディが叫んだ。

「あ、ばか」

 ジャッカロープはパンツをしっかりと手に持ち、逃げ出した。「やべっ」

「しゃべった?!」

 アリッサたちはロープを一斉に引いた。網のトラップがジャッカロープの足元から跳ね上がり、見事に捕まえた。――と思ったが。

「そう簡単には捕まらないぜ」

 唐突にジャッカロープの姿が消えた。不敵な笑みを残して。

「逃がさない」

 アリッサは素早く魔法を詠唱する。「召喚、地獄の猟犬ヘルハウンド!」

 地獄の猟犬ヘルハウンドは狼ほどもある体格だが、黒い影のようで実態がつかめない。目がなく嗅覚でどこまでも獲物を追い詰める、幽霊のような魔法生物である。

「追いかけて!!」

 黒い塊は暴風の如く駆け出し、目の前からいなくなる。遠くで悲鳴が聞こえた。地獄の猟犬ヘルハウンドは牙だけを実体化することもできるから、噛まれるとめっちゃ痛い。


「でもさー、あんなのがちゃんと案内できるのかね」

 腰に手を当ててギャビーが疑問を呈した。まあ順当な感想と言える。

「『不思議の国のアリス』の三月兎はジャッカロープではないか、という説があるわ。今の消え方を見ても、何かしらの能力はあるんでしょう」

 とディディが答える。

「アリスを妙なところへ連れ込んだ張本人? ますます信用できないなー」 

 今度は違った場所から悲鳴が聞こえる。

「まあ、アリッサの卒業がかかってるだし、どうでもいいっちゃどうでもいいんだけど」

「ひっどいなあ」

 あははははとみんな笑った。一匹を除いて。

「――さて、そろそろか」


 たっぷり三十分は追い回され、よれよれになったジャッカロープは全員の前に倒れ込んだ。鹿のような角が見事だが、その他は変哲のない茶色い毛のウサギである。

「……許してください、もう二度としません」

「学校の地下なんかにわざわざ盗みに入るんだから、悪質だよ」

「酒ぐらい置いてあるかと思って入ったんだが何にもなくって、ついふらふらと――」

「学校にあるのは実験用のメチルアルコールぐらいよ。あんなの飲んだら目がつぶれるって」

「すいませんでした」

「あんた、<ルート000>って聞いたことある?」

 アリッサが単刀直入に尋ねた。ジャッカロープの視線が泳ぐ。

「……何のことか、わかんねえな」

「知ってるね。あんた、あたしの使になりなさい。そうすれば許したげる」

「いやだ。そもそもじゃねーぞ俺は」

「ずっととは言わないわよ。行って帰って来る間だけ。悪い話じゃないでしょ」

「……面倒なんだよ、素人と一緒だと。どこ行く気か知らんけどくっそ遠いしなー」

 ぶつぶつぶつ。

 アリッサがもう一回地獄の猟犬ヘルハウンドをけしかけようとしたのを止め、イザベラがすっと前に出た。

 口元を隠し、小声でごにょごにょとジャッカロープに話しかける。ぴーんと耳が立った。

 ジャッカロープはアリッサにくるりと向き直り、ていねいにお辞儀する。

姐御あねご、お供させていただきます!」

 アリッサは眉をひそめて、

「イザベラ、何を言ったの?」

「何でも願いが叶うんでしょう? ついていけば一生モッテモテになるわよって」

 ほほほとイザベラが笑う。アリッサはため息をついた。


「あんた、名前はなんていうの?」

「人間には難しい発音ですぜ。好きに呼んで下せえ、姐御あねご

「姐御はやめて。あとチンピラみたいな口調も。あたしはアリッサ」

「アリス……ですかい」

「発音できないのはどっちだ。ア・リ・ッ・サ。あんたは――そうね、ジロー。ジローにしよう」

「まあ響きとしては悪くないけど……由来とかはあるのか?」

「ああ、『人造人間キカイダー』よ。前にテレビで見たわ」

「ときどきお前の言うことはわかんねえな」

「安心して、みんなそうだから」

「ちょっとイザベラ、どーいう意味!」

「どーいうって、そーいう意味だわよ。たまに発想がぶっ飛ぶのよあなたは」

「やるっての!?」

「売られた喧嘩は買うわ」

 ジャッカロープが火花が散りそうな二人に割って入った。

「まてまてまて、わかった。案内してやるよ。だから喧嘩はやめな」

「本当にやるのね? 契約成立になるよ?」

 アリッサはにんまりと笑った。

「あ、ひっかけたな」

「はなからだます気じゃあなかったけどね。イザベラとは後できっちり決着つけるから。いつ行けるの?」

「俺だけなら今すぐにでも行けるんだが、アリスも一緒なら次の新月まで待ってもらおう。その時にここから出発するから準備しておけよ」

 事態を見守っていたディディが、ジローに声をかけた。

「ジローさん」

「使い魔の立場からいえば仲裁するなんて当然だろ? なあに、いいってことよ」

「パンツ返して」



 数日後、新月の深夜。

 実家の納屋でアリッサはようやく手に入れた中古のバイク型ほうきをなでる。これはもう、あたしのものだ。

 ナイトウォーカー2000は少し前に生産中止になったモデルだ。前のユーザーが大事にしていたらしく、飴色のつやをもつ木製フレームと鈍く光る魔素動力機関マナエンジンに目立った傷はない。後部の荷台には荷物を満載してネットをかぶせてあるし、準備は万端。

