願いを叶えるとっておきの方法――世界の果てまで行っちゃおう!? - マジカルルート000 Remix Take2 -
連野純也
第1話 校庭を渡る風
「次席はイザベラ・ブレッセル。そして今年度主席は――アリッサ・メイフィールド!」
エヴァンス先生が最終的な順位を発表した。同級生のため息と、
当の
長い金髪を赤いヘアピンで無造作に止めている。瞳は濃いめのブルー。やや目がきつい印象を与えるが、整った顔立ちである。
夏に向かう季節。学園裏の森――特に学園を象徴するような巨大な樹が一本立っている――緑がかなり濃くなり、風にかすかな匂いが混じっている。
年齢の割には白髪が多いエヴァンス先生が続ける。しかし染めることはせず、ひっつめ髪にしてほぼノーメイクだ。
外見を気にしないせいか、いまだに独身。
「これで我が校のカリキュラムを全て終了します。たいへんご苦労さまでした。これからみなさんは卒業を控え、長期休暇に入るわけですが――」
エヴァンス先生は公正ではあるが厳しい。アリッサに対しては、明らかに他の生徒よりレベルの高い質問を投げてくる。負けず嫌いのアリッサと授業中でも時々議論した。確かに
「その前に最後の課題、<卒業課題>の説明をしたいと思います」
えー、という悲鳴とブーイング。
「はいはい、文句を言っても何も変わりませんよ。毎年の事ですからね。魔法に関する独自のレポートを提出してください。テーマは自由です。しかし――この<卒業課題>は校長と私で協議したうえで、最終的に卒業の許可を出すことになります」
要するに内容によっては容赦なく落とす、と言っているのだ。
噂では二割は落第して留年となるらしい。現時点でさえ入学時の人数からだいぶ減っている。なかなかに厳しい関門である。
「結果によっては留年もありますので、気を抜かないように。休暇に入る前にテーマを決めて、私に概要を提出してください。その時に少しアドバイスしましょう。本番の<卒業課題>の提出期限は卒業式の一月前です。卒業式に全員が揃うことを願っていますよ」
つまり書きあげるのに正味二か月。エヴァンス先生は生徒たちの顔をぐるりと見まわした。
「これが最後の、大切な課題です。以後は卒業式まで学園に出席しなくても構いませんが、学園内の資料や設備はもちろん自由に利用して結構です。悔いのないよう、精一杯挑戦してください。皆さんの健闘を祈ります」
放課後。アリッサは開けっ放しの三階にある教室の、窓の木枠に頭を持たせかけた。
卒業という終点が見えてくると、見慣れた景色でも少し感傷が入ってくる。
ここはイスキエルド魔法女学園。魔法使いを育てる学校としてはかなり古い。伝統がある――と言えば聞こえはいいが、世の中の進化に取り残されたような感じは否めない。隙間風もかなり入るし。
下を見るとグラウンドでは<演奏は体力だ>がモットーの吹奏楽部がランニングしていた。空中ホッケー部のカラフルなマントも見える。少し離れた第二グラウンドからは乗竜部の、独特の掛け声と鳴き声が聞こえてくる。
「ねえ明日、アレが届くんだって?」
アリッサの姿を見つけて寄ってきたギャビーが聞いてくる。寮で同室のひとり。ショートカットにそばかすがある、ぱっと見少年のようなガブリエラ・ティボットだ。陽気なおしゃべりで、体育会系のさっぱりした子。
「情報早いね。実家の方に持って来るって。バイトして頭金そろえた甲斐があったってもんよ」
「春にはもう中免取ってたよね」
「まあ……休暇の間に、ちょっと遠くに行こうと思ってたから」
「なんか余裕に聞こえるけど、卒題はもう決めてるの?」
「まだだよー」
「主席さまはお気楽だね。あたしら凡人は大変だよ」
ギャビーは大げさに嘆いてみせた。じろっとアリッサはそれを見て、
「なにげに嫌味だね、キミは」
「他意はございませんとも、ほほほ」
「気色わる」
「ひっどいな」
下の方で騒ぎが聞こえた。悲鳴も聞こえる。二人は思わず校庭を見下ろした。
乗竜部の飼っている、走るために適した進化をした草食竜の一頭が暴走していた。
手綱をもっている子は竜を制御するどころではなく、落ちないようにしがみつくので精一杯のようだ。
「一年か――めったに興奮する
ギャビーが額に手を当てて言った。アリッサは聞いてみた。
「後輩?」
「あいつは――おっちょこちょいだからなあ」
「あんたより? 冗談よ。怪我してもつまんないし、手を貸すわ」
「え? ちょっとアリッサ――」
アリッサは窓に足をかけ、跳んだ。
さっと高速詠唱すると足の下に小さい魔法の紋様が浮かび上がる。それを踏み台にして、空中を加速。それを何回か繰り返す。
アリッサは竜に追いつくと<浮遊>を自分にかけ、勢いを相殺した。すぐ真下に竜がいる。
下級生の手はもう限界のようだ。竜から振り落とされ、身体が浮いた。アリッサはとっさにその腕をつかむと竜の背に乗り、下級生を自分の後ろに引き寄せる。空いている手で手綱を引き、竜に止まるように指示した。授業でさんざん乗った――乗らされた――のだ。
「大丈夫?」
下級生をそっと地面に下ろした。青ざめていた顔に、たちまち赤みがさす。
「あ、ありがとうございます!」
「怪我がなくてよかったね」
乗竜部の生徒たちが追いついた。アリッサは片手をひらひらと振り、そこら中から飛んでくる感謝の言葉に応えた。下級生たちの熱い視線から逃げるようにくるりと身を返し――靴が内履きのままだったことに気づいた。
「あちゃ、靴が――玄関まで
「あ、あたしが!」「あたしも」
やいのやいの。
三階で頬杖をつきながらギャビーは呟いた。
「おおモテるねえ、この下級生キラーめ」
次の日。
建前上は自由登校だが、昨日の今日で卒題が決まる訳もなく、ほとんどの三年生が登校している。
アリッサとギャビーが昨日のことをしゃべっていると、メグとディディが近づいてきた。この二人もルームメイトだ。
メグは甘いものに目がないぽっちゃりタイプ。食べる方も料理する方も得意。たまにおっかさんみたいな台詞を吐く。
ディディは三つ編みのおさげの眼鏡っ娘。クールさが持ち味のはずだが、時々妄想モードに入るくせがある。
まあ四人も集まればいろいろと話が弾むわけで、ギャビーが妙なことを言い出した。
「<ルート000>って知ってる?」
「え? 何それ」
ふふん、とギャビーは得意げに話す。
「ほとんどの人には見えない、隠された道<ルート000>があるんだって。それを見つけてずーっと行くとその果てにはさ、世界でいちばん古い樹が立ってるの。その樹に触りながら願い事をするとなんと! どんなのでも叶っちゃうんだって話だよ」
「なんか嘘くさいわねえ」
地に足のついた――考え方の事であって、決して体型の事ではない――メグが反論する。
「簡単にホイホイ行けるんだったらみんな行って願い事してるはずよね。そんなのがあるとは思えないなあ」
「だから<隠された>って言ってるじゃん。見つけ方を知らないとダメなんだよ、きっと」
「じゃあどうやって見つけるの?」
「知らないよ、あたしゃ」
からむメグにギャビーは白旗を上げた。
「ほら――それじゃあどうしようもないじゃない。いわゆる都市伝説よ」
「そうかなあ……」
ギャビーはなおもぶつぶつ言っている。
ただ、アリッサは胸に引っかかる感じがした。軽い気持ちで、つい言ってしまったのだ。
「なんか面白そう――探してみない? その<ルート000>ってやつ」
「ギャビーはともかく、アリッサまで何言いだすのさ」
あきれるメグに、ディディが意外にも乗っかってきた。
「――私もその噂、聞いたことあるんだよね。唯一行ったことのある人が、この学校の生徒らしいのよ」
「うっそ。その人ってまだいるの? 会ってみたいな」
ギャビーがきらきらした目で言った。
「もうとっくに卒業してるわ。三十年以上前の話だって」
「そっかー。で、メグ、あたしならともかくってどういう意味?」
「そのまんまの意味だけど」
「こらぁー!」
ばたん、とドアが音を立てて開いた。
つかつかとくるくる巻き毛のイザベラ・ブレッセルが近づいてきて、開口一番――。
「非常に興味ある話をしてるわね。主席が噂の真贋を確かめるんだって?」
面倒なやつがからんできたな、とアリッサは思った。イザベラは正真正銘、貴族のお嬢様である。生徒のほとんどが寮住まいをしている中、毎日二頭立ての馬車でお城から通ってくる。いつもの取り巻き――カーリーンも一緒だ。
「まだ二位を気にしてんの」
「イザベラ様はたまたま調子が悪かっただけです!」
「まあまあカーリーン。こほん。わたくしから提案があるの」
嫌な予感がして、アリッサはイザベラの顔をまじまじと見た。
「アリッサ。その隠された道<ルート000>を発見・研究――それを卒題にしてはどう?」
「はぁ!?」
「素晴らしいお考えです、イザベラ様」
「ありがとう、カーリーン」
感極まったように拍手するカーリーンを、うんうんとうなずきながら制するイザベラ。
「いや、どうしてあたしが――」