 アリッサはスキニージーンズにショートブーツ、タンクトップという格好だ。ライダーグローブをはめて、魔素動力機関マナエンジン始動詠唱式スターターに従った魔力を込める。ピストンがカツンカツンと軽やかに動き出し、両脇に装備した箒に魔力の高まりが感じられる。

 裏に魔法陣の刺繍ししゅうのあるポンチョ――空中の魔素を集めて魔素動力機関マナエンジンに送り込む役割がある。無くてもいいのだが、あれば加速力が全く違う――を上から着こみ、アクセルを握って吹けを確認する。箒から青い光が漏れだす。

 ――行こう。

 アリッサはナイトウォーカー2000にまたがり、アクセルを徐々に上げていく。木で作られ、申し訳程度のゴムを張った車輪では、振動が最悪だ。暴れるバイク型箒を力で押さえつけているうちに逆デルタ型の地上翼が展開し、浮遊感と共に車輪が地面から離れる。

 深夜の森の中は闇。その中をライトを頼りにアリッサは疾走する。青い光の尾を長く引きながら――。


 昼間と同じ森に集まった連中から餞別せんべつをもらって――メグからはお弁当、ディディはラビットフットのお守りチャーム(ジローから嫌味かとつっこまれてた)、ギャビーは甘いお菓子。イザベラは、キンキラキンの方位磁石コンパス。磁石とは言うもののの、魔法で常に一定の場所(イザベラが指定したのは学校)の方角を指す。

 そして。カーリーンが差し出したのは、一つの薬瓶だった。

「エヴァンス先生から預かりました。あなたに渡してくれと」

 アリッサは明りに透かしてみる。赤く透き通った液体。

治療薬パナケイア?――あたしが大怪我するとでも思ってるのかな」

「ちょっと、何この透明度。こんなの見たことない」

 ギャビーが目を丸くした。イザベラが補足する。

「いわゆる純度99.99フォーナインね。なんて綺麗――ルビーのようだわ」

「ああそう。凄いわよ錬金術師としての実力は。だからなんだっていうの。感謝しろって?」

「どうしたのアリッサ。エヴァンス先生のことになると突っかかるわね」

 メグが言う。アリッサはつい、大声になった。

「別に気になんかしてない!」

「まあいらないんなら俺が預かっておこう。高く売れるかもしれないしな」

 ジローはどうやったか、小さいポシェットの中に薬瓶をしまい込んだ。たぶん見かけよりも中はだいぶ広いのだろう。

「さあて、そろそろ時間だぜ、ベイビー」

 ジローが親指を立てて、言った。

 アリッサはその後ろ頭をひっぱたきたい衝動を必死に抑えていた。


 新月の真夜中。魔素マナが一番少なくなる時刻。世界がきしむ。

「じゃあ、行ってくる!」

 手を振って、アリッサはナイトウォーカー2000を発進させる。

 一瞬、みんなにはアリッサの姿がいくつにも分裂して、重なり合ったように見えた。

 ナイトウォーカー2000の放つ光が青から虹色に変わり、消える。



 アリッサには、突然森に巨大な道が出現したように思えた。ナイトウォーカー2000が跳ねるように過敏に反応する。

 倒れないようにするので精一杯だった。

「これ、何? これが<ルート000>なの? 敷いてある石、ってこと?」

「そうさ。<幻想の道>って言われるだけのことはあるだろ?」

 力で抑え込むんじゃなく、うまく逃がしてやらなくちゃ。

 箒から吐き出される青い光が、魔石に共鳴してスペクトルのように輝く。

 ――学校では頭のいい方で、世界を知った気になって。けど、こんなの見たことも、聞いたことすらない。

 アリッサは苦戦しながらも、ナイトウォーカー2000を徐々に安定させられるようになってきた。

 ようやくコツがわかってきたのだ。

 ――まったく。あたしが無知な、ただの学生だってことを嫌でも思い知らされる。

 まるでエヴァンス先生と向き合ってるみたいに。

 アリッサは頭を振った。

「行くわよ。振り落とされないよう気をつけて!」

「お、おう」

 ジローはアリッサと荷物の間で、背中に張り付いている。

 夜風が気持ちいい。速度を上げる。

 アリッサにようやく笑みが戻ってきた。


 星が降り注ぐ中、アリッサとジローは<ルート000>を駆けた。






*** ディディの物知りメモ(次章予告) ***


 こんにちは、ディディです。今回は<ルート>についてお話します。

 <ルート>とは交通の便のために魔術師連合ウィザーズが主体となり、ヨーロッパ中心に敷かれた広い街道のことです。

 敷石のところどころに魔石が混ぜてあり、魔素動力機関マナエンジンの力をうまく引き出せるように設計されました。魔素動力機関マナエンジンほうきを62本使った高高度全翼貨物機フライヤーゴライアスが登場するまで、大量の貨物を運ぶ国際的な輸送路として機能しました。現在では交通量は減ったものの、バイク型箒や車両型箒など、高く浮かぶ力よりも推進力を重視した乗り物に適したハイウェイとして存在しています。

 ちなみにルート001は<魔都>プラハ(チェコ)と<錬金術の母>アレクサンドリア(エジプト)を結ぶ路線です。


 では次章、

『朝陽の中で微笑んで』

 です。


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