とアリッサが言った時、エヴァンス先生が教室に入ってきた。
「にぎやかですね」
エヴァンス先生は学校でも古株で、腕のいい錬金術師でもある。それに恐ろしく博識。
よせばいいのに、ギャビーが声をかけた。
「先生は<ルート000>の存在を信じますか?」
エヴァンス先生は、鼻で笑った。
「耳にしたことはありますが、子供の夢物語とおなじことです。そんなことを話している余裕があるなら、さぞ卒業課題は素晴らしいものが提出されることでしょう。楽しみですね」
アリッサは<かっちーん>ときた。まずいな、ともう一人の自分は冷静に分析する。けれど口をはさまずにいられない。
「唯一行ったことがあるのはここの生徒だそうですけど」
「――くだらない」
エヴァンス先生は一蹴した。
「時間の無駄。あなたたちの才能はもっと役に立つことに使うべきです」
「お言葉ですが、噂には事実が元になった例はいくらでもあります。噂だからと簡単に否定するのは学究の徒として良くない態度だと思いますけど」
「学究の徒を自称するならば理性を働かせなさい。帰ってきた話の少なさは何を意味するのか」
「普通に考えれば、話が嘘か――逆に話は真実だけれど、たどり着くまでが危険かってことでしょう。面白そうじゃないですか」
アリッサは宣言した。
「あたし――アリッサ・メイフィールドの卒業課題は<ルート000の探索>にします。問題ありませんね、先生」
「あなたが決めたというのなら反対はしません。ただ見つかりませんでした、で済む話ではないですよ。それは理解していますか?」
「もちろんです、先生」
「わかりました、アリッサ。変更はいつでも受けつけます」
午後になると大部分のクラスメイトも教室から姿を消した。
ギャビーがなんか言いたそうだったので、アリッサは手を引っ張って隅へ行った。
「なに?」
「あんなこと言っちゃって大丈夫? ――あたしがあんな話を持ちだしたから?」
真剣な眼差しのギャビー。アリッサはつい、ぎゅうっと抱きしめてしまった。
「らしくないな、ギャビー」
「ちょ、やめて」
「あたしはその話聞いてからさ、わくわくしてんのよ。雪が降った後に真っ白になった原っぱ、見渡す限りの白の中に足跡をつけてゆく快感っていうのかな」
「……ほんとに?」
「まあ先に行ってる人がいるっていうのはあるけど、それは十分あたしにも可能性があるっていうことだよね。だから――ちょっとだけ手伝ってよ」
「――うん」
ギャビーの顔に笑みが浮かぶ。
「……話は聞かせてもらいました」
開いたままのドアにもたれかかり腕を組んだ格好で、イザベラが言った。げ、なんでいるの――アリッサはめちゃめちゃ恥ずかしくなった。
「立ち聞きなんていい趣味じゃないわよ。演劇部ほっといていいの」
「かわいい後輩たちに任せて大丈夫、とっくに引退よ。ああ、その気高き心意気。わたくし感動したわ」
「いや、もともと言い出したのあんたでしょ」
「それはもちろんあなたの卒題が落第してしまえば首位に返り咲けるとは思ったわよ。でもそんなことはどうでもいい。わたくしならばしないであろう挑戦、そう<美しきチャレンジャー>なのですもの。わたくしも協力します」
目をきらっきらさせているイザベラを見て、どうもこいつの行動原理はわかんないな、とアリッサは思う。まともに相手すると疲れるだけだ。
「そう……ありがとう、イザベラ」
アリッサとイザベラは握手した。
「アリッサ、買い物につきあって……って、ギャビー、何してるのあれ」
ディディがひょこっと教室に顔を出した。すごい表情で握り合う二人に驚き、ギャビーにつんつんして事情を聞く。
「和解の握手。なんかいつのまにか手の握り潰し合いになってるけど」
「ほっとこ。代わりにあんたついてきてよ、ギャビー」
「おっけー」
*** ディディの物知りメモ(次章予告) ***
こんにちは、クラウディア・ラモーナです(キリッ)。ディディと呼んでください。
イスキエルド魔法女学園はポーランドとの国境に近いリトアニアの丘陵地帯にあります。近くには小さな町しかなく、背後には大きな森が広がっています。
もともとここは非キリスト教圏で、中世の魔女狩りと
ほとんどの生徒は寮に入っていて(四人で一室)、イザベラのように通ってくる(馬車で!)人は珍しいです。
では次章、
『隠れた道の探し方、教えます』
です。
よろしくね♡
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